第6話 夜の帳に。

「でっかいお風呂は久しぶりだったな……」


 前の家のお風呂は体育座りでようやく入れたが、木原家のお風呂は大きな人が三人は入れるようなまりで銭湯のような大きなお風呂であった。

 檜のお風呂で高いのは一目瞭然だ。


「良い匂いだ……」


 これは檜風呂に対して言っているのではない。


「何言ってるんだ僕は……」


 それよりも真矢ちゃんと真弓さんが入ったお湯に浸かった僕は、混乱していた。

 檜風呂だというのに檜の匂いはせず、女の匂いが男をくすぐってくきたのだ。

 そして、お湯に浸かった時に黒と金に二種類のキラキラとした毛が浮かんでいる光景もすばらしかった。

 所々ぬるりとした感触も誰かがソープを使った後というもので、何というか興奮した。


「真弓さんの巨乳がはみ出そうな湯上りローブ姿も相当に男にくるものはあったのだけどなぁ……」


 何とも、僕も自身が男だという事を思い出してしまった。

 風呂場まで硬くなるのを隠して来た自分の分身をどうするかという問題だが、我慢することにする。

 落ち着けば、何とかなるさ、何とかな。

 五七五を読んでしまうぐらいにはトチ狂っているのは理解している。


「こういう時は寝てしまうに限る」


 そう言い、風呂の栓を抜く。

 そしてバスローブを被り、真弓さんがいるリビングに挨拶だけしに行く。


「もう寝ますね。お休みなさい」

「――あ、はい、おやすみなさい♡」


 真弓さんはパソコンと睨めっこしていた目線を一瞬だけ、こっちに向けてくれて可愛く笑んでくれる。

 きゅっと心を掴まれるような笑顔だが、一瞬だけで助かった。

 自分が硬くなっているのに気づかれなかったからだ。


「さて自分の部屋へ」


 ――トントン。

 ふと、眠りに入れるか否かのところで扉が叩かれた。


「ふあい……」


 ズルズルと、布団から這い出て、扉を開けると、若干低い目線に金髪の少女が居た。


「真矢ちゃ……ぐむ」


 口を手で塞がれて、部屋へと押し込まれる自分。


「ごめんね?

 廊下で万が一、お母さんに聞かれたくないしね」

「いや、いいんだけど……ぇっと?

 なんか用かな?」


 文句は飲み込んで、大人の対応を心掛ける自分。

 寝ぼけていて怒りが湧かなかったともいう。


「お母さん抱かなかったの?」

「……話の論点というか筋が不明なんだが?」

「だって、男の人を連れ込んだら、お母さん、いつも最初の日から抱かれてたんだもん。

 玉無しなの?」

「……あぁ、なるほど、そういうことの確認ね。

 ちょっと失礼するが手を借りてもいいかい?

 セクハラとか叫ばないでね?」


 僕は真矢ちゃんの小さな冷たい手を大きくなっていた自分のモノへと誘い、


「なに?

 ――っ!」

「という訳で、びんびんです。

 不能ではないのでご安心を」


 何に安心をして欲しいのだろうか自分はと突っ込みを脳内で入れつつ、少女に触らせている現実に、


「ごめん、寝ぼけて凄い事した」


 っと、すぐ離させる。

 ここらへんでようやく自分が眠気から覚醒してきた感じを覚える。


 ――状況確認。


 美少女と二人で、僕のモノを触らせた、終わり!


「人生が終りだろそれ……」


 自分に突っ込みを入れながら、床に座り込んで頭を思いっきり叩きつけて、


「ごめんなさい!」


 っと、謝罪を行う。

 その行為に真矢ちゃんは、しばらく音を出さなかったが、


「くすっ……あはは、和樹さん面白ーい。

 顔上げて、許したげる。

 私もいきなり、男を掴まされるとは思わなかったけど……大きかったし、硬かったし、熱かったし……」


 顔を観ると赤くなっているのが判る。

 さすがに相手もいきなり、男を掴まされるとは思わなかったようだ。

 そして二人して部屋の真ん中に座り、改めて僕は、


「本当にすみません」

 

 土下座。


「いいっていいって、寝ぼけてたんでしょ?

 私も覚悟を決めてきてるから大丈夫大丈夫」

「覚悟……?」


 不穏な言葉が聞こえた聞こえた気がした。


「お母さんを抱かなかったっとことは私を選んでくれたってことだよね?

 だから、私の処女を……」


 上半身をはだけさせながら言うので、僕は突っ込みモードに入る。


「落ち着け、先ず落ち着いてくれ」


 判ったこの子だいぶ、せっかちだぞ。

 さておき、僕は彼女の両手を取って落ち着かせながら、


「違うの?」

「違うんだよ」


 誤解を解いておくことにする。


「じゃぁ、まだ選んでくれていないという事だよね?」

「――まだ、一日目だよ?」

「私だったら決めたら『えいっ』って飛び込んじゃうんで……そういうふうにしたのは貴方ですよ? 和樹さん」


 そうガラスのような緑色の眼を輝かせながら僕を観てくる。


「そのおかげで一人で生きていく術も得られましたし、今も稼げてます。

 だから、自分が『こうだ』って決めたらそれは正解なんです!

 そんな私にしてくれた貴方のことが私は大好きです!」

「大好きも何も、そうきっかけを与えたのは認めるけど、恋になるものなのかなぁ……」

「私のは恋です。

 そして、決意です。

 だから、処女を散らしに来ました」


 女性にとって一番、人生で重要な事をチラシを撒く様な勢いで言わないで欲しい。一回だけのことで、後でも思い出すことになることだ。


「それは待って欲しい。

 僕はそもそも可愛い真弓さんに惹かれて、結婚を前提に話を進めていたし、今もその流れで進めている。

 不義理になってしまう」

「良いじゃないですか、お母さんより若くて、美人な私ですよ?

 何が不満なんですか?」

「えっと不満とかじゃなくてだな……」


 どういえばいいんだろうか、止めることが出来る気がしない。


「結局、二人とも結婚できずにいた所で見合いになった。

 そこで再会しただけ。

 お母さんが忘れたままだったら、私は貴方の家に飛び込んでました」

「……」


 確かに、最初、真弓さんは僕に興味を持っていなかった。

 僕もそんな真弓さんはダメだろうなと思っていた。

 確かにそのままだったら僕は、真弓さんと付き合うことは無かっただろう。


「確かに」


 一理ある。

 そして、真矢ちゃんなら絶対行動してきたであろうということは今現状でも理解出来る。

 この子ならそうする。


「だが、そうなってないんだ、今は」


 とはいえ、納得も説得もされるわけにもいかない。

 今の僕は真弓さんと付き合っている身である。


「じゃぁ、勝負しましょう、勝負」

「勝負?」

「はい、勝負です」


 彼女はキラキラの笑顔をしながら僕に体を寄せてきて言う。

 柑橘系の匂いと少女の甘い香りが僕の脳を溶かしそうになるが、我慢する。


「私に振り向かせます。

 お母さんなんかより私の方がイイ女に決まってるんですから。

 もし、万一にでも私の方がイイ女だと思ったらお母さんにハッキリ、決別をつけて、私と一緒に愛の巣を紡ぎましょう!」

「もし、僕が振り向かなかったら?」

「悔しいですけど、お母さんに譲ってあげます。

 和樹さんが決めて下さい」

「……判った」


 それならばと受け入れることにする。

 ここで強情に突っぱねても、真矢ちゃんも強情になるだけで平行線だ。

 ならば一旦の休息を手に入れるために受け入れるしかない。


「私はとれる手段は全部取ります。

 覚悟してくださいね?」

「出来るだけ穏便に頼む……」

「仕方ないですねぇ、今日は眠らせてあげます」


 そして、彼女は僕から離れ、扉の向こうへと消えながら、


「では、おやすみなさい」


 声を掛けてきた。


「おやすみ、真矢ちゃん」


 彼女は僕のその言葉に嬉しそうにヒマワリのような笑顔をこぼすと、パタンと扉を閉じて行った。


「はぁ……どうしてこうなった」


 そもそも僕がこんないい条件の真弓さんや真矢ちゃんなどと付き合えるような立場にいるのは幸運なことだ。

 そんな現実を理解しながらも意識が闇に落ちて行った。

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