第12話「稲妻の叫び」

「オーゥイェイ!」

「ヒャッホ~イ♪」

「………………♪」


 その日、柏崎かしわざき いちごは、級友の柴崎しばさき 蘭花らんか菖蒲峰しょうぶみね 藤子ふじこと共に夜道をバイクで走っていた。それも総排気量が1000㏄を遥かに超える化け物二輪である。少なくとも女子高生がブイブイかます代物ではない。

 まぁ、それも仕方ないだろう。

 何故なら彼女たち三人は、この町でも有名な不良グループ「獄門紅蓮隊」のトップスリーなのだから。大御所の頭ともなれば、それ相応の化け物じみた力が必要になる。カリスマだけでは通じないのだ。


「いやぁ、やっぱりバイクをかっ飛ばすのは良いねぇ」

「千の風になるって感じっスね」

「ゲ○タートマホーク♪」


 苺の言葉に蘭花と藤子が同意する。

 基本的にこの三人は仲がよく、対立することは滅多にない。共に幾多の死線を潜り抜けてきた戦友同士だからだろう。

 端から見ると限りなくイロモノトリオであるが。


「おっと、あっしはそろそろこの辺で……」

「おぅ、また明日な」


 しかし、楽しい時間というのは、何時までも続かない。先ずは蘭花が道を違えた。


「ゲッ○ードリル!」

「おぅ、いい夢見ろよ」


 さらに、藤子とも別れて、苺はいよいよ一人になる。ここからは完全に独走である。

 彼女の住む要衣市遠田町おんだちょう神之手かみのて地区は、山間のド田舎。特に苺の家は完全に山の中であり、崖と沢の間に走る道には外灯もガードレールも存在してない。少しでもズレれば容赦なくぶつかるか叩き落ちる、危険な道路だ。


「イヤッハーイ♪」


 それでも、苺はアクセル全開でぶっ飛ばしている。まだ走り足りないと言わんばかりに。普通なら近所迷惑だが、周囲に民家が一軒も無いので問題ナッシングである。


「うぉっ!?」

『………………!』


 そんな頭の中も爆走している苺の目前に、突然動物が飛び出してきた。形こそ鼬に近いが、猪のように大きい。


「おりゃ!」

『ギャッ!』


 そして、苺は避ける処か躊躇なく撥ね飛ばした。わざわざ前輪を浮かせて。


「どっか曲がってないだろうな……」


 それでも転ばず運転を継続するのは凄いが、せめて少しは反省しろと言いたい。


「しかも、曇ってきやがった。こりゃ一雨来るぞ」


 そのあんまりな態度に罰でも当たったのか、急に雲行きが怪しくなり始めた。


「どわぉ!?」


 さらに、ゴロゴロと音を立てて、雷まで落ちてくる始末。これは本格的に天罰かもしれない。


「ふざけやがって。全部あのケダモノが悪いんだ。いきなり飛び出してきやがって。わざわざ轢かれに出てくるなっつーの!」


 まぁ、本人は一ミリたりとも反省していないのだが。そんな不良娘が走り去った後、


『………………』


 轢き殺されたかに見えた獣が、ゆっくりとその鎌首を持たげる。


『グギャァアォウッ!』


 そして、稲妻を背に獣は怒りの咆哮を上げた。


 ◆◆◆◆◆◆


 ここは閻魔県要衣市古角町、峠高校の校門。物語はここから、


「おっとごめんよ! 考え事してたら、手が滑ったぁーっ!」

「ドワォッ!?」


 始まらない。苺がフラフラしていた説子を撥ね飛ばしたのである。「リオ-屋上のラストボス-」第一部、完!


「まぁ、ボーッとしてる方が悪いよな。じゃ!」

「おい、待てコラァ……」


 しかし、そうは問屋が卸さなかった。何故なら説子は里桜の相棒であり、化け物を超えた改造人間だからだ。


「轢き逃げしてんじゃねぇぞ、スカタンが!」

「げぇ!? 目の前まで跳んできやがったぁ!?」


 十メートルは離れたバイクの上を飛び越えて、説子が立ち塞がる。これだけでも彼女の身体能力の高さが窺えるだろう。今更と言えば今更だが。


「責任取って死ね!」


 さっそく、轢き逃げかました不届き者を始末しようと、説子が鋭い鉤爪で襲い掛かった。


「ヤロウ!」

「何ぃ、白羽取った!?」


 だが、苺は「獄門紅蓮隊」の総長。伊達に不良共を纏めてはいない。その証拠に、説子の攻撃をギリギリで白羽取りにしてみせた……って、そんな馬鹿な。


「あっ……」


 まぁ、代わりに命よりも大切なバイクを失ってしまったのだが。ハンドルから両手を放せば当然そうなる。見事なスライディングと大爆発であった。


「テメェ、何しやがんだこのヤロウ!」

「やかましい! 人一人撥ね飛ばしておいて、謝りもしないからそうなるんだ!」

「ちゃんと謝っただろうが!」

「あんな誠意の欠片もない謝罪があるか! 里桜に改造させるぞ!」

「何、その脅し方!?」


 実にしょうもない言い争いをする二人。三人居なくて良かった。



 ――――――ゴロゴロゴロ!



「「ゑ?」」


 しかし、その姦しさも突然の雷鳴で中断される。


「何だありゃ?」

「あれは……!」


 何事かと見遣れば、そこにはもくもくとした黒雲が。

 そう、何と地表スレスレに、人がスッポリ収まりそうな、小さな雷雲が発生していたのである。上昇気流も無ければ、風さえ吹いていないのに、だ。これはどう考えてもおかしいだろう。

 というか、苺はあの雲に見覚えがあった。昨日の帰り道に遭遇した、不思議な雲と同じ物である。


「危ねぇっ!」

「ぉげふっ!?」


 初見故に首を傾げるしかない説子を、既知だった苺が動き、力一杯に押し倒した。



 ――――――バシィイイイイン!



 その瞬間に稲妻が轟き、さっきまで二人が立っていた場所に焦げ目を造った。横に向かって走る雷……「側撃雷」である。もちろん、食らえば命処か原型が残る保証すらない。代わりに思いっ切りラリアットを食らったが、背に腹は代えられないだろう。



 ―――――――ゴロゴロゴロ!



 だが、謎の雷雲は暇を与えるつもりは無いようで、次なる雷撃の準備を始めた。膨大な電力により空気が震え、腹まで響く重低音を奏で出す。


「調子に乗るなよ! ゴヴァアアアアアッ!』

「えぇっ!?」


 しかし、説子もやられっぱなしでは面白くないので、撃たれる前に撃った。凄まじい爆炎が黒々とした暗雲を爆散させる。苺の顔はすっかりエ○ルだ。


『グギギギッ……!』

「あっ……!」


 雲が晴れると、そこには奇妙な怪物が。

 基本的な形態はハクビシンに似ているが、全長が三メートル近くもある上に目付きが太刀のように鋭く、頭部にはご立派な一本角が突き出していた。

 また、背骨に沿って脊椎と肋骨を思わせる物体が生えており、背側から胴体までを覆っている。硬質的な見た目だが隙間だらけなので、防御目的の器官ではあるまい。肋骨のような部分が蛇腹状なのに加えて、間に皮膜が張られている事を鑑みるに、おそらく滑空に使う物と考えられる。


「な、何だありゃ!?」

「「雷獣らいじゅう」だよ、たぶんな……」

「「雷獣」?」

「そう。名前通り“雷を操る程度の能力”を持つ妖怪さ」


 江戸時代を中心に伝承される妖怪で、雷を自在に操る獣とされている。外見はハクビシンに近く、木登りが得意であり、雷雲に乗って空を飛び、雷と共に落ちて来るという。


『グヴァアアヴッ!』


 そんな雷の化身――――――「雷獣」が轟雷の如く咆哮する。

 すると、全身にバチバチと稲妻が迸り、灰掛かっていた毛並みが、纏った電荷により青白く染まった。強力な電磁場で覆われた双眸が光る様は、恐ろしくも何処か神々しい。まさに天より舞い降りた、神なる獣だ。



◆『分類及び種族名称:稲妻超獣=雷獣』

◆『弱点:背部発電器官及び頭頂角』



「お、おい、こんなのに勝てるのかよ!?」

「勝てる勝てないじゃない、勝つしかないんだよ!』


 幾ら神々しかろうと、相手は妖怪。ビビったら負けである。それがよーく分かっている説子は、妖魔化しながら雷獣へ立ち向かった。


『ガァアアアッ!』


 先ずは火炎放射。強烈な火力で敵を怯ませ、その隙に連撃を叩き込む算段だ。


『グヴァルルルッ!』

『クソッ、素早い!』


 だが、稲妻の化身とも称される雷獣の動きは正しく電光石火であり、地を蹴る度に火花を起こしながら、圧倒的スピードで説子の背後を取って、尻尾で攻撃を仕掛けてくる。


『くっ……!』


 一撃の重さこそ大した事はないが、一発毎に感電させてくる為、どうしても動きが鈍ったり、テンポがズレてしまう。電流の乱れにより、炎を制御し難くなるのも痛い。説子は火炎放射の際、物理ではなく発電により着火しているので、この点がより響いていた。


『ハァッ!』

『ギャヴォゥ!』

『しまっ……ぐはぁっ!』


 さらに、破れかぶれの引っ掻きも、被膜を利用した華麗なる舞で躱され、そのまま強烈な空中ダイブを食らってしまう。説子の身体は見た目よりもずっと重いが、それでも体格差が倍もあれば、流石に吹っ飛ばされる。


『ギュガァアアアアッ!』

『ぐがっ……!』


 その上、雷獣の放電が直撃。角から放たれるレーザーサイトによって、電気抵抗が限りなくゼロになった通り道を潜り抜けて来た電撃は、落雷のそれに匹敵する威力があり、一発で説子を戦闘不能にした。まさに雷の化け物である。


『グヴァアアヴォッ!』

「止めろぉおおおっ!」

『グギャァアッ……!?』


 しかし、いよいよ以て死ぬが良いと、稲妻迸る体当たりを敢行しようとしていた雷獣に、苺が突っ込む。愛用のタングステン合金の金属バットで、頭の角をぶん殴ったのだ。

 むろん、苺は一発で感電死したのだが、角を叩き折られた雷獣のダメージも相当であり、悲鳴を上げて転げまわる。


『ゴヴァァアアアアッ!』

『グギャアアアアアッ!?』


 もちろん、そんな隙を見逃す程、説子は甘ちゃんではない。驚異的な再生力で持ち直すと、口からありったけの爆炎……いや、放射能の熱線を吐き、雷獣の胴体を吹き飛ばした。身軽で素早い分、耐久力に難があったのだろう。

 こうして、“雷獣を斃す”という依頼は達成されたのだが、


『………………」


 黒焦げの死体となった苺を、説子が何とも言えない表情で見つめる。


 ◆◆◆◆◆◆


「……ハッ!?」


 そして、苺は目を覚ました。場所は校門。何時の間にか放課後になっており、稜線に夕日が沈み掛けている。

 うん、色々とおかしい。経過時間もさる事ながら、そもそも彼女は死んだ筈。雷獣の電流を直に浴び、真っ黒焦げになって。


「一体何がどうなって……?」

「リップサービスだってよ。“あいつ”が来るらしいからな」

「うぉっ!?」


 知らぬ間に、説子が隣にいた。夕暮れの中で見る彼女の姿は、妖しくも美しい。猫のように光る眼が、いっそ艶めかしいと言っても良いだろう。


「どういう意味だよ、そりゃあ!?」

「……夜道は、背中に気を付けなよ。じゃあな」


 さらに、空の茜が消えると同時に、説子もとっぷりと姿を消した。意味が分からない。


「とりあえず、帰るか……って、あ!」


 苺はバイクに乗ろうとして、そんな物など、とっくに無い事を思い出した。


「そうだ、朝に爆散したんだった……ん?」


 だが、何故か無い筈のバイクが、普通に停めてあった。しかも、元の形態よりもゴツく、様々なオプションが付けられ、デザインがサイバー化している。どういう事なの……?


「おいおい、乗って大丈夫なのか、これは?」

《モチロンデス、マイマスター!》

「キェアアア、シャベッタァアアアアアッ!?」


 その上、音声認識で勝手に動き出す始末。そんな馬鹿な。


《――――――生体反応を検知、種別「雷獣」!》「はぁっ!?」

『ピキィイイイイイッ!』


 そして、このおかわりである。しかも、今度の個体はハクビシンではなく、蜘蛛のような形態をしている。


『キキィィィィ……クァヴォオオオオッ!』


 さらに、咆哮と共に光る蟲のような物を集め始めたかと思うと、さっきと同じく全身に電荷を纏った青白い姿となった。バルーニングで飛んできた事を鑑みるに、あの小さな蟲は子蜘蛛だと考えられる。

 いや、冷静に考察している場合ではないだろう。目的は不明だが、攻撃形態に為っている以上、戦闘は避けられまい。



◆『分類及び種族名称:電殻生命体=雷神』

◆『弱点:腹部』



「ど、どうすれば!?」

《「変身」デス、マイマスター》


 何を言っているんだ、このバイクは。


「はぁ!? 「変身」!?」


 しかし、苺が思わず「変身」と言った瞬間、バイクが分解して彼女を包み込み、文字通り「変身」する。ストロベリーカラーの、女性的なシルエットをした、強化外骨格だ。バブルなガムをクライシスしそうな感じ。


『カォオオオオオン!』

《来ます、マイマスター!》『ぬぅっ!』


 そして始まる、未知との闘い。雄叫びと共に雷獣が放ってきた地走る雷撃を、バイクと変身合体した苺が躱す。その動きは、まるで動きを読んでいたかのようであり、華麗かつ俊敏である。


『キュガォオオオッ!』

《……反撃シマス!》『うわわわっ!?』

『ギェッ!?』


 さらに、稲妻を纏った鎌状の前脚を避けて、蹴り上げ、殴り砕く。


『キィイイイ!』

《無駄無駄無駄!》『ドワォ!?』


 帯電した糸玉や捕獲網も、腕と踵の燃えるエッジで焼き切った。ついでに腹部を踵落としで粉砕する。


《「プラズマキック」!》『プ、プラズマ、キックゥウウウッ!?』

『グギャアアアアアッ!』


 そして、最後は天高く舞い上がり、プラズマを宿したメテオキックが炸裂し、雷獣は退治されたのだった。


『――――――って、何じゃこりゃあああああっ!?」



◆『識別コード:DCBMS-000』

◆『機体名:プロト・ギャガン』



《オ疲レ様デス、マイマスター。ソシテ、オヤスミナサイ……ZZZzzz》

「おい、コラ!? 分離と同時にスリープすんなよ!? お前みたいな重量物、引きずって帰れってのかよ!? おーい!」


 この後、苺はエネルギー切れを起こしたバイクを頑張って運びましたとさ。めでたしめでたし。


 ◆◆◆◆◆◆


「……どっちも死んだか。縄張り争いの結果は、喧嘩両成敗って訳だ」


 何処かで、誰かが呟いた。

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