第4話 革命戦士

「さて、リファ。世界史の時間だよ」


「はい、先生」


「今、どんな世界になっているか知っているかい?」


「ほとんどの国が世界政府に加盟していて、世界貴族ランキングに各国王様が登録されているみたいな?」


「そうさ、公侯伯子男の順番でピラミッド型のランキングがある。各王たちはこのランキングに名を連ねることに必死なんだよ。正確に言えば大王が最上位にあるけど、それは世界を創ったとされている始まりの十一人ビギニングイレブンが永久的にいるから例外だとして、一つランクが上がれば国の名は一気に上がり世界政府からの援助の割合も跳ね上がる。しかし、逆にランキングから名前が消えれば一気に国が衰退するともいわれているんさ」


 テーブル越しに世界史の講義をしている二人を脇に俺は淹れてもらったコーヒーを少しずつ飲む。

 あ~苦い。

 こんな苦い液体をよく先人たちは飲もうと思ったよな。これを格好よく飲めたら親父みたくなれそうな気もするけど、ははは、ただ苦いや。


「何を基準にランキングは決まるの?」


「さあ? それは知らないことさ。もっと上の偉い人しか知らない」


「ふ~ん、でも、それがロンドリアとどんな関係があるの?」


「大ありさ。リファはまだ小さかったから覚えていなかったかもしれないけど、五年前までロンドリア王国は世界で知らない人はいないほどの巨大国家だったんさ」


「でも……」


 思いついたようにリファが立ち上がった。そして、隣の部屋に移動していく。何やらガタガタ音がしているけど、大丈夫か。

 一分ぐらいで戻ってくると、その胸に一枚の紙が握られている。筒状に纏められていて結構大きいな。目測で一メートル四方か。


「お義母さん、そんな国ないよ。ロンドリア『共和国』ならあるけど」


「当り前さ」


 埃っぽい紙は今の世界地図だ。巨大な楕円形の大陸と海に四方を囲まれた島国が存在している。確か二百国以上あったはず。そのほとんどが世界政府に加盟している。そこに加盟すれば統一通貨や国の移動に面倒な手続きが免除されるからな。でも、アホみたいな額の税金と上納金と呼ばれている金額は決まっていないし支払うことも義務ではない世界政府への気持ちを払う必要があるけど。


「五年前にロンドリア王国は滅亡したのさ」


「――え」


 何気なく言った一言だったが、リファは大きな反応を示した。そりゃそうだ。世界最大国家がたった一日で滅んだんだから。


「大きな国だったんでしょ。当然、世界政府に加盟もしているんでしょ」


「ロンドリア王国の最終ランクは公爵位筆頭、事実上の世界最高国家さ」


 話をしながらオーラが煙草を取り出して火をつけゆっくり深く吸い込む。そして、大きく息を吐きだす。吐き出された煙は渦を巻くように宙に解けていく。


「おっと、すまないね。ギルは煙草は苦手かい?」


「構わない。親父もヘビースモーカーだった」


「そうかい、あたしゃこれが好きでね」


「お義母さん、いいから続き!」


「そうだね」


 ふ~、ともう一回、吸い込んで吐き出す。


「ロンドリアはやりすぎたのさ。世界政府に対していい顔をしたくて国民から必要以上に税金を搾り取った。最終的な税金はどれも五十パーセントを超えていたというじゃないか。だからこそ、公爵位を貰えたんだろう。王は嬉しいさ。世界政府に認められるっていうのはそれだけ価値あることで、誇りにもなる」


 ――だけど。


「国民からすればひどい話さ。仮に千ダールの買い物をすれば半分は税金。商品の価格は五百ダールってこと。当然、支払いきれない人も多く出る。破産者が増え、より税金の回収が難しくなる。でも、世界政府の機嫌取りのため最低限でも前年より下回ることは許されない。じゃあどうすればいいか? 簡単さ、国が主導して国民を他国に売ったのさ」


「そんな……」


「それだけ追い詰められていたんだ」


「でも、世界条約で人身売買は」


「禁止、されているけど、どんな世界、場所にも影は存在するのさ。金払いのいいロンドリアと褒めてくれる政府、おかしなくらい利害が一致してしまった」


 そう、あの時は酷かった。

 当然、そうなれば国民の流出が浮き彫りになる。だけど、渡航の自由も認められていたはずなのに、ロンドリアはそれを禁止にした。いや、正確に言えば世界政府が認めなかった。


 世界の法はすべて世界政府が原典を創って、それを基準に各国が法律を制定する。つまり、どんな状況でも世界政府に逆らうことはできない。

 まさに、最高権力機関。

 嫌だね、権力っていうのは。物理的に殴る蹴るができれば力量差はわかりやすいのに、権力は力、体格、年齢、性別を超越してくる。どんなに強くても目に見えない力に逆らう術はない。


「その日のことはよく覚えている。ちょうど、五年前、全世界に衝撃が走った。なんでも、ロンドリア王国が倒されたと。あたしゃ耳を疑ったね。公爵位、つまり、軍事力だって世界最高水準で用意していて、自国の騎士は当然にして世界政府のエージェントだって相手取る必要があるんだ。最高戦力のロイヤルナイツが現れれば一人で国家を沈めることができるといわれているのに、誤報だと信じていたよ」


「でも、違った」


「そうさ、本当になくなっていた。それも、たった十人程度で成し遂げたときた。まあ、噂程度だけど、新聞には政府の圧力がかかっているからどこまでが真実かわからない」


「誰なの?」


「知らないさ。これまで数え切れないほどのクーデターが歴史上存在してきた。それらを打ち滅ぼしてこそ世界政府の威厳が保たれ、畏怖されてきた。でも、ロンドリアこそ唯一成功した例さ。でも、その当事者の行方は知らない。革命をなすと姿を消してしまったそうだ。世界政府は当然激怒、何人かのロイヤルナイツは最優先任務として動いているって噂もある。どこまで本当か知らないけどね」

 ロイヤルナイツね、あの、暇人ども。

 適当に主人である大王の機嫌取りでもしてればいいものを。


「今はロンドリアはなくなったの?」


「いんや、存在している。名前をロンドリア共和国に変えて国民から代表を決めて国家運営をやっているんだと。極僅かしかいない政府に加盟していない国として。名前を変えたかったそうだけど、脱退の条件としてロンドリアの名前は残すようにと世界政府が通達したって噂もある」


「なんで?」


「知らないさ。でも、まあ、いい駒だったかもしれないけど、それなりに愛着があった国だったから完全になくすには惜しいと思ったところさね」


 そんなことがあったから現在のロンドリアは世界政府から強い監視下に置かれることになっているけど、世界政府から脱退している以上、エージェントが表立って介入することはできない。

 そういや、ロンドリアに残ったあいつらは元気か。

 こっそり帰省してやろうかな。


「クーデター、革命、なんて響きはいいけど、実際は大戦争だったと聞いているさ。被害的には国側の要人、騎士が圧倒的に多いけど、民衆もかなりの数が巻き添えになっている」


「関係ないのに」


「それこそ無血革命なんて理想論さ。国同士の戦争じゃない。生きるか死ぬかの一騎討、ルール無用、生き残ったほうが正義さ」


 悟ったように上を向くオーラは深く煙草の息を吐く。リファは飲み込めないといった苦い顔で下唇を噛む


「ねえ、ギルから見てロンドリアはどうだったんですか?」


「どうって?」


「なくなっていい国だったんですか。多くの血が流れて、なしえた革命に意味があったんですか」


「さあ、知らないよ。それはそこに住んでいて、あの国の現状を知っている奴だけが意見することができる。俺はずっと外にいるからね。今の国は知らない」


「その革命をした人たちってどこかへ消えたんですよね。無責任じゃないんですか。

やりたいことだけやって後処理は放り投げるって!」


「こらリファ。ギルにそんなこと言ったって意味がないだろ」


「あ……ごめんなさい」


 オーラに諫められてリファは我に返ったようにシュンとする。しかし、そのことについてはオーラも首をかしげた。


「確かにそれは気になるさね。革命なんて言えば聞こえはいいけど、要は国家反逆。失敗すれば即処刑が基本。せっかく成し遂げたのに消えてしまっては世界政府を怒らせてしまうだけ。現に今も世界政府が最高金額で国際指名手配をしているはずさ」


「ギルは何か知らないんですか? 同じ国にいたんだから」


「いやいや、同じ国って言っても俺が住んでいたのは超田舎だからね。王都の情報なんてほとんど入ってこない。毎日、畑と川釣りをして遊ぶ日々だよ」


「そう、ですか」


 少しがっかりさせてしまったか。でもさ、冗談抜きにして王都の情報なんて知らないし、知りたいとも思わなかったな。毎日のように超田舎まで徴税に来る役人の顔がうざったくてしょうがなかったことはよく覚えているけど。


「きっと崇高な考えのもと行動したんだ。打倒した後も実権を握らなかったのもだってそうしたほうがいいって思ったから。ほら、また少人数で国家を掌握すれば、それって王政国家と変わらないから、国民主導で国政運営を行えるようにとか」


 リファがいろいろと推察をしてくれるけど、はは……。


「なあリファ。俺もよくわからんけど、でも、そうだな。一つ言えることがあれば、そんなに深く考えていないと思うよ」


「でも、考えなしに国家反逆ってあり得ないんじゃ」


「あり得ないなんてあり得ないさ。他人にとっては理解されないことだって当事者からすれば譲れない何かかもしれない。きっとただの子供だったんだよ。我慢のできない、親に歯向かう無垢で愚かな子供」


 ただ泣いているだけだった自分がいた。

 ただ口先ばっかりうまくなっている自分がいた。

 ただ無力な自分がいた。

 ただ親の背中しか見ることができない自分がいた。


「少ししんみりしちまったね。今日はここで解散としようか。明日もまだまだすることがあるんだ。特に、明日は中央広場で国王からの映像中継があるって話だ」


「うん、もう寝る」


「ああ、リファは先に行き。ギルはついてきな。使う部屋に案内するよ。埃が溜まっているわけじゃないと思うけど、綺麗とも言えないからね」


「問題ないよ。いつも俺のベッドは草の上だからね。布の上だけで十分」


「ったく、人間らしい生活をしたらどうだい」


「金があったらね」


 オーラに少し笑われて俺は案内されていく。

 久しぶりに充実した。変化に富んだ一日が終わった。

 あ~、疲れた。

 

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