27:なんたって異世界ミステリー劇場

 時刻は昼下がり。心地いい風が吹き抜ける中、魔王少女ミィの従者アリアがなぜか我々に同行することになった。一体どうしてこんなことになっているだろうか。正直もうよくわからない。

 ひとまず後ろからずっと感じる危機感と戦いながら、私は揺れる馬車の中で外を眺めていると村らしきものが目に入ってきた。もしかするとあれがライオの故郷である村なのだろう。


「あら、もしかしてあそこがアンタの故郷? 結構立派じゃない」

「ここら辺じゃあ大きめだからな。にしてもおかしいな、普段なら魔物に門を監視されているはずなんだけど……」

「そうなの? 誰もいないから、どっかに行っちゃったんじゃない?」

「いや、あいつらにとってここは重要な拠点だからそんなことしないはずなんだが」


 そういうとライオは地図を広げる。それは少し古い地図だったが、見た限り現在の地理とそう変わりなさそうだ。ライオはそれを知ってか、村がある場所にリンゴを置いた。

 私達がそのリンゴを見つめていると今度は二つのニンジンを点々と起き始める。その配置を見て私はあることに気づいた。


『ライオ、このニンジンの場所は――』

「よくわからないが、生け贄に出されたみんなが連れていかれる場所だ。もし要求したものを収められなかったら、このどちらかで生きたまま心臓を抉り取られるらしい」

『そうだろうな。この二つの場所は、邪竜が封じられている地だ』


 この世界が滅びの危機に陥ったのは今回が初めてではない。かつて邪神とその配下との激しい戦いを先代がした。その配下の一体はあまりにも強力なため、魂と身体を分離して封じた神殿がある。

 それが地図に置かれたニンジンの場所だ。まさか魔王軍が邪竜を使い、何かしようとしていたとは。だが、あまりにも強い個体だ。いくら魔王軍幹部のグレゴリアとはいえ、邪竜を御しきれるとは思えない。


「なんだか危ないことしてるのね、そのぐれんたいって」

『グレゴリアだ、主よ』

「でもどうしてぐれんたいはそんな危ないことしてるの? ひどいことしないで楽しくご飯を食べればいいじゃない」

「わかんねー。でも、どうしても必要だって部下が言ってた。なんで必要なのかなんて知らないし、知りたくもない。みんなあいつらの勝手で死んじゃったんだからな」


 強大な力を欲し、人々の命を生け贄にしている、か。私に対抗するためにやったことならば話の整合性は取れなくはないが、だとしてもそんなに強大な力は必要なのか?

 例えそうであったとしても、復活した邪竜を御しきれるとは考えにくい。


「なるほどなぁー。何か変なことをしていると思っておったが、これは興味深いことが聞けたの」


 ミィが主の作ったハーブティーをガバガバ飲みながら地図を覗いていた。なぜそんな熱々なものを涼しげな顔をして飲めるのか不思議で堪らない。

 いやそれよりも、ちょうどいいところに魔王軍の内情をよく知る者がすぐ近くにいたな。こいつに直接聞いてみるか。


『ミィよ、訊ねたいことがあるがいいか?』

「ここは嫌じゃ。あっちならいいぞ」


 ミィはそう言ってシロブタとキナコが遊んでいる空間を指し示した。どうやら魔王と言うことを周りにバレたくないようだ。

 仕方ない、情報のためだ。少しだけ配慮をしてやろう。


『わかった。遊びにいこう』


 私が彼女の要求を飲み一緒に移動する。そして真剣に考えているライオ達から離れ、シロブタ達が遊ぶ空間に腰を下ろした。

 一緒についてきたアリアは満面な笑顔を浮かべながらミィにおかわりのハーブティーをカップへ注ぐ。なぜだかわからないが、彼女に見られると寒気がしてしまう。ホントどうしてだろうか?


「さてと、一応自己紹介をしておこうかの。わしは現魔王の一席を務める者、名はミィじゃ。お前のことは部下から報告は受けておるから名乗らんでもいいぞ」

『手間が省けて助かる。本来ならいろいろと聞きたいことがあるが、それは後回しにさせてもらおう』

「殊勝なことじゃの。それで、何を聞きたいんじゃ?」

『今回のグレゴリアの動き、それはお前の命令か?』


「なるほど、それを聞きたかったか。ならこう応えよう。違う」

『信じられると思うのか?』

「信じるか信じないかはお前次第。だがわしは嘘をつかん。言葉にするのはただ一つの事実のみじゃ。他に質問があるなら応えてやるが、どうじゃ?」


 楽しんでいるな、こいつ。まあいい、それならそれで私も聞きたいことを聞くとしよう。


『ならグレゴリアはどうして邪竜を復活させようとしている? 情報ぐらいは持っているだろう?』

「持ってたらこんな所に来ない。ただ、何をやりたいかは推測できている」

『何をしようとしているんだ?』

「奴は野心家じゃ。おそらくわしらを出し抜いて魔王になろうとしているのだろう。まあ、あんなものに頼ったところで器は知れているがな」


 魔王を出し抜いて、魔王になるだと!?

 なるほど、なら話の合点はつく。頂点に立とうとするなら大きな力はいる。その力を手に入れるためにグレゴリアは邪竜を復活させようとしているのか。

 ならば奴の目的をどうにか阻止しなければならない。


「ま、あくまで推測にすぎん。例え復活させても、あやつではどうしようもないだろう」

『それはどういうことだ?』

「過去の遺産に頼ったところで現在を懸命に生きる者には敵わんということじゃ」


 言葉の意図がわからない。そのまま受け取ればいいのかもしれないだろうが……

 まあいい。ひとまずグレゴリアの野望を打ち砕くことには変わりない。とすれば、魔王にも協力してもらわないといけないな。


『どのみち、やることは変わりない。魔王よ、利害は一致している。一時的だが手を組まないか?』

「ずっと組んでいてもよいぞ。なんせお前といるとおばちゃんの美味しいご飯が食べられるっ」

「な! 私のご飯だとダメなんですか!」

「おばちゃんのほうが美味しいからな。お前はもっと腕を磨け」


「ひどい! ミィ様がそんなに白状だったなんて!」

「魔王とは薄情なものじゃ。よく覚えておけアリアよ」


 やれやれ、そんな笑顔をする少女が薄情とは思えないぞ。それにしても、邪竜か。まさかここで太古の敵が出てくるとはな。ひとまずグレゴリアを懲らしめることには変わりないが。

 あと魔王軍は思っていた以上に一枚岩でないようだ。下手すると統率が取れているのかも怪しいな。


 そんなことを考えていると馬車が止まった。どうやら村の前に着いたようだ。

 商人がそう教えてくれたため私は馬車を降りてみると、おかしなことに門番がいなかった。罠を警戒しつつ門を開くと、そこにはどこか寂しい村の光景が目に入る。妙なことに人の姿は確認できず、それどころか気配すら感じられない状態だった。


「なんだこりゃ?」


 村の様子を見たライオが目を丸くする。試しにみんなで手分けして村の中に人がいないか探してみるが、見つけられない。さらにおかしなことに馬や牛もおらず、ネズミの気配すらも感じられなかった。

 あまりにも奇妙な状況。まるでここにいた生物が全て消えたかのような感覚が私を支配する。


「不気味ねぇ。とっても薄気味悪いわ」

『そうだな。一体何が起きたんだ?』


「あ、もしかして神隠しにあったんじゃない? ほら、ホラー映画でよくあるあれよ。すっごい気味悪いバケモノがいて、一人になったところを後ろからがばってやって消えちゃうあれ! あれホント怖いわぁぁ。おばちゃん結構ホラーは苦手なのよね。あ、お父ちゃんと初めて映画デートした時、ホラーだったわッ! ホントあれ怖かったわよ。古井戸から女の人が出てきて、そのまま女の人を引きずり込んでいくの! あれ堪らなく嫌だったわぁぁ。もうおばちゃんがやられちゃった感覚になっちゃったしッ! でもお父ちゃんの腕に抱きついたらそのまま優しく頭をポンポンしてくれたわよ。もうホント、お父ちゃん頼もしかったわッッッ!」


『そ、そうか。それはいい思い出だな』

「ホント、いい思い出よ! その時ポップコーン買ってたけど恥ずかしさを誤魔化すために二カップも食べちゃったわ! きゃッ、恥ずかしい!」


 よくわからないが、主は幸せだったのだろう。

 まあそれはいいとして。ここまで情報がないとどうしようもない。どうにかして消えた理由を知りたいものだが。


 そう考えているとガタン、と何かが揺れる音がした。振り返るとそこには木箱がある。

 私は試しにそれに近づき、フタを取ってみる。するとそこには一人の少女がいた。見た限り、顔は恐怖に染まっておりブルブルと身体を震わせている。


「あ、あっ」

『大丈夫か? 私達は――』

「いや、いやぁ! 消えたくないー!」


 私が彼女をなだめようとした瞬間、そんなことを叫ばれてしまった。突然どうしたんだ、と思っていると隣にいた主が彼女を優しく抱きしめる。

 そして背中を軽く叩きながら、不思議な歌を歌い始めた。


「ねんねーんころりー。ねんころりー」


 主の歌のおかげか、震えていた少女は落ちつきを取り戻していた。そしてそのままゆっくりと目を閉じ、主の腕の中で眠りにつく。その様子を見守っていると、ライオが駆けつけた。

 慌てて走ってきたのだろう。息は切れ切れとなり、大きく肩が上下している状態だ。


「サチっ!」


 ライオは主の腕の中にいる少女を見る。慌てている彼のために私が説明すると、ライオは安心したかのように胸を撫で下ろしていた。


『ライオ、もしやと思うが彼女は――』

「俺の妹です。本当なら無事を喜びたいところだけど」


 状況が状況か。

 村で何が起きたのかわからないが、だからこそ彼女が見たことが大きなヒントになりそうだ。

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