第11話 晩餐会の美女たち+1①

 こうして晩餐会の会場に来たのはいいけど、落ち着かないわよね。キラキラのシャンデリアとか素敵な生け花には心が躍るけど、この長ーいテーブルに、やたらと背もたれの高い椅子、そして何より、この深紅のドレス。他の席の人達みたいに、ちゃんと綺麗に着こなせてるかしら。肌出し過ぎじゃないかな。お化粧も濃すぎないかな。この髪型も浮いてないかな……。


「なにオドオドしてんねん。大丈夫やて。よく似合ってるで。ドレミは健康的で可愛らしいから、ドレスもイヤリングも髪飾りも、みーんな似合いまくりや。綺麗やで、ホンマに」


「ほ、ほんとに? オカンねえさんこそ、すごく綺麗だよ。金色のドレス、似合ってる」


「当たり前やろ。前は、こういう服着て、お偉いさんのいるパーティとかによう出てたんや。慣れや、慣れ」


「で、暗殺してたんでしょ。悪い人の親玉とか」


「ぶっ!」


 グラスを傾けていたオカンねえさんは、白ワインを吹いた。


「ゲホッ。ゴホッ。――あんな、ここでそれ言うか? それアカンで」


「はいはい。分かりました」


「ホンマ、自分、鎧脱いだら人格変わるよな。ただのおしゃべりネエちゃんやんか」


 そう言われても、仕方ないのよね。私、鎧が無いとこんな感じだし。化粧したり、ネックレスとか付けたら、女の子に戻っちゃうし。


 女の子って言えば、あの魔法使いのキエマちゃんは大丈夫かな。シーシ・マコーニさんは、ちゃんと釈放してくれるかな。


 ああ、なんか、みんなこっちを見てるなあ。ちょっと軽蔑しているような流し目で隣の席の人とヒソヒソ話してるし。やっぱり、私って何か変なのかな……。


「違う、違う。周りが見てるのは、あんたやなくて、そっちの隣の変人や」


 私は、オカンねえさんとは反対隣の席のヒグラシに顔を向けた。背後からオカンねえさんが言う。


「なんで、このおっちゃんもドレス着てんねん。髭面のオッサンが黒の刺繍入りドレスって、おかしいやろ。ごつい肩も出して。どないしたん?」


 私は小声で彼女に伝えた。


「異国に旅に出て、いろいろと気付いちゃったみたいで……」


「ああ……」


 オカンねえさんは、それ以上何も言わず、またグラスを傾けた。


 丁度その時、大広間の隅が少しざわついた。静かなは少しずつ近づいてくる。


 殿方の視線を集めながら、二人の美女がやって来て、私とヒグラシの向かい側の空席の椅子を引いた。


 ヒグラシの前の席に、いぶし銀のイブニングドレスに身を包んだ妖艶な女性が座った。体に細い蛇が巻き付いたような奇抜なデザインのドレス。明るめの赤いルージュをひいた唇は艶っぽく、露出した白い肌は美しい。


 どこかで見た顔だと思って、その顔を凝視していたら、視線が合った。彼女は片目を閉じて合図する。


 誰か思い出せないので、隣のヒグラシの方を見ると、彼は必死にウインクして返していた。向かいの席の女は無視している。


 隣からオカンねえさんが言った。


「あんた、どっかで見たような……」


 言いかけて、オカンねえさんは声をあげた。


「ああ! シーシ・マコーニさんかいな! 眼鏡ないから分からへんかったわ。たまげた。変わるもんやねえ」


 驚いて目をパチクリとさせてしまった私は、ハッとして向かいの席の女性の顔を覗いた。


 シーシ・マコーニの隣の席で恥ずかしそうに下を向いている若い女性は、目の覚めるような明るさのエメラルドグリーンのドレスをまとい、肩に虹色のマフラーをショール風に掛けて、長い赤毛を奇麗に結い上げている。薄い化粧の綺麗な顔が惜しみなく晒されていた。


 今度は私が声をあげた。


「キエマちゃん! 出してもらえたのね!」


 その美女は魔法使いのカターヌ・キエマだった。


 キエマは小声でボソボソと言った。


「ご迷惑をお掛けしました。あと、ありがとうございます」


 小さくペコリと頭を下げる。


 隣のシーシ・マコーニが言った。


「私が同行して監視するという条件で釈放が決まりました」


 そして、正面のヒグラシの方を向いて言った。


「オカンサンさんが身元引受人になってくれているので、その傍に居るのなら、私の監視は適宜でいいという事になっています。オカンサンさんのお蔭です」


 反対の隣の席からオカンねえさんが言った。


「こっちや、こっち。そっちはオッサンや。誰と間違えとんねん。眼鏡かけてないからか? ていうか、輪郭で分かるやろ! ウチさっきから喋ってるし。そもそも、醸し出すオーラが違うやんけ。なあ、青年」


 オカンねえさんは向かいの席の若い男に同意を求めた。


 その色白の黄色い髪の青年は一度、隣のキエマちゃんの方を見ると、またオカンねえさんの方を見て彼女の視線を確認してから、着ていたジャケットの襟を整えながら頷いた。


「なんや。隣がカワイ子ちゃんやから緊張してんのかいな。カワイイなあ」


 オカンねえさんはニヤニヤしてその青年の顔を見ながらグラスを傾けた。


 やがて、太鼓の音が響き渡り、ニクス王が入場してきた。


 王の誕生日を祝う晩餐会はおごそかに始まった、はずだった。



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