11:渡る世間は交渉ばかり

 私達は〈薬草摘み〉クエストを終え、マラサ平原からはじまりの町ヨークシャンへ戻ってきた。まさかあの平原に〈二つ名持ち〉魔物がいるとは思っていなかったため肝を冷やしたが、どうにかなったのだからよしとしよう。

 そんなことを考えつつ、私達は冒険者ギルドへ向かう。対応してくれた受付嬢は主と一緒にいる冒険者の男性を見て驚いた顔をしていたがすぐに優しい笑顔に変え、確認作業に入ってくれた。


「えっ? 極限爆裂のレッドスラキング!?」


 主のライセンスを確認していると受付嬢は驚嘆したのか大声を出す。主を見ては何度も目をパチパチと開け閉めし、どこか信じられないという表情を浮かべている。

 その感情は仕方ないだろう。なんせ私が同じ立場であれば似たような反応をし、さらに本当かどうかと聞くだろう。それをしない彼女はおそらく優秀だ。


「どうしたの? 薬草足りなかった?」

「あ、いえ、十分すぎるほどあります。その、〈二つ名持ち〉魔物を倒していたのでちょっとビックリしちゃいまして」

「あー、なんか言ってたわね。あ、それよりこれ食べる? さっき赤いぷるんぷるんした変なのから作ったんだけど」

「えっと、これは……レッドスラキングの粘液体! な、なんでこんなものがあるんですか!」


「あら、持ってきちゃいけなかったかしら? 美味しいもののはずなんだけど」

「そういう問題では――それよりどうやって持ってきたんですか? 保存は難しいはずですし、普通持っていると爆発しちゃいますし」

「ああ、保存方法。それはこれよこれ。この小麦粉をまぶして持ってきたのよ。なんかすっごいネバネバしてたからね。持っててよかったわぁぁ」

「こ、小麦粉!? そ、そんなもので保存できちゃったんですか!!?」


 受付嬢は驚きっぱなしである。まあ、私も同じ立場ならそれ以上に驚いているだろうから、彼女はおそらく優秀だ。

 何にしても驚きの方法でレッドスラキングの粘液体を保存し持ってきてしまったため冒険者ギルドはざわついている。そんな光景を見て、私はギルドの支援はいらなかったかなと考えてしまう。


「ねぇ、それよりお金ちょうだいよ。早く食材を買いたいんだけど」

「しょ、少々お待ちを! 今専門の鑑定士を呼びますので!」

「早くして。もうすぐ晩ご飯なんだからねッ」


 冒険者ギルドがひどく騒がしい。対応していた彼女が慌てて部屋の奥へ駆け込んでいくと、こちらにも聞こえるほどのドタバタぶりが伝わってくる。

 おそらく主がこんなとんでもないことをするなんて思ってもいなかったのだろう。まあ、私が同じ立場なら半ば狂乱しつつ叫び倒していると思う。何はともあれ、ギルド側が落ち着くまで待つとしよう。


~三十分後~


「す、すみません。大変お待たせしました。クエストご苦労様です。えっと、偶然鉢合わせた〈二つ名持ち〉魔物を倒したということとその素材を持ってきてくれたってことで報酬を上乗せさせてもらいます。あ、こちらへどうぞ」


 準備が整った受付嬢はそういって私達を個別室へ誘導し始める。特に断る理由がないため主は私達を連れて一緒に部屋の中へと入るとそこには一人の優男がおり、下座となるソファーに座っていた。

 主が少し怪訝な表情を浮かべていると優男は立ち上がり、柔らかい笑顔を浮かべこう挨拶をし始める。


「はじめまして。私はこの冒険者ギルドで長を務めているものです」


 驚いたことに優男はギルドマスターだった。まさかこんなにも若く、身体の線が細い者がギルドマスターをやっているとは。そう思ったのだがよく観察するとその身体には計り知れない魔力が眠っている。

 どうにか隠している様子だが、あまりにも強大な魔力のためか隠し切れていない。漏れ伝わってくる力からしてそこら辺の魔術師と同等と考えてもいいほどだ。もし本気になれば大賢者と同程度以上の力を持っているだろう。

 そんな人物がなぜギルドマスターをしているのか。大きな疑問にちょっとした好奇心がそそられたところで彼は言葉を口にする。


「いやー、まさかレッドスラキングの粘液体をこんないい状態で持ってくるなんて驚きました。しかも二つ名持ちでしたよね? 倒せたのも驚きですよ」

「本当は捕まえたかったんだけどね。それよりお金はまだ? 早くご飯の買い出しして作りたいんだけどッ」

「これは失礼。では今回の報酬額を提示しますね」


 ギルドマスターがそう言葉を発すると私達をここへ通してくれた受付嬢が一つの皮紙を主の前に置いてくれた。主はおもむろに手に取り、内容を読んでみるが怪訝な表情を浮かべている。

 どうしたのだろうか、と思っているとギルドマスターにこんな言葉を言い放つ。


「ちょっとこれなんて書いてるのよ! 全然読めないんだけどッ!」


 私は失念していた。そう、彼女は異世界からやってきた女性である。つまりこの世界の言葉はわからない。

 そのことを知らないギルドマスターは目を大きくし、受付嬢に顔を向けると彼女は苦笑いを浮かべながらこう告げる。


「案内は私がしてましたので。えっと、失礼します」


 仕方なくといった様子で受付嬢がどんな内容なのか教え始める。その間にシロブタと冒険者の男性が皮紙を覗き込むと、ギルドマスター以上に驚いた顔をしていた。


『ぶ、ぶひっ!』

「じゅ、十五プラント金貨だと!」


 それは私でも驚いてしまうほどの報酬額だった。通常、一般人が一ヶ月生活するのに必要なのは九プラント銀貨となり一日辺りの計算で考えると三十プラント銅貨でどうにかなる。

 ちなみにだが金貨一枚で銀貨千枚と同程度となり、銀貨も銅貨千枚で同程度の価値となるため金貨十五枚はとんでもない報酬額なのだ。


「いかかでしょうか?」


 ギルドマスターはニコニコと笑っている。普通ならば破格すぎる報酬のため、すぐに首を縦に振る金額だ。だが主は違う。彼女は我々の知っている普通とはかけ離れた存在である。


「二十」

「はい?」

「二十枚よ二十枚。いいでしょ?」


 そう、主は規格外の人物だ。この状況、十分すぎる報酬額であり、ギルドマスターが相手だというのに値上げ交渉をし始めたのだ。思いもしないことにギルドマスターは呆然とし、また受付嬢に顔を向ける。

 しかしさすがに優秀な受付嬢も予想していなかったのか、ただただ苦笑いを浮かべていた。


「どうしたの? できるのできないの?」

「え、えっと、二十枚はさすがにちょっと……」


「えー、できないの? お父ちゃんならこんな金額、頼めばポンって出してくれるわよ。あ、そうそう、お父ちゃんって結構オーディオが好きなのよ。アタシにはよくわからないけどレコードでよく洋楽を聴いてるわ。なんでもポップでヒップな最近の曲よりジャズみたいなオシャレなのが好きなんだって! あ、オシャレっていったら最近の流行りはよくわからないわ。なんでみんな日焼けするの? 身体を鍛えているからかしら? あ、日焼けがしたいから鍛えているのねッ! でもあなた、そんなに日焼けしてないわね。もしかして鍛えてないの?」


「は、はぁ。あ、いや、一応鍛えてはいますが……」


「鍛えてるの? うっそぉ~。あ、もしかして細マッチョっていうやつ? あれすごいわよね。細いのにムッキムキだし。そうそう細マッチョっていったらフィギュアスケートの人ってすごいわよね。だって細いのにあんなに高く飛んでクルクル回っているものッ! おばちゃんあんなのできないわぁぁ。でも鍛えればできるのかしらッ!」


 ギルドマスターは受付嬢に振り返った。どんな顔をしているのかわからないが、おそらく助けてくれという合図を送っているだろう。

 受付嬢はそんな合図を受け、ゆっくりと視線を逸らしていた。彼女も彼女で主の相手をしたくないのだろうな。


「そ、そうかもしれませんね。あ、その報酬額なんですが金貨十六枚でどうですか?」

「二十!」

「な、なら十八枚で! これ以上は出せません!」

「もぉー、仕方ないわねぇ。じゃあそれで手を打ってあげるわ」


 こうして十八プラント金貨というとんでもない報酬を私達は手に入れる。一体どれほど豪勢な晩ご飯を作る気なのだろうか。

 いい感じに大金を手に入れた主はニッコニコと笑っていた。ギルドマスターはというと、負けたことが悔しいのかどこか悲しい顔をしている。


 何はともあれ、主は様々な理由で有名な冒険者になったのだった。

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