6 欠片

 ボイドに世界をコピーするのは難しかった。宇宙空間とこの世界とでは物質の存在から異なる。だから適応させねばならなかったのだ。

 それでもひと月で安定させることができ、市場で人を集めて集会を開き約七〇〇世帯が移住避難を所望した。


「それだけ皆不安なのね」

 ビーナスはいたたまれないようにやるせなく感じていた。

 はじめの頃に籠絡ろうらくや催眠も試みたが、クロノスはそういった手段では歯が立たない。なんというか、破壊以外に無頓着……少なくとも女に対する性欲は皆無なのだ。癒やしと肥やししかできることのないビーナスに出る幕なし。


「それよりも、宇宙空間あっちを整えなくてはならないよ。マルズくんはここの防衛に当たるとして―……そうだね、ウラヌスくんの力を貸してはもらえないだろうか」

 ユピテルはそうウラヌスに尋ねた。

「ぁ゙?」

「こら、ウラヌス!」

 

 ウラヌスは虫の居所が悪い。というか、不確か。

 よく性格が七変化七転び八起きしてしまう。顔つきも声も言葉も変わる。まるで別人みたいに……。

「今は難しいかな。けど参ったなぁ、女王様に国の席を外させるわけにもいかないが……いま術語じゅつごを操れるのはこのお二人だけだ」


 術語。

 それは、クババとその血を授けたウラヌス、そしてクロノスだけが使える魔力。魔法というよりは、生まれながらに心に飼っているあやかしの力そのものが具現化したようなもの。

 物質の生成や知恵の創作が可能だった。

 市井の人々……さらには九臣さえ、操ることは難しく、むちしつけを失えば牙を剥く獰猛な獣。


 大きな力を持つものには、それを受け止めおごらない強さと美しさが必要だ。


 ゼルエルは街へ出かけていた。

 堕天使戦争の戦場は北の荒野だけと女王が定めている。かつては街へもその脅威は及んでいたが。そしてその頃にアストラ夫妻は殺されている。

 思い出を積み上げて、潰されていく古傷。潰されているから痛いのに、音は届かず忘れられてい続ける。

 ため息がひとつ。

「何してんのかしら……ねぇ」


 ゼルエルは車に乗り込む。

 幼い頃から憧れ続けたティンリジーは親の遺産でもある。古いが、問題はない。

 

「関係者証を」

 門番のように立ちはだかる男に、車から降りることを強要された。

 ゼルエルはカードを掲げる。すると門番の顔が少し歪んで、ただ規則は規則とゼルエルを通した。

 荒れ果て閑とした北の荒野。寒空の下で、黄に立ちこめる砂埃。建物は跡形もなく崩されて、もはや土となっているものさえある。


 土を採取し、遺体の確認をしてから、白衣のまま丘に登った。


 喧騒。悲鳴。怒号。喜び。

 うるさい。


「ゼルエル、来い」

うけたまわります」

 髪の長い男の声に、ゼルエルは目を合わせることなくついていく。

 白衣に革鞄、てん足みたいに小さなハイヒールでこの荒れ地をよくもとおもうほどぶれぬ体幹。

 男の名はたしかフーガという。腐ったキノコ、なんて馬鹿らしい意味だ。


 キノコはゼルエルを革で築いた粗末な戦防地せんぼうちへ招く。

 そこに主の姿はないが、いわれたものは渡した。


「じゃ、行くか」

「ふん、主様にみつかっても知らないわよ」

「いいんだよ、それよりさ」

「はぁ……ったく、はやくしなさいよ」

 キノコとの約束を果たしてから、血なまぐさい荒野をあとにした。


 活きの良い男どもが、くだらない目的のために人を殺しやがって――

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