4:感謝を素直に受け取ることがおばちゃんの嗜み

 勝った、勝てたぞ! 魔王と同等の力を持つ腐界の王に勝つことができた。まさかこんな形で勝つとは思ってもいなかったが、それでも勝利を掴めたことに変わりない。


 私はすっかり変わってしまった腐界の王に目を向けると真っ白の身体にかわいらしいブタ顔のためかなんだか愛らしく、巨人と同等だった体躯は私よりも小さなものになっていた。おそらく倒してきた者達を飲み込み巨大化していたのだろうな。もし負けていたら私もその仲間入りをしていたかもしれない。


「あらぁー、だいぶかわいくなったじゃないッ! もぉー、食べちゃいたいぐらいにかわいいわぁ」

『う、うぅっ。せっかくデッカくなったのに、強くなったのに……くそぉー』

「あら、アンタって毛がないんだねぇ。待ってな、なんか適当なもので見繕って服を作ってあげるわッ!」

『やめてくれ! もう俺に関わるなぁぁ!』


 腐界の王、いや小さな子ブタは悲鳴を上げている。その気持ち、わからなくもないが諦めろ。彼女からはどうあっても逃れられん。

 さて、何はともあれ腐界の王を倒せたのは大きいが問題もある。この出来事はすぐに魔王、そして同等の者達に知れ渡るはずだ。そうなれば今回のような偶然は起きなくなる。

 そうなる前にいろいろと準備が必要だ。


『主よ、少しいいか?』

「今忙しいわ! あとにしてッ!」

『重要な話だ。時間をくれ』


「忙しいって言ってるでしょ! ったく、これだから男はダメなのよ。いい、待つことは大切なのよッ! これは女だけの特権じゃないの。男も待たなきゃいけない時があるのッ! そうしなきゃいけない時があるのよ。アンタはそれをわかってないわッッッ!」


『す、すまない。だが重要な――』

「言ったでしょ、待つことも必要だって! 今忙しいのッ。ホント忙しいの! この子の服を作るので大変なのッ! 服を作るのは大変なのよ。それをわかってるッ? それにこの子、寒そうにしてるじゃない。早く温かくしてあげたいと思わないのッ!? 少しでも優しさがあるならそういう気持ち持つでしょ! そうでしょ、ねぇッッッ!」


『そ、そうだな。すまない、出来上がるまで待たせてもらう』

「ったく、これだから男は。お父ちゃんもせっかちだから困るわぁ。でもお父ちゃん、結構すぐにわかってくれるからいいわぁ。出会った時もアタシの話を聞いてくれて優しくしてくれたの覚えてるわよ。ホントお父ちゃんはいい男よぉぉ。でもオナラが臭いのはどうにかしてくれないかしら?」


 そのノロケ話は必要なのだろうか? ひとまず彼女の機嫌をこれ以上悪くしないために待つとしよう。

 そう思っていると何かが私の耳をつつく。振り返るとそこには配下の妖精が眉をつり上げ、私を睨んでいた。


「ちょっと契約者、これどうしてくれるのよ! 私達の泉が涸れちゃったじゃない!」


 妖精は住処としている泉に指を差している。


 あー、すっかり水がなくなっているな。これは戻るまで時間がかかりそうだ。さっきは急を要したからな。考えずに水を巻き上げたというのもあるが、これはすぐには元に戻せない。


「これから私達、どうやって暮らせばいいのよ! 神聖な水がないと私達は死んじゃうんだけど!」

『すまん。だが急を要したんだ。許してくれ』

「許せるかぁー! 私達の命がかかってるのよ。早くどうにかしてよ!」


 うーむ、どうしたものか。私は元々風を司る神獣だ。ゆえに涸れた泉を戻すことは難しいが、どうにかしなければ妖精達が死んでしまう。それは避けなければならない。


「かーんせーいッ! いい服ができたわァ。やっぱアタシは天才ね。もうアンタに似合う服ができて満足よ」

『何だよこれぇ! 正面にも後ろにもゴツい猫がいるしゃねぇーかっ!』

「トラよトラ。やっぱ服と言ったらトラよ。あ、でもヒョウもいいかもね。おばちゃんみたいにお父ちゃんを狙っちゃうって感じでッ!」

『ダセェ! とてつもなくダセェ! もっといい柄があっただろ。なんでこんなゴツい猫の顔を見せつけた服にしたんだよ!』


「でも温かいでしょ? おばちゃんが百均で買っておいた毛皮で作ってあげたんだよ。これで寒さなんてバッチリよッ!」

『チクチクして痛ぇーんだよ! 安物使ってるだろ、これぇ!』

「さっきから文句ばっか言ってぇッ! アンタはワガママねッ。そんなんじゃあ女の子にモテないよ!」

『知るかそんなの!』


 私が頭を悩ませていると賑やかなやり取りが聞こえてきた。どうやら主の所要は終わったようだ。


 ふと、あることを思いつく。先ほどから妙に不思議なことを彼女が引き起こしており、もしかするとこの問題も解決してくれるかもしれない。


 そう思った私は主に声をかけてみた。


『主よ、少しいいか?』

「あら、神様どうしたの? そういえば何か話があるって言ってたわね」

『その前に頼みたいことがある。聞いてくれるか?』

「任せときッ! できることならやってあげるわぁ」

『ありがとう。ではこの泉をどうにかしてほしい。できるか?』


 主は涸れた泉を見て、腕を組んだ。少し困った顔をし、考え込むとおもむろにエプロンのポケットから何かを取り出した。それは腐界の王を洗浄するのに使った水が入った入れ物だ。


「さすがにおばちゃんでも泉を蘇らせるなんてできないわ。でもまあ、これを入れてあげる。ちょっとした足しにはなるだろうし」


 さすがに無理か、と思いながら涸れた泉に水が注がれるのを見守る。

 落胆しつつ、次に打てる手段はないかと考え始めたその時だ。妖精達が突然歓声を上げた。思わず振り返ると、なんと涸れた泉に水が湧いている。


「何これー!」

「こんなの見たことないー!」

「すごい、すごいよー!」


 その水はあっという間に泉となり、以前よりも強い浄化の力を放っている。さすがにそれを見て私は目を大きくし、主を見る。すると主は主で驚いている様子だった。


 これは一体、何が起きたのだろうか?


「あらぁッ! 不思議なことが起きるものね。泉が蘇っちゃったわ!」

「あなたのおかげで元に戻りました! 契約者よりすごいですよ!」

「おばちゃんだからねッ! でもこれ、すごいわね。なんか綺麗ねぇ」

「はい! 前よりも力強くてすごいです! あ、もしかしてあなた、聖女様ですか?」

「聖女? 何言ってんの。おばちゃんはおばちゃんよ。でもまあ、元に戻ってよかったわぁ」


 妖精と主が楽しげに会話をしている。その会話の中で出てきた聖女という単語を聞き、私は考える。


 彼女は違う世界からやってきた人間だ。いわゆる転移というものだが、普通の人物では耐えられないとも聞く。しかし、転移を成功させた人間には大いなる力が宿るとも言われる。

 もしかすると彼女は、私では想像できない力を身体に宿しているかもしれない。


『これは、思いもしない収穫かもしれないな』


 そうであるならば、と考え始めたところで私は彼女に声をかけられる。どうしたのだろうか、と思いつつ近寄ると主はこう言い放つ。


「そろそろ行くわよ」

『行く? どこに?』

「スーパーに決まってるじゃない! 今夜はビーフカレーよッ!」

『は、ハァ……』

「おばちゃんが丹精込めて作ってあげるわ。あ、シロちゃんも一緒に行くわよ!」

『ヤダァー! 離せ、俺を離せェェ!』


 なぜか捕まった元腐界の王、いや白い子ブタ。私はそんな光景を目にし、考えるのをやめた。


 ひとまず、彼女の好きにさせよう。


「さ、行くわよ神様! ところで、町はどっちだい?」

『ここから南西に行けば町はある。まずはそこを目指そう』

「南西ってどっちよ! 右か左かで言いなさいッ!」

『まっすぐでいい。さあ、行こう!』


 彼女を上手く誘導しつつ、魔王を討伐しよう。というか言うことなんて聞いてくれないしな。


 そう考えつつ、私は主達と共に始まりの町と呼ばれるヨークシャンへ向かうのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る