<23・幸運を呼ぶ双子の鏡>

 五階女子トイレ――幸運を呼ぶ双子の鏡。

 今は外がごっちゃごちゃの状態であるが、トイレそのものはまだそれらしい面影を残している。すっかり新校舎の面影はなくなり、木造に変貌してしまってはいるとはいえ、それらしい個室がずらりと並んでいてまだ一応トイレであるとわかる状態だ。まあ、かつての女子トイレが、木枠で窓が打ち付けてあったかどうかは怪しいところなのだが。


――電気がつくようになってるのは、一応明るいところで探索してもいいですよーって幽霊さんの親切なのかね。いや、この時間帯に電気つかなかったら真っ暗闇でなんもわからなくなるだけなんだけど。


「……どうでもいいこと言っていい?」


 緊張をほぐす目的もかねて、梟は口を開いた。


「俺、まともな男子中学生なんで。女子トイレに入ったことないわけですよ。小さな子供の頃に、母さんと一緒に入ったことはあったかもだけどさ」

「そうですね、入ったことあったら駄目だと思います!私、女子トイレにふざけて入ってきた男子達を投げ飛ばしたことが何度かありますけど、あれはモラルに欠けるというか!男以前に人間としてダメというか!」

「な、何度も?投げ飛ばした?え?」


 この子自分が思っていたよりずっとパワフルなのか、と少々恐れ戦く梟である。殴り飛ばしたならまだしも、投げ飛ばせるのかいな!という。燕より背も高いし、運動神経も非常に良い(実は握力もめっちゃ強いらしい、というのは燕情報だ)のは知っていたがまさかそこまでとは。まあ、普通なら女子トイレにこっそり入る男なんてのはセクハラ&不法侵入ものだろう(逆も然りのはずだ、本来ならば)。男子小学生だからそういうことやっちゃうんだよなあ、と思いつつ。


「いや、何が言いたかったかっていうとさ。個室しかないっていうのが違和感あるというか。そうだよな、女子トイレだもんなー……」


 そう考えるなら、後ろから見えてしまいそうな男子トイレに女子がずかずか上がり込む方がよほど問題だろうとは思う。時々ある“おばちゃんが女子トイレ混んでたからって男子トイレに踏み込んでくる”のは大真面目に問題だと思うのだがどうなのだろう。

 いや、こんなことを言ったらフェミニストな方々に殺されそうなので、自分も表立ってどうこう言うつもりはないのだけれど。


「あ、そっか。男子トイレと女子トイレってそこが違うんだ。考えたことなかったです」


 少しだけ恥ずかしそうに笑いながら言う英玲奈。ちょっとだけ、緊張はほぐれたようだ。よし、と彼女の手を握りなおすと、二人で鏡の前へ向かった。

 幸いというべきか、今回の七不思議には個室の方は関係ない。鏡だけで完結する話であったはずだ。


「確かここだって言ってたよな。六年生の女子……千代田真姫さんだっけ?その子がいなくなったのは」


 彼女は、旧七不思議ではなく新七不思議を試しただけだ。だから、恐らくは自分達と同じようにこの空間のどこかに閉じ込められている、のではないかと思っている。新七不思議を試しただけならば、多分この空間に連れてこられるだけ、神隠しに遭うだけで留まっているはずだからだ。あくまで、内容からの予想にすぎないけれど。

 此処のタイトルである“双子”というのは。此処が木造校舎時代に存在したという、キミコさんとリエコさんという双子の女の子のことなのだという。彼女らは、学校でも有名な霊感少女達であったのだという。正確には、霊感というより超能力者に近いものであったのではないか?という説がある。双子の間でテレパシーが使えたとか、双子だけがアクセスできる特別な精霊がいたとかなんとか。そんな、眉唾な話がいくつも転がっているのだそうだ。

 ただ、彼女らは学校の成績があまりよくなかった。それで、先生達に白い目で見られることが少なくなかったのだという。いつまでも霊感だとか超能力だとか法螺ばかり吹いているからそういうことになるのよ、みたいな。当時は今以上に、霊能力や超能力を信じる者は少なくなかったことだろう。場合によっては病気扱いされて病院に入れられてしまったり、迫害されて集落を追われることなんかもあったのかもしれない。

 自分達の成績が良くなれば、先生達にも自分達の力を信じてもらえるのではないか?そう考えた彼女達は、学校の鏡の前で成績をアップさせてくれる精霊を呼び出す儀式をしたのだそうだ。

 だが、彼女達はその儀式以降、姿を消してしまうことになる。まるで、精霊とやらに異界へ連れ去られてしまったかのように。


「そうです。千代田真姫さんは、ここで受験が成功するようにおまじないをしたんだそうです」


 この話に関しては、英玲奈もほぼほぼ知っていたようだ。


「でも、私が知ってるの、此処の新七不思議の方だけで。……古い七不思議ではどうだったのか知らないんですよね」

「ああ、まあそうだろうな。……古い七不思議では、やっぱりこの双子も悪霊ってことになってる」


 双子が精霊を呼んでいなくなった、というところはそのままだ。だが旧七不思議ではここにオマケがある。

 彼女らは成績をアップさせたいと思うと同時に、自分達の力を認めないこの学校の教師たちや両親を憎んでいた。彼らに自分達の力を認めさせたい、ぎゃふんと言わせてやりたい、認めない奴らには復讐してやりたい。そんな彼女らの邪念が、善き精霊ではなく邪霊を呼び出してしまったのだという。

 彼女らは生贄として連れていかれ、邪霊の一部となってしまったのだそうだ。


「特別な能力を認めない大人を憎む気持ち。それが、此処には残ってるんだそうだ。……夕方か夜。二人の子供で此処に来て手を繋ぎ、一人ずつ別の鏡に映るようにするんだと。そうすると、双子が現れて召喚者を試すんだそうだ。……能力がある者は自分の仲間に引きずり込み、無い者は永遠の奈落に突き落としてしまうらしい」


 これだけ聞くと、古い七不思議の方であっても被害者の遺体は出ないということなのかもしれないとも思う。まあ、千代田真姫は一人でおまじないを試したはずだし、こちらの条件に当てはまるようなことはなかったとは思うが。


「俺達は二人いるからな。……試すか、こえーけど」

「は、はい」


 英玲奈を巻き込みたくないなんて思いつつも、この条件は彼女がいなければ達成できないものであるわけで。気が引ける思いをしつつ、二人で手を繋いで鏡の前に立った。そして、一人ずつが鏡に映るように立ち位置を調整する。

 今の時刻は、既に夜と呼んでいい時間帯であるはずだ。スマホの時計が狂っていないのならば、もう八時をとうに過ぎているはずである。


――仲間、か。


 鏡の中をじっと睨みつけながら、梟は思う。


――自分の能力が認められない、理解されない。……辛かったんだろうな、そういうのはさ。でも。……わからない人間には、わからない人間なりの事情があるんだ。人間は解明されていないものに恐怖を覚えるイキモノなんだからよ。


 自分にも、経験がある。自分の力など大したものではないが、それでもだ。何度かおかしなものを見て、それから弟を遠ざけようとしたり、両親に助言を繰り返したりしていればおのずとバレるというものなのだ。

 両親は、自分達がわかる範囲で精一杯理解してくれようとした。でも、それ以外の者はそうはいかない。親戚の中には、噂を聞いて、梟の方を見ながらひそひそと話す者もいた。だから、梟は正月に親戚に会うのが嫌で嫌でたまらなくなったのである。

 そんな時。いつも梟の味方をしてくれたのが――燕だったのだ。




『兄ちゃんを悪く言うなよ、クソババア!兄ちゃんは、兄ちゃんはすごいんだからな!すっごく、すごいんだからなー!!』




 少ない語彙で、半泣きになりながらおばさん達に食ってかかった幼い燕。それを見て、梟は思ったのだ。

 ああ、この子だけは、自分が守らなければいけないと。それが兄としての己の使命なのだと。


――あんたらは、お互いっていう理解者がいたんだろう。それじゃ、不満だったのかよ、なあ……?


 ぞわり、と。鏡の中が動いたように見えたのはその時だった。はっとして、思わず英玲奈の手を強く握りなおす。

 鏡の中が、湖面のように波紋を広げていた。ぽた、ぽた、と雫が落ちるように何度も広がる波紋。眼の錯覚か、それとも――思わず目蓋を擦って見た時、それらはまるで幻のように消えていた。

 だが、その代わり。


『どうして?』


 背後から、声。


『どうして、わたしたちの、じゃまをするの?あなたは、わたしたちの、なかまでしょう?』


 鏡の中。

 自分と英玲奈の後ろに一人ずつ少女達が立っているのだ。黄色のワンピースに、おかっぱ頭。年は、小学校低学年くらいだろうか。ひっ、と口元に手を当てて悲鳴を咬み殺す英玲奈。


『ねえ、こたえてよ……ふくろうくん』


 声が、二重に唱和する。予想はしていたが、どうやら自分は彼女達に“仲間”と認識されているらしい。少女達は自分達二人の後ろに立っているが、さっきから明らかに声をかけられているのは梟一人だった。

 七不思議通りならば、英玲奈はこのままだと殺されてしまう対象になりかねない。異変があったらすぐ、彼女を庇って此処から逃げようと決める梟である。

 同時に。話しかけてくるということは、ある程度意思の疎通ができる可能性があるということ。彼女らの、あるいは彼らすべての考えを知ることもできるかもしれない。梟はバクバク鳴る心臓を気合で落ち着かせながら、口を開いた。


「邪魔って、なんのことだ。俺たちがやってることは、お前たちにとって邪魔なことなのか」


 彼女らの反応次第では、はっきりするだろう。

 自分達のやり方が、正しかったということが。

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