第21話 金曜日の朝は、睨まれる。

『先に出ます』


 そうメモが置かれたベッドの上。

 起きた時にはもう真弓さんは仕事に出かけてしまったようだ。

 社長と言うのは忙しいのだろう。

 さておき、問題は、


「お母さんの匂いがする……!」


 っとリビングで朝御飯を用意してた時に、真矢ちゃんにバレてしまったことだ。

 ちゃんと朝のシャワーに入ったのに凄いなと思いつつ、とはいえ開き直りの境地に達している僕としては、


「一緒に寝たからね」

「一緒にね……⁈

 それってお母さんと……⁈」


 真矢ちゃんが絶句し、そしてその翠色の眼が見開いたと思ったらポロポロと涙が零れだしてしまった。

 流石に、慌てた僕は、


「文字通り、一緒に寝ただけだよ。

 それ以上は何もしていない」


 と、キスの件を一旦、置いて置き、真矢ちゃんを安心させる。


「なんだ、えへへ。

 和樹さんにはそんな根性無いもんね~?

 二真矢ちゃんポイント進呈だよ?」


 笑みを浮かべて意図返しとばかりに僕の事を小馬鹿にしてくる真矢ちゃん。

 そんな真矢ちゃんに意地悪がしたくなった僕は、


「まぁ、そうだなぁ……。

 でも、ほら、真弓さんってやっぱり可愛いよね?

 胸も大きいし、何というか男として嬉しくなってしまったというか」

「ぶー!

 私の前でお母さんのこと、可愛いって言うの禁止!

 嫉妬心がメラメラ~! ってわいちゃう!」


 頬を膨らませてくるので、笑ってしまう。

 そんな朝だが、用意したのはスクランブルエッグとパン、そしてサラダだ。


「ぶー」


 食卓にすわる彼女の前にサーブしてあげても不機嫌なままだ。


「美味しいのはいいけど……ホント、ジェラシー!」

「はは、仕方ないだろ。

 本気で君と比べるためには必要な事だったんだから」

「あ……」


 カランカランとサラダを食べていたフォークを落とす真矢ちゃん。

 その翠色の眼はやはり見開いて、僕の事を観てくれている。

 そして弓になる。


「……それなら、ヨシとしましょうか」


 真矢ちゃんが渋々、機嫌を直してくれる。


「じゃぁ、キスしたことも許して貰えるかな……」

「いま、何て言ったの⁈ キス?!」

「あぁ、キスだよ、フレンチ・キス」


 と意地悪い笑みを浮かべながら言ってやる。


「あああああああ、お母さんに先に濃厚なキスとられたあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

「バンとテーブルを叩くのは止めなさい、行儀が悪い」

「なんでそんなに落ち着いてるの⁈ ええ?」


 ズズイとテーブルの反対側から言われるので、


「何というか、してみると案外いいモノだなって……」

「……女の色香に騙されてる、騙されてるよ! 和樹さん!

 それだけ色んな人達としてきたんだもん、そりゃ旨いよ!

 お母さんは!」


 沸々と煮えたぎる真弓ちゃんを観ていると楽しくなってきている自分が居る。

 プレイボーイというのはこういうことをするのだろうか、と初体験で世界が広がっている感じがして楽しい。


「でも、今は僕だけだから」

「でもでもでもでも!

 うううううううう、すううう――――お母さんの悪口は和樹さんに嫌われる。仕事の愚痴は言っても良いけど、そんな気がする!

 ようはそれって、お母さんともキスするぐらいに真剣になってくれてるだけだよね、それ⁈ つまり比べてる⁈」

「察してくれてありがたい」

「ほ……」


 安堵する姿は少女そのものだが、勘のいい子だ真矢ちゃんは。

 ちゃんと比べる為に必要な事だからやったのは事実だ。

 それに幾ら僕が悪口に慣れているからと言って、そういう人を好むかというと否だ。真矢ちゃんは勘の良い上で賢い。


「でも、お母さんとセックスするのは禁止だからね!」

「ぶ」


 今度は僕がフォークを落としてしまう番だ。

 生々しい話過ぎた。


「だって、だって……私、処女だもん。

 不利だから、先に三十路の色気なんか叩き込まれたら絶対に比べられちゃう」

「いやまぁ、僕自身も安易に男と女の関係になろうとは考えて無いさ。

 それこそ。その時は真弓さんに決めた時か、判断が本当に迷った時ぐらいだろう。

 それこそ真矢ちゃんに頼んで、その後になるかな?」

「ならよし」


 さすがに朝からする話題でも無い気がする。

 お互いに食べ終え、食洗器に食器を入れて、出掛ける用意を始める。

 今日は木曜日、不動産で言うと週始まりだ。

 ネクタイ、シャツ、スーツの基本的なスタイルだ。

 あともう少しすれば、ネクタイはクールビズのお陰で外せるが、今日は既に熱い。

 っと、扉を閉めたら、真矢ちゃんが門の前で待っていた。

 セーラー服が眩しいほど、似合っている。


「あれ、真矢ちゃん、先に行ったのかと」

「待ってたんだよ」

「ぇ?」


 チュっと軽く、唇を重ねられた。


「いってらっしゃいと行ってきますのキスだよ。

 ディープなのは今度しようね!」


 と、可憐な彼女は悪戯っ子な笑みを浮かべて坂を下っていくのだった。

 僕はその悪戯に、少しの間、固まってしまった。

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