第1話 赤いマントの女

 この港から望む水平線は美しい。夕日を飲み込んだ天と海の境界は、パンプアップ後に汗を光らせている上腕二頭筋のように輝く輪郭を浮き立たせている。


 私は戦士ドレミマツーラ。北方の国よりこのアウドムラ王国に招聘しょうへいされ、アウドムラ防衛軍の訓練師範を務めていた。防衛軍の師団長だったニクスが王位に就き、ニクス王となってからは王国軍の軍事顧問として働いている。


 異国の人間であり、女でもある私にとっては、男の兵士たちに軍事指導や訓練指導をするというのは、いろいろとやり難い面も多い微妙な立場だが、趣味と実益を兼ねた仕事などそう多いはずはないから、降り注ぐ障害は自分の実力で排除して、お楽しみを満喫しようと思っている。


 例えば、これから私がやるように。


「おいおい、ねーちゃん。マントなんかしちゃって。風邪でも引いたのか」


「こんな夕暮れ時に、人気ひとけの無い港で独り海を眺めているってことは、相当に寂しいんだろ? 俺たちが慰めてやろうか?」


「風も冷たくなってきたぜ。俺たちが温めてやるからよお」


 まったく、くだらない男というものは、どの国でも同じだ。この町人風の三人は、いつもこの港でこうして若い女に言い寄り、良からぬ事をしているのだろう。


 私は思わず吐いた溜め息の後で、彼らに言った。


「この程度の風が冷たいのか。ひ弱い連中だ。私が生まれ育った国では、おまえらのような人間は半日で死んでしまうな」


 男の一人が口を尖らせて言う。


「なんだよ。そんな真っ赤なマントで全身を覆っていて、よく言うぜ」


 隣の男がニヤニヤしながら私を指差した。


「本当は寒いくせに我慢しちゃって。どうせ中は厚着しているんだろ?」


 奥に立つ男が体をクネクネとさせながら言った。


「はやくう、そのマントを外してよ~ん。お兄さんたち、その中が見たいのお~」


 私はマントを大きくひるがえした。シルクの赤いマントが風になびく。


 マントの下の私の装束を見て、男たちは一瞬だけ身構えた。


「なんだ、びっくりしたな。鎧かよ。剣まで腰に提げてるじゃねえか」


 私は頷いた。


「おまえ達のような小心者が怖がるといけないと思ってな。マントで隠していたのだ」


 男たちは顔を見合わせて固まった。そして同時に笑った。


 一人が足をバタバタと上下させながら言う。


「うひひひ。怖がらせないようにだって? 笑わせんなよ。そんなセクシーな鎧なんか付けちゃって」


「その鎧、随分と重いんじゃないか? 俺たちが脱がしてやろうか」


「なんだか薄着だなあ。その鎧の下は何を着てるのかなあ~」


 どうしようもない連中だ。一人は痩せた長身、もう一人は水分多めの中太り、最後の一人は多少体格が良いが、それだけで、鍛錬している体の輪郭はしていない。


 要するに筋肉を鍛えていない者たちだ。月光に照らして鑑賞する価値は無い。


 私は迷わず剣を抜いた。


「殺すつもりはないが、保証は出来ぬぞ。いずれにしても、口はきけなくなる。だから、その前にいておく。数か月前、この港から出航したアルラウネ公国行きの船が沖で沈没した。その船にはニクス王の友人が乗っていたのだが、その行方が知れぬ。何か見聞きした事はないか」


「ニクス王の友人? 知らねえなあ」


「だいたいよお、他人にものを尋ねるときは、こっちの要求にも応じるのが礼儀だろう? その鎧をはずしてくれねえかなあ」


「そんな危ない物は仕舞いなよ。あんたみたいな小柄な女が振り回せるもんじゃねえよ、その剣は」


 私はゆっくりと剣を構えてから片笑んだ。


「何も知らないのなら、用は無い。から前に出ろ」


 一瞬だけ顔を見合わせた痩せ男と小太り男が、嬉しそうな顔で二人同時に飛び掛かってきた。


 私はそれぞれが着けている金の首飾りを狙って剣を振った。首筋と肩に一撃を受けた二人は、地に倒れた。壊れた首飾りの破片が落ちて音を鳴らす。


 私は剣先を残った男に向けた。


「おまえは見込みが無いでもない。どうだ、私の下で鍛えてみないか。美しく健康的な体を手に入れられるぞ」


「悪いが、俺は鍛えるとか努力するって事が大嫌いなんだ。生まれて持ったこの体で好きに生きてきたんだ。これからもそうさせてもらうぜ」


「そうか。ならば目障りだ。寝てろ」


「この女、誰に言っているつもりだ! 痛い目に遭わせて……」


 彼が言い終わる前に私はその男を痛い目に遭わせた。男は額を押さえてうずくまったまま、突っ伏すように地に倒れた。


 私は剣を振って汚い汗を飛ばすと、それを鞘に納める。


「筋肉の美しさは努力の賜物。努力なくして筋肉なし。筋肉なくして魅力なしだ。フン」


 私がきびすを返して暗くなった港を去ろうとしたその時、白い何かが波打ち際から陸に上がった。


 ブルブルと身を振って海水を飛ばしている。犬だ。


 その白い犬は周囲に倒れている男たちを見回すと、プイとそっぽを向いて片脚を上げ、男たち一人ずつに放尿して回った。


 そして、くんくんと鼻を動かし、こちらを向いた。目をハート形にして駆けてくる。


 こ、この犬は……。

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