第17話 私には秘策がある


 突如とつじょとして、私の目の前に現れた白い卵。

 淡い光だが、青白く発光している。


 私が両手を前に出すと、ゆっくりと手の中に納まった。

 どうやら、私の持ち物らしい。そのことだけは理解できる。


 当然、食べるためのモノではない。

 恐らくは霊鳥シムルグなのだろう。


 彼は『一度死んで生まれ変わる』と言っていた。

 卵の姿をしているのは、私の概念的な想像イメージが反映されているからのようだ。


 不死鳥のように『生まれ変わる=卵』という私の連想が『この形を作っている』と思われる。少なくとも、羽化するまでは大切に持っていた方がいいだろう。


 生まれ変わっても、記憶が引き継がれるワケではない。

 きっと私のことなど、覚えてはいないハズだ。


 彼の面影を残した別人。

 それでも、また会いたいと思ってしまうのは、どうしてだろう?


「決めたわ!」「キュキュイ?」


 私の言葉に小動物エゾモモンガは反応する。

 この世界では食べる必要も、眠る必要もない。


 だからこそ――


「ここに家を作るのよ!」「キュイ!」


 帰ってくる場所があれば、例え彼が飛び立つ日が来たとしても、また戻ってきてくれる。私の権限で〈世界樹ユグドラシル〉の形状を変えることは、ある程度なら可能だ。


 最初は実験ということで、小さな家を作ればいいだろう。

 その内、慣れて来たのなら、複雑な構造の家を創造するのも悪くはない。


 折角なので、くつろげる場所にしよう。

 私の〈世界樹ユグドラシル〉での生活が始まった。



 ◆◇◆◇◆



 烈風アウルが文官として潜入し、調べてくれた国の情勢と歴史。

 燐火ローズが神官として潜入し、集めてくれた国の文化と信仰。


 ニンクルラにも確認を取ることで、置かれている状況が見えてきた。

 この国で神官となるには、市民権が必要だ。


 後は複数存在する建国神のいずれかに信仰をささげればよい。

 信仰心があれば、加護をさずかることが出来る。


 ゆえに神官は一様に加護を得ることを目的とした。

 神殿内での階級や役職は、出自や能力によって決まる。


 上層部をのぞけば、訳有りの人間か身寄りのない者が、低位神官として大半をめるようだ。


 本山となる大神殿を中心に、医療や教育を行う小神殿が点在するらしく、病院や学校などの福祉施設としての役割をになっている。


 孤児の面倒も見ており『子供は働き手であり、地域で育てるモノだ』という考え方が主流だったようだ。


 しかし、経済の規模が大きくなり、格差が広がったため、この王都ではすたれつつある考え方となる。


 普通は市民権を持っているため、職人ギルドへ所属し、手に職をつけて独立した。

 貧しい者や後ろ盾がない場合は、兵士として戦地へと送られるらしい。


 国から土地を借り、農民になる場合もある。農奴制があるので、上手くいけば人手を確保しつつ、農園を開くこともできるだろう。


 だが、兵士も農民も、大抵の場合は失敗し、地主の小作人として従事するのが一般的だ。


 結局は、お金を持っている人間のもとに富は集まり、貧乏人は貧乏なままとなる。

 助け合って暮らしてきた村育ちの燐火ローズにとっては、受け入れがたい状況だろう。


 だが、富というモノは一極集中する傾向にある。

 この都市もいずれ、富裕層区画や商業区画、貧民街などが出来ていくのだろう。


 ニンクルラが王のそばにいれば、極端な政策が行われることはないと思われる。

 だが、彼女のような考えでは国を守ることは難しい。


 軍事関連については置いておくとして、専門的な教育機関を作り、優秀な人材を育てる必要がある。


 神殿とは別に大学のような研究機関があった方がいいだろう。

 そう考えると錬金術師アルケミストを異端あつかいしたことがやまれる。


 次に国内の勢力についてだ。軍の構成員は国王に忠誠をちかっている。

 国王が最高指揮官ではあるが、現場で指揮をることはないだろう。


 実際は将軍として任命された者が軍を動かしているようで、インフラを管理する神殿、経済を回す商人たちとの間で国の均衡バランスが保たれているようだ。


 だが同時に、そのいずれかが、いつ牙をいてきてもおかしくはない。

 私としては――それを食い止めるために『神の存在』が必要だ――と考えるのだが、経済による国の発展を重視するあまり、王みずから手放してしまったらしい。


 また、若い神官たちの間では『商売の神』が人気のようだ。

 その象徴は『蛇』という話だったので、嫌な予感がする。


 元は『武と水を司る神』らしく、地方の小神しょうじんであった。だが、戦争で活躍した武将が、その神を強く信仰していたため、人気が出たのだという。


 出世した武将は商才もあったようで、商人としても成功したらしい。

 話に尾鰭おひれがついたのか、建国神には『商売の神』がいないこともあり、商人たちからも人気が出た。


 この地でも蛇――特に白蛇――は幸運の象徴で、水にも関連があることから『海の女神ティアムス』に連なる神として、解釈がなされていたようだ。


 水の神の加護ということで船旅にもご利益があり、幸運をもたらすとして、商人たちから益々ますます信仰を集めている。


 現在、最も人気のある神となった。


(やれやれ、どの時代にも流行に飛つくミーハーな連中はいるようね……)


 また、金運と水の災害から守ってくれるのであれば『蛇神様を信仰するだけでいい』という結論になり、『効率が良くなった』と喜ばれている。


 古参の神官たちは良い顔をしないが、神殿に多くの寄付が集まるため、黙認しているらしい。


 非常に胡散うさんくさい話である。

 どう考えても、水蛇みずちが蛇神の神格を奪ったのだろう。


 段々と彼らのり口が分かってきた。

 分かったからといって、この都市が海に沈むまでの時間は限られている。


 ニンクルラを生贄いけにえささげることが、一番の解決方法だ。

 普通なら――この状況で打つ手はない――とあきらめるところだろう。


 だが、私には秘策がある。現代人としての常識を使う時がきたようだ。


(まずは仲間と合流するのが先ね!)


 私は烈風アウルに、


月山ウルサスむかえに行ってあげて」


 とお願いした。

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