始まるは二人と結婚を前提に

第4話 真弓さんと。

 そこからの話はとんとん拍子で進んだ。

 先ず、僕は今まで住んでいた町田のボロアパートを出ていくことになった。

 出ていく際の修繕費などの手続きは、自分がプロの宅建士であり、当然に管理会社の悪徳な請求を負かせることが出来た。

 とはいえ、真っ当な請求全部に関しては真弓さんが出してくれたので何ともである。貯金はあるが、何というか、心持ちが紐男になった気分でいた所に、


「私が言い始めたことですからねー♪」


 と真弓さんに気を使わせてしまった。どうやら表情に出ていたようだ。反省。

 そして木原家のお家に住むことになった土曜日。

 場所は横浜、山手の坂途中。


「うーん、これはとんでもないことになったぞ」


 つまり、上級階級者が買うと目される立地であり、不動産屋の社畜な自分は内心で家の値段がパッと閃いたが、後の祭りである。

 さておき、自分の持ち物なんぞ、パソコンと服ぐらいなモノである。

 合計八部屋二階の一室に収まらない荷物ではない。


「とはいえだ」


 部屋が広い。広いというか広すぎる。

 昔の家が↓サイズで


「 

  」


 今の部屋が↓だ。


「 

     」


 どうしたモノだろうかと悩むのは当然だ。約三倍で広すぎる。

 机ぐらいは買ってきても良いかもしれない。

 というか、ボロアパートの方が一室より狭かったこともあり、角に段ボールが四つ置いてあるだけだ。

 布団は持ってきたが、フローリングには似合わない。

 とはいえとはいえ、結婚前、いや婚約も前だ。

 同居はさておき、ベッドの事など相談出来る訳もない。今後、同衾するのなら必要もない買い物だし、別れることになっても必要ない。


「とはいえ、町田からこっちに引っ越して通勤は楽になったな……」


 会社自体はみなとみらい駅、ランドマーク内テナントの本社勤めである。

 一時間ほど時短されるので、朝が楽そうだと気が楽になった。

 なら一層、頑張って働こうと思う。

 そうしないと男の尊厳として働いていることが、真矢ちゃんにしろ真弓さんにしろ奪われることが考えうる。

 恐ろしい話だ。

 とはいえ、それが社畜思考が染み付いている証拠なのかもと、


「和樹さ~ん!」


 っと考えていたら、真弓さんが部屋の外から入ってくる。

 今日も黒いその髪を三つ編みに束ねて右横に流しているだけだが、可愛らしさは変わらない。

 それに、メイクというモノもオフにしているのに、みずみずしい肌の調子はやっぱり三十六歳に見えない若さだ。

 もともと幼い顔つきと言うのもあるのだろうが、


「今日も可愛いですね」


 正直に、言ってしまって『しまった』と思う。

 セクハラじゃないかと、ふと脳裏に浮かぶが、


「あ、ぇ、あ、……はい、ありがとうございます」


 セーフだったようだ。

 モジモジしながら僕のことを観てきて許してくれる真弓さんが初々しい感じで何というか嬉しくなってしまう。

 やはりこの人は可愛いのだ。

 さておき、


「ぇっとですね。

 あ、そうそう。

 昔の旦那や男のつかっていたモノでしたら倉庫にありますので、使っていただいて構いませんよ~♪」


 心情として、ちょっと気が引けるようなことを言ってくれる。

 とはいえ、有るものを使わないのは勿体ないなということで、一緒に倉庫へ。


「……」


 カオスであった。

 例えば、見るからに年季のあるギターがあったり、机が意味もなく三つあったり、古いゲーム機なんかもある。どういう経歴の人達と付き合ったらこんなことになるのだろうか?


「そうそう、最初の旦那ものですよねー、これ。

 ギターとか判らないから捨てちゃっても良いんだけど、友達に高いから捨てるなと言われちゃって」


 と、笑みを浮かべながら、真弓さんが横にどかす。

 昔の男のモノだからと言って、ぞんざいに扱わないのは好感が持てる。

 自分もそうなる可能性があるからだ。


「あははは……ちなみに机は何で捨てて無いんですか?」

「他の男の遣ったモノは嫌だって、付き合って彼氏のたびに買ったモノですね。

 机ならオフィスでも使えるので、保管してるんです。結構、高いですからねー」

「なるほど」


 納得できる理由だ。


「けど、流石にベッドは処分してしまっているので無いんですけど、どうしましょうか? 買いに行きますか?」

「それは敷布団があるのでしばらくはお構いなく」

「一緒に寝ます?」


 可愛い顔が下から僕のことを覗き込んでいた。

 頬が紅く染まっており、勇気を出していってくれたのは判るが、


「まだ、前提でのお付き合いですので……」


 断る。


「ふふ、お堅い人。

 でも、そんな人だと判ってますし、更に安心しましたよ」


 何というか勿体ない話であるが試されていたのかとも、安心する。

 さておき、勿体ない倉庫である。様々なモノが新品同様で置かれている。

 経理もやっている自分としては、使えるモノは使えである。

 なので、机を一つ引き取り設置、ついでに埋まっていたハイスペックパソコンをセットアップして一日が夜になった。


「ふふ~♪」

 

 疲れたなぁと思ったところでリビングに行くと、真弓さんが楽しそうに料理をしている。

 何というか、顔が綻んでいる姿は二十代の新妻みたいだ。後ろから抱き着けばどんな反応をするのだろうか。『きゃ♡』だったりとか、『もう……』とか怒られたりするのだろうか。

 ……三十六歳の女性に何を考えているのだろうか僕は。


「あ、お疲れ様♪

 どうでした?」


 僕に気付いた真弓さんがトテトテと可愛らしい足音を立てながら近づいてくる。


「ありがとうございます。

 何とか何とか。

 明日、日曜日ですが有給ですので、少し買い物を終えたら問題なさそうです」


 そして僕の後ろに回りながら、押す彼女に、


「なら、車お出ししますね?」

「ぇ、いえ、自分でレンタカーでも借りて……」

「そういう所は甘えて下さいって♡

 デートみたいなものですし、今後は一緒に暮らしていくんですから!

 ――さて、真矢ちゃんは今日は撮影で遅いので、先に食べてしまいましょう」


 そう言われると押し切られてしまいながら、食卓に座らせられてしまう。


「わ、凄い御馳走ですね」

「えへへ~、そんなことないですよ~」


 ビーフシチューだ。

 そして、サラダとパンも添えられており、久しぶりの暖かい手のこもった食事だ。


「「いただきます」」


 パクリ。

 その瞬間、溢れんばかりの旨味が来た!


「う、うううう」

「どどど、どうしました?

 お口に合いませんでした?」

「うまい!

 初めて食べたこんなビーフシチュー!」

「び、びっくりさせないでください。

 えへへ~」


 真弓さんの顔が驚きから喜びに綻ぶ。

 まるで、黒百合のようだ。

 あぁ、この人と結婚すれば、こんな食事を一緒に楽しめる人が出来るんだなと、『ぎゅっ』っと自分の胃袋が掴まれていく感覚が判る。

 元々、三回目で僕から結婚を前提に付き合いをしたいと言ったのは既にある程度、彼女に惹かれていたのもあるのだ。

 それが益々になっていく自分が居る。

 なんというか、満ち足りた生活……つまり幸せである。


「お代わりもありますよ」

「なら頂きます」

 

 当然とばかしに即答すると、真弓さんは嬉しそうに眉を弓にして、皿にお代わりを注ぎ、渡してくれる。

 その時に手が触れてしまい、


「「あ」」


 お互いにそっぽを向いてしまう。

 自分の頬が熱を持つのが判るが、何というか、人生のここまでしてこなかった青春をしているような気分で楽しい。


「「ごちそうさまでした」」


 二人で食べ終わり、手持ちぶたさになってしまう。


「手伝いますよ?」

「あ、ありがとうございます」


 男一人だったという事もあり、皿洗いから何でも一通りはこなせる。

 とはいえ、皿洗いは食洗器だったのでそれをすることはなく、皿を集めるだけだったのだが。


「この後、どうします?」

「この後は⁈

 まだ早すぎます!」


 真弓さんが僕から、距離を置いて両手でエプロンを胸元に握り、警戒してくるのが判る。


「……真弓さん?

 何か勘違いされてません?」

「え、あ……。

 あ、エッチなことをと」


 と、真っ赤にした顔を下に向ける仕草が可愛い。


「最初にも言いましたが、お互いにその気にならなければしませんから……。

 僕も女の人を扱うのに長けている訳でも無いので」

「……はぃ……」


 小さい声で反応してくれる真弓さんに対して、可愛らしいと思うのは当然のことだ。

 だから、


「あっ」

「ほら、大丈夫ですよ。

 安心してください。

 怖い手じゃないですから」


 その左手を持ってあげて、握ってあげる。

 ネットの友達曰く、エッチをする前提で行動するよりも接触を目的に行動した方がお互いに心を許して行けるそうだ。


「うううう、ありがとうございます!」

「いえいえ。

 お互いに納得できるのが一番ですから」


 とはいえ、実際、僕は準童貞に近い。

 ここ十年、そういったことをしてこなかったからだ。

 だから、慌てても仕方ないと割り切ることが出来ている。

 下手に童貞だとか、やりチンだったら、ここで押し倒してしまっていたかもしれない。

 それはお互いに良くないだろうことは、真弓さんの笑顔から結論付けることが出来た。


「ぇっと、夜はですね……大抵、テレビ見てます。

 娘が映ることがあるので」

「あー、なるほど」


 そういわれ、ダイニングにいってソファーに横になって座り、テレビをつけると丁度、真矢ちゃんが出ているテレビが映った。

 歌唱番組だ。

 十人の真ん中でラブソングを熱唱し、指をこっちに向けて撃ってきた。


 ドン!


 後ろから音がし、撃ち抜かれたかと感じた。


「ただいまー。

 あ、おじさん、こんばんは……じゃなくてただいまか。

 ただいま、和樹さん♪」


 観れば、真矢ちゃんが戸の前に立っていた。

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