第13話 月曜日のただいま。

「ただいま~」


 っと、家に入るが誰も居ないことは判っていた。

 鍵が締まっており、真弓さんのベンツも無かったのだ。

 定時に帰れたので十八時ごろのことである。


「おかえりー」


 っと予想に反して返ってきた。

 リビングに行けば、真矢ちゃんが詰まらなさそうにスマホを弄っていたが、僕を観るや否や、一変。嬉しそうな顔をして飛びついてきた。

 胸が当たる! 柑橘系の良い匂いが鼻腔をくすぐる!


「あれ、仕事は?」

「毎日毎日は無いよ、レッスンもね。

 月曜日は特にお休みが多いの。

 私だって学生が本分だしね~……」


 っと、僕から離れた真矢ちゃんが元町にあるお嬢様学校の制服をクルリと翻し、見せつけてくる。

 うん、可憐だ。


「さておき、和樹さんは残業無い感じのお帰りだけど?」

「それだけはラッキーだったね」


 っと返すが、残してきた仕事を思うと気が重い。

 まだまだやらなければいけないことが山積みである。


「晩御飯どうするー?

 出前?」

「いいや、僕が作るよ」

「ぇ、和樹さん、料理、作れるの?

 意外性があって一真矢ちゃんポイントあげちゃう!」

「そういえば、その真矢ちゃんポイントってなんだい?」

「私の好感度、満点になったら好きなことしていいよ?

 中だしして孕ませてとか……?

 でも、和樹さんになら今でも……エッチな事でも」


 と僕から離れて、スカートをたくし上げようとするので、


「はいはい」

「ぶー」


 っと大人な対応をするが、頬を膨らませて文句を垂れる真矢ちゃんも楽しいと感じる。


「この前は唐揚げにしたからなぁ」

「唐揚げ食べたかったなぁ……和樹さんの」

「流石に今日もというわけにはいかないからなぁ」


 さてさて、冷蔵庫の中身を確認。

 そして自分が買ってきたニラがある。


「そしたら簡単にニラ玉にするかな」


 これは簡単なレシピで、自分ひとりの時も良くやっていたから、手際よく出来上がってしまった。

 もう一品! っと、ついでに酸辣湯まで作ってしまった。

 こちらは手間はかかるが、時間は言うほどかからない。


「真矢ちゃん、出来たよー」

「はーい、ってスゴ。

 サンラータンとかって作れるもんなんだ」


 っと、鍋に入った酸辣湯をスマホで写メを取る真矢ちゃん。

 そしてインスタグラムか何かにあげているようで、楽しそうに笑みを浮かべている。

 何よりである。


「さて、真弓さんって何時くらいに帰ってくる?」

「んー、お母さんはその日その日かなー」

「そしたら真矢ちゃんだけ、先食べちゃっていいよ?」


 流石に、この家の主を待たないという選択肢も無いかなっと提案するが、


「やだ、和樹さんと食卓したい」

「でもだなぁ、家主を待たないのも」

「十一時とかになることもあるし、明日の仕事に支障でちゃうでしょ?

 一緒に食べちゃおうよ」


 確かに忙しいという話は聞いている。

 役員には定時など無いのだから。


「あー、大変なんだろうなぁ。

 それなら仕方ない、僕も一緒に食べるよ」

「やった♡」


 そして二人で、テーブルに腰掛けて食べ始める。

 近年のコロナも有り、ちゃんと小分けした状態でサーブ。


「「いただきます」」


 っと二人声が合わさった。

 すると、


「ふふふ」


 っと真矢ちゃんが不気味な笑みを浮かべ始める。

 どうしたのかと聞くと、


「新婚さんみたい……ってのは冗談。

 一緒に食卓を囲める人が出来るなんて信じられなかった。凄く嬉しいんだ♡」

「今までの人たちは?」

「全然ダメ、お母さんと外食ばかりで奢られる人ばっかり。

 そんなのどうなのかなーっと、私も一人ぼっちで外食。

 正直、寂しかったんだ……シクシク」

「真弓さんにそれは言ったの?」

「ううん、言わなかった。

 お母さんの幸せそうな顔を観てたら、自分だけ我慢すればいいかなぁって」


 と寂しげな表情を浮かべる真矢ちゃん。


「まぁ、私自身、お母さんから自立したかったのもあるけどね!」


 そして軽く笑って見せる真矢ちゃんは、僕の同情を誘うような演技には見えない。彼女は俳優だけども、僕の前では素直な少女なんだと、シミジミと感じてしまう。可哀そうに。


「うん、そんなことよりご飯ご飯!」


 そんな感情が読み取られてしまったのか、真矢ちゃんが元気を出す演技をし、


「このニラ玉、美味しいね!

 サンラータンもすんごい酸味が聞いてて、本格的!

 どっかで料理の修行でもしてたの⁈

 いや、マジで!」


 っと、話題を切り替えてくれるので、それに乗っかることにする。


「海外留学してた時に、自炊しないと死ぬって場所に居て、寮の中国人に教えて貰ったり、自分で調べて作ったりしてたんだ」

「へー!

 ぇ、海外留学してたって聞いてないよ?」

「あ、大学の話ってお見合いの時で無かったんだっけ?」

「出てない出てない、聞きたい聞きたい」

「カルフォルニアの州立大学にいたんだ。

 北の方でノーベル経済学賞もだしている由緒だけは正しい学校だったね。

 そこで経理専攻、人事理論専攻ならびに日本語教師専攻で卒業してる」

「エリートじゃない! すごーい!

 ……なんで今、しょんぼい企業で働いてるの?」

「しょぼい企業って……いやまぁ、凄い企業ではないことは確かなんだが。

 日本の就職システムが良く判らなかったのと、卒業時期がずれてしまっていて何処も選考が終わっててどうにもならなくなっちゃたんだ。

 そんな僕を今の会社の社長が拾ってくれたんだ」

「へー。

 でも、お見合いで話していた仕事内容から鑑みると旨い事使われてる気がするけど? 何でも屋で、経理、総務、労務、人事、システム管理、賃貸管理、半営業とかいってなかったけ?」

「プラス時折法務と、宅建士として契約書の作成だね」


 指で数えていた真矢ちゃんの顔が引きつった気がした。

 そして一変、困惑と顔に出てきて次の言葉を述べてきた。


「それ、多くない?

 お母さんも多い多いって言ってたし、素人の私から見ても多いよ?」


 まるで自分のことのように怒って言ってくれる。

 嬉しく感じる僕が居るのは確かだ。

 しかし、会社の否定はしない。


「まぁ、何とか仕事回ってるし、いいんじゃないかな。

 いつも仕事、減らして欲しいとは四半期の人事考課には書いてるから社長も判ってるだろうし」

「甘い甘い。大甘だよ。

 私なんかでも学生を主にしてて休めないっていうのに、馬鹿みたいなスケジュールを入れてきて無茶を何度も何度も言う人いるし。

 そういう人と同じ香りがするよ?」


 うんうん、っと自分語りする真矢ちゃん。

 だからそれに乗って会社から話を外そうと試みる。

 あまり会社の話はしたくないのだ、頭痛がすることがあるから。


「やっぱり学業とアイドルの両立って大変?」

「んー、あんまり気にしないかな。

 六歳から飛び込んじゃったのもあるし」


 そして、言葉を終えるや否や、


「でも、無茶は無茶ってちゃんといってるからって面はあるから、和樹さんもちゃんと言った方がイイと思うよ。

 そして行動して貰う事!

 ダメなら、それこそお母さんの会社でもいいし、どこか別のべつのとこに勤めって考えもしてかないと体、壊れちゃうよ?」


 テーブルの反対から乗り出してきて、僕に人差し指を突き付ける十六歳の少女の説得力ある言葉であった。


「確かに、転職とか考えたことも無かったなぁ」

「そうでしょ、そうでしょ?

 視野は広い方がいいよ、そしたら世界は開けるんでしょ?

 おじさん?」


 っと、よく聞き覚えのある言葉を言われてしまう。

 そうそれは真矢ちゃんに、


「僕が十年前に言った台詞じゃないか」

「私の人生の薫陶というか名言?

 大切な宝物だよ。

 これがあるからこそ、子役になってお母さんから自立したし、だからこそ今の私がある。

 ちゃんと返してあげるから、少しは考えて観たら?」

「うん、そうだね。

 ありがとう。真矢ちゃん」


 それだけだと、味気ないなと思った僕は面白いことを思いつく。


「そんな真矢ちゃんにおじさんポイントを一ポイントあげよう」

「ふふふ、なに、おじさんポイントって?」


 眉を弓にして笑顔を浮かべてくれる真矢ちゃんが可愛い。


「百点溜めたら、おじさんが何でもしてあげるポイントだ」

「真矢ちゃんポイントのパクリー!

 でも、ホントに百点溜めたら何でもしてくれるの?」

「あぁ、いいよ。

 結婚でも何でもしてあげよう」


 マジメな言葉で言ってあげる。

 僕の境遇を自分の事のことかの様に考えてくれた真矢ちゃんに誠意で報いたいと素直に思ったからだ。


「いま、言ったね?

 言ったね?

 聞いたからね?

 もう撤回させないよ?」


 と、嬉しそうにリビングを跳ねる姿はまるで兎のようで楽しげだと、真矢ちゃんに感じ、僕も嬉しくなった。

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