クランと騎士団は仲が悪い

 アーセナルから帰り、俺は明日の回転に向けての準備を進めた。


「えっと、明日は騎士団のところに剣を100本納品するんだったな」


 騎士団とは冒険者の集まりであるクランとはまた別の、国に所属している騎士たちの集まりだ。


 その活動内容は各都市の治安維持、他国の情報収集、清掃活動など多岐にわたる。


 俺が作った剣はすぐに壊れるくらいのひどい出来の物だが、唯一、そんな俺の剣を訓練用の剣として使ってくれているお得意様だ。


「納品分の剣はすでに作ってあるしな」


 一応、前回の健よりも耐久度を上げておいたが……これで壊れたらやばいな。


 明日の予定がこれしかないので、ひとまずいつもどおりに店の掃除をすることにした。


「邪魔するよ」


 掃除開始から数分後、俺が床を箒で掃いているとお客様が来店していた。


 亜麻色の髪をポニーテールでまとめた顔立ちの整った軽装の女性だ。


「えっ、あ、いらっしゃいませ。何をお求めですか?」


「いや、友人から勧められて来てみただけなんだ。 少し見させてもらってもいいか?」


「あ、はい。棚に置いてあるので、使ってみたかったらひと声かけてください」


 数少ない客に緊張ながら受け答えをし、俺はまた掃除に戻る。


 お客さんは俺が打った全品銀貨5枚均一の片手剣をしげしげと眺めながらその一本を手に取った。


「店員さん、この剣少し振らせてもらってもいいか?」


「あ、はい。構いませんよ。少し物を動かすので待ってもらってもいいですか?」


 どうやら俺が若いので店員だと思われているらしい。まあ別に間違われても構わないのでお客さんの要望に答える。


「《干渉念力テレキネシス》」


 魔法で部屋の中央に置いた武器たちを端に退ける。


「…見事な魔法だな。私のいるクランでも、このように滑らかな術式を発動するものはそういないぞ」


「お世辞でもありがとうございます。どうぞ、好きなだけ降っていただいて構いませんよ」


「それじゃあ、失礼して…」


 そう言うと女性はなめらかに剣を抜剣した。何万回と繰り返したのであろう、剣と体が一体となった動き。


 斬る、切り返す、突く、払う、防ぐ。


 なめらかな演舞がまるで本当に敵がいるかのように繰り出される。


 しばらく風を切る音が続き、パチリと女性は剣を納めた。


 俺は自然と拍手をしてしまう。


「いや、そんな拍手をもらうほどのモノじゃない」


 女性は照れくさそうにそういった。


「この剣にも助けられた。使用者の肉体的な負担を軽減するバフがかかっているのか」


「はい。ウチの武器には基本『負担軽減』」のバフがかかってます」


「それだけじゃない、限りなく真っ直ぐな刀身、軽さ、どれも剣を扱う者のことを考えた剣だ」


「あ、ありがとうございます」


 ここまで自分の武器を絶賛されたことはなかったので少し口元がにやけてしまう。


「ぜひ、この武器を私のクランに仕入れたい。この剣を打った方に会うことはできるだろうか」


 うん? 仕入れたい? 私のクランに?


「し、失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか」


「おっと、すまない。アーセナル第1主分隊隊長のクレア・ロスフォーラムだ。友人からこの武器屋は最高の武器を作ると聞いてやってきた」


 ――リゼか。


 ――リゼだな。


 ――リゼしかいない。


 脳内で3人の俺がそう頷く。と同時にてへっと舌を出すリゼの姿も容易に想像できた。


「そ、そうなんですね。えっと、ここの武器屋を経営しているユノ・アスフェルトです。その剣も俺が打ちました」


「ほう…まだ君のような若者がこんな剣を……どうだろうか、我々に武器を卸してくれないか?」


「いやー、えっと、それは…」


「君にとっても悪い話じゃないはずだ。アーセナルは数あるクランの中でもトップレベルの知名度を誇っている。そのクランで使う武器を扱っていると宣伝すれば、集客効果は十分にあるだろう」


「その、ごめんなさい。考えさせてもらってもいいですか? 実は……騎士団の方に、武器を卸してるんです」


「! そ、そうか」


 クランと騎士団は仲が悪い。お互いがお互いに悪いイメージを抱いており、武器を卸す武器屋も両者に卸すのはタブーになっている。


「しかし、こんな質のいい武器を扱っているのなら、相当な金額で売れるだろう。もう少し店を大きくしてもいいんじゃないか?」


「ああ、全然儲かってないですよ。騎士団に卸してるのも、全然高く売ってないですし」


「む、そうなのか? 差し支えなければ、卸している剣の金額を見せてもらってもいいか?」


 俺は奥の棚から卸している剣の金額がまとめられた帳簿を見せる。


「…これは」


 クレアさんは帳簿を見た瞬間に顔がこわばる。そして、少し間が空いて口を開いた。


「すこしいいか」


「はい」


「この、『苦情により値下げ』というのは?」


「どうやら俺の剣がすぐに壊れちゃうみたいなんですよ。それで値下げしました。買ってくれるだけでもありがたいので…」


「……そうか、なあ、次に剣を卸すのはいつだ?」


「ちょうど明日です」


「私もついていっていいだろうか」


「…えぇ」


 急な提案に、俺は顔をしかめる。


「わかっている。騎士団の連中が私を歓迎しないことも。だが私に任せてほしい」


「任せるって、何を」


「君の剣は、不当に安い値段で売りさばかれている、それを正す。ということだけ伝えておこう」


 俺の剣が?


「い、いやいや、そんなはずないですよ。俺の剣が耐久ゴミなのは騎士団さんの鑑定士さんが証明してくれたんですから」


「なるほど、騎士団全体が一枚噛んでいるのか。ますます許すわけには行かないな…」


 何事か一人でブツブツと呟いていると、不意に声がかかった。


「ユノくん。少し調べたいことがあるから、君の剣を一本。もらっていってもいいかい?」


「は、はい。別に構いません」


「そうか、あと、もし何らかの不祥事が明らかになり、騎士団が解散となった場合、ぜひアーセナルに武器を卸してほしい」


「それは…なんとも言えません」



 =============



 え、なんかよくわからないけど大事になりそうな……その俺の予感は見事の的中した。


 翌日。決められた時刻にやってくる騎士団の荷馬車を出迎える。


 いつもと違うのは、クレアさんと、彼女が連れてきた数人の強面の男たちが店にいることだった。


「いやあ、いつもありがとうございます」


 俺はいつもどおり、頭を下げる。


「ふん。お前の出来の悪い剣を買ってやってるだけで感謝しやがれ。あんな物、タダ同然の質なんだからな」


「本当にありがとうございます」


 そういって手際よく剣を荷馬車に運ぶ。


 その時、クレアさんたちが動いた。


「そこの男。少しいいか?」


 騎士団の人に声をかける。


「ん? ……アーセナルの冒険者様が、一体何のようだ?」


 一瞬にしてピリついた空気になった。あんまり巻き込まれたくはないので俺も空気になろう。


「つい先日、私もこの店の剣を持たせてもらったんだが…いや、実に素晴らしい出来の剣だ。刀身に歪み一つない」


「…何が言いたい?」


「店主から卸してる剣の帳簿を見せてもらったよ。あの素晴らしい剣が、銅貨5枚で売られているなんてね。しかも、耐久性が低く、何度も訓練の際に壊れてしまったからと、値切っているらいいじゃないか」


「剣が壊れたのは事実だ。そんなすぐに壊れる剣に、我々も大金を払うわけには行かない」


「うんうん、そうだろう。というわけで私から提案だ」


 クレアさんは獰猛な笑みを浮かべる。


「この店の質の悪い剣は、我々アーセナルが独占契約を結ぶ。君たちには我々が信頼している名のある鍛冶師を紹介するから、そこで買うといい」


「は…? おいおい、勝手に出てきてなんのつもりだ」


「ここから先は私が話すよりも専門の人に話してもらったほうがいいだろう。お願いします」


 クレアさんがそう言うと、隣にいた強面の人物二人が前に出る。


「武器を詳しく見させてもらったところ、たとえ城壁の壁に千回叩きつけたとしても、刃こぼれ一つしない優秀な耐久性能を持っている事がわかりました」


「さらに、貴公の騎士団の金銭の流れを調べたところ、明らかに巨額の金銭を受け取っていることが確認された」


「なっ…そんなのはでたらめだ! 真実だとしても、許可なく騎士団の機密情報を入手するのは法律で禁じられている!」


「ええ、ですから正当な手続きをした。これがその証拠です」


 そう言って男の一人は紙を見せる。多分、捜査令状とかそういうやつだと思う。


 この国ではクランと騎士団で相互に監視体制を取らせているからなぁ。


「この件を国に報告したところ、後日、別の騎士団が捜査に来るということでした」


「なっ、なっ、なっ…」


 騎士団の人は驚きのあまり言語機能が崩壊したようで、鯉みたいに口をパクパクとさせている。


 数秒後、なんとか落ち着きを取り戻した彼は、


「き、騎士団の方にそのような事実があったか、確認して参ります」


 そういってすごすごと帰っていった。


 ちなみに剣は持っていかれた。


「ふう…」


 クレアさんが満足そうに息を吐く。いや、こっち迷惑なんですけど。騎士団の人からなんか嫌がらせとか来るでしょ絶対。



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