第8話

▫︎◇▫︎


 走る傍ら、私の頭の中には走馬灯のように、あの日の晩の出来事が流れてくる。


 漆黒の夜空に浮かぶのは淡い色彩ではずなのに、圧倒的な輝きを放つ三日月であったことを、私はちゃんと覚えている。


『ーーー月が綺麗だね、フローラ』

『っ、』


 ふわっと空を見上げた彼は、赤い頬で私に告げた。

 いつの間に惹かれあっていたのだろうか。

 私たちはいくら惹かれあったとしても敵同士なのに。殺し合う運命なのに。私は、いつ間違ったのだろうか。


 分かっている。

 本当はちゃんと理解している。



 1つ目に犯した過ちは、名前を教えたこと。


 2つ目に犯した過ちは、彼の名前を知ってしまったこと。


 3つ目に犯した過ちは、私の弱さを知られてしまったこと。


 4つ目に犯した過ちは、お母さんのミドルネームを教えてしまったこと。


 5つ目に犯した過ちは、あの地を守ると約束してしまったこと。


 6つ目に犯した過ちは、彼の魔法を見破ってしまったこと。


 7つ目に犯した過ちは、彼に魔法が使えることを教えてしまったこと。


 8つ目に犯した過ちは、彼に魔法を教わってしまったこと。


 9つ目に犯した過ちは、彼に剣術を教えてしまったこと。


 10つ目に犯した過ちは、彼と何度も会う約束をしてしまったこと。


 11つ目に犯した過ちは、彼との逢瀬を楽しんでしまったこと。


 12つ目に犯した過ちは、彼と時間を重ねてしまったこと。


 そして13つ目に犯した過ちは、彼に愛を抱いてしまったこと。



 他にも多分、私は沢山の過ちを犯した。

 だからこそ、私は彼に対してこう答える。


 くちびるを噛み締めて、にっこりと笑う。


『宵待草が咲いているわね、アンソニー』


 ぽろっと涙がこぼれてしまったことだけが、この瞬間の私の失敗だろう。


『ーーーそっか』


 彼も泣いていた。

 私が泣かせた。その事実がちょっとだけ満足で、でも苦しくて、私はずっと笑っていた。この時ばかりは、昔受けた表情を操る英才教育に感謝した。


『ねえ、フローラ。君さえ良ければ、房飾りを交換しないか?』


 お互いに感情が落ち着いたであろう頃の別れる間際、彼は私に提案した。

 私はぐっと泣きそうになるのを我慢して、心の奥底から笑みを浮かべた。偽物じゃない、本物の笑みを。


『いいよ』


 房飾りの交換は相手の生を願い、そして、相手との永遠の絆を誓う物だ。

 戦場で殺し合わなくてはならない私たちには、全く似合わない代物。でも、なんだか逆に、私たちにぴったりな気がした。

 矛盾だらけでぐちゃぐちゃな私たちには。


 ぐっと走りながらも、私はお守りである房飾りを左手で握った。

 右手には私の相棒で最強の大鎌がいる。

 だから、私は最強だ。


 最強でなくてはいけない私は、自分に大丈夫と言い聞かせる。

 本当は大丈夫なんかじゃないと分かっていても。


 後ろについてきていた兵士たちは、いつのまにかみんないなくなっていた。

 私のスピードに追いつけなくなってしまったのだろう。


 ならば、ここからは本格的な自由行動だ。

 派手に立ち回れる。


 燃え盛る私と彼が守るたかった地に一筋の涙を落として、私は大鎌を大きく振り回しながら、戦場へと躊躇いなく飛び込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る