死神の仕事

シュガースフィア

第1話「復讐のビタードロップ」

1

 

「次の仕事はどこ?」

 目も眩むような月明かりの夜更け。リヴァイヴはポツリと、俺に問うた。

 螺鈿のような輝く髪が風に揺れる。虹彩のまわりが黒い、彼特有の赤い眼は暗闇によく生えた。真っ白なスーツからは傷だらけの首がのぞく。死に損ないの証。死にたかった数。不老不死の呪い。

 —そう、俺たちは不老不死だ。

「次は日本。女子中学生。1週間後。自殺ららしい」

 俺はファイルのページをめくると、無機質な文字を読み上げた。

「笑える。死にたくても死ねないオレらが、死にたいやつの面倒見るとか」

 自重するようにリヴァイヴは笑って、階段を飛ぶようにふわりと降りた。

 まだ空は星を輝かせている。


2

 事の発端は2人で心中自殺をしようと思ったことだった。

 俺たちは不老不死。生まれた時から2人きりで呪われた子供として生きて来た。リヴァイヴは俺を、俺はリヴァイヴを愛していた。

 死ねないとは分かっていた。けれど、最後の望み、海に身投げすれば、きっと死ねるだろうと思い、2人で重りを身体につけて、深い深い海に飛び込んだ。夜の暗い海。どこまでも漆黒が広がるそこには俺たちの死はなかった。代わりにあったのは、禁忌に対する罰。

 海に飛び込んで目を覚ました場所は、嫌に光り輝く、花畑だった。名も知らない白い花が風に揺れている。目も開けていられないほど、眩しかった。リヴァイヴは先に起きていて、その花で花冠を作っていた。

「死ねなかったッスネ」

 そう、寂しそうに笑って、俺に冠を被せてよこした。

「ここはどこだ」

 俺はそうリヴァイヴに尋ねてみるが、分かるはずなどない。

「さぁ。でも、ここだとヴォルッチの黒は映えるッスネ」

 俺は自分の身体を見回す。確かに黒のスリーピーススーツ、黒い革靴、黒い手袋は真っ白な花畑によく映えた。

「お前は溶け込んで消えちまいそうだ」

 真っ白なリヴァイヴは眩しそうに笑った。

 ふと、足元の花が足枷のように蔦を絡める。俺たちの抵抗をよそに、ひざまづかせるように、花々は身体を締め上げた。

「何?どーゆー状況?」

「分からん、」

 焦りながらも、周りを見渡す。

—と、花々が咲いてない場所が1箇所あった。ぽっかりと大きな穴。そこに引きずり込まれる。

——暗転。


 尻を打ちつけて落ちたそこは、ひんやりとした鍾乳洞だった。いつの間にか花々は消えていた。

「何、これ」

 相変わらずリヴァイヴは状況を飲み込めない顔のまま、俺と顔を見合わせた。

 鍾乳洞の道の向こうには小さな光が漏れていた。

 「行こう」

 俺たちはその光に呼ばれるように道を進んだ。

 行けども行けども光は大きくならず、道はうねうねと渦を描き、道はジメジメと湿って来た。

 それにしても、虫1匹いないのはおかしい。

 薄々、飲み込めずにいる不安をよそに、歩く足は止まらなかった。まるで、何かに呼ばれているようだ。俺はたちはあちらに行かなくてはならない、そんな気がした。

 やっと、目的地らしき場所に着く。そこには石碑が立っていて、白と黒の大きな鎌が2つ、崇められていた。白い鎌には先ほどの白い花が蔦を張っている。黒い鎌には、鍾乳洞の石が使われているらしく、テラテラと輝いていた。

 石碑には、『不老不死ながら、禁忌を侵し者、此処に役目を預かる』とある。

「禁忌?」

「オレらの心中自殺のこと?」

「なんでまた」

「禁忌でたまるか、死にたくても死ねない、サイアクの呪いじゃんかよ」

 『一億もの魂を見送り、深く反省せよ』ともある。

「魂を見送る?」

「なに、それ」

 『名を死神と名乗り、命の尊さを知れ』

「なんでこんな上から目線なわけ?」

「死神?ってあの?」

「わけわかんねー!とりあえずこっから出よ?」

「出ようったって、出口は—」

 いつの間にか出口は消えていた。

「なるしかねぇのか?死神に、」

「ハァ?!ごめんだね。オレは仕事なんてパス。絶対にヤダ」

「でもそうしないとここからは出られないんじゃないのか?」

 俺は周りを見渡す。出口になりそうなものは一切ない。

「この鎌で、掘り進めるとかどーよ?」

リヴァイヴが、冗談半分に鎌を手に取った。

すると——

「え、」

 リヴァイヴは消えた。

「なんで、」

慌てて俺も残った黒い鎌を手に取る。

 パチパチと頭の中で火花弾けて、ひどい激痛が走った。


 次に目を覚ました場所は、ロンドンの街中、道路のど真ん中だった。


3

 それ以来、俺たちのこの奇妙な仕事は続いている。役目はシンプル。

 死が近い人間たちのもとに訪れ、余命を知らせる。その人間の魂を刈り取り、上へ送る。

 上、のことはよくわからない。ただ、刈り取った魂は皆上に行くのでそう呼んでいる。

 こっちの世界に帰ってきた時、俺たちは一冊のファイルを手にしていた。分厚く、重いファイル。様々な人間の顔写真と居場所、身長や体重、生年月日や家族構成など、細かいプロフィールが書いてある。その顔写真をタップすると人間の元へ行けるらしかった。年齢も性別も死因も様々。中には生まれたての赤ん坊もいた。

 何故、俺たちがこんなことを?

 リヴァイヴは勿論反対した。

「なんでこんなことをオレたちが?死ぬなら勝手に死ねばいいじゃんか、見送る意味ある?」

と、リヴァイヴに閃光が走った。

「いっってぇ!!!!なにするンスカ!!」

 ブチギレたリヴァイヴは俺を睨んだ。

「違う、俺じゃない、」

焦って弁解する。

 どうやらこの仕事について、否定的なことを言ったりサボろうとすると、身体に激痛が走るようだった。それはこっちの世界に帰ってくる際につけられた首輪のせいのようだった。その首輪はどんなことをしても取れず、危害を与えようとすると余計に激痛が走った。

 死なない俺たちにとって、死にもしない激痛はやる気のない奴に拷問をされている気分だった。痛めつけるのを楽しんでいるような、そんな嫌な痛みだった。

 仕方なく俺たちは石碑の指示に従い、魂を見送る役目、死神をすることになったのだ。


 今までいろんな人たちを見送って来た、老人から子供まで、大抵は自己や災害、病死や老衰だった。皆死ぬのを惜しみ、生にしがみつき、生かしてくれと命乞いをした。

 死にたい俺たちにはその気持ちは理解できなかった。

 リヴァイヴはいつも苦虫を噛み潰したように、容赦なく、人間たちを死に至らしめた。それは半ば八つ当たりのようだった。反省というより、復讐にも近かったような気がする。

 だかこの仕事にも慣れて来たのか、いつの間にか平然と、なんの感情もなく、非情に仕事をこなすようになった。考えるだけ無駄だと悟ったのだろう。無理もない。

 しかし、今回の仕事のように、自ら死を願い、命を落とす案件は初めてだった。


5

 私は学校一、嫌われている。登校すればシューズがない。机はびしゃびしゃ、落書きだらけ。ロッカーには雑巾やごみが詰め込まれていて、忘れ物をしようものならズタズタにされる。廊下を歩けば足をかけられ、目を合わせればコソコソと噂され、手を触れたものは汚いと言われる。給食でははぶられ、プリントは回ってこない。授業で指されれば笑われて、トイレに行けば水をかけられる。

 もう嫌だ。死んでしまいたい。私が何をしたって言うんだ。

 いつからこんなこと始まったんだろう。きっかけはなんだったんだろう。今はもう、よく覚えていない。

 先生にも親にも相談したが、ちっとも相手にしてくれない。私の味方は誰もいない。親友でさえも、ターゲットにされることを恐れて、私を裏切った。

 学校に行きたくないと思ったことが何度あったか。数えるのもキリがない。誰か助けてと思っても、その願いが届かないことを知った。

 もう嫌だ。死にたい。死ぬしかない。

 いつしかそう思うようになり、遺書を書いた。『貴方たちを許さない』『私は自殺ではなく、殺されたのだ』準備はできた。あとは、死ぬだけ。

 学校で死んでやる。屋上から飛び降りれば、簡単に死ねるだろう。今更校則なんて怖くない。私は屋上へ向かった。

 柵を乗り越えて、屋上の淵に立つ。

 いざ立つと、怯むものだ。風が髪やスカートを弄ぶ。視界が揺れるようだ。怖い。

「やっほー」

「?!?!」

 視界にいきなり何かが飛び込んできた。白い、何か、逆さま?人の顔だ。私は驚いてぐらつく。ぐいっと後ろから強く引っ張られ、屋上に尻もちをついた。

 見上げると、白い、ふわふわの髪をした、大きな鎌をもった、白づくめスーツの男と、嫌に綺麗な顔の色黒の、黒スーツの、同じく大きな鎌をを持った男が立っていた。いや、浮いていた。何、これ、

「こんにちは!オジョーサン。ご機嫌いかが?」

 白い方が話しかける。

「あ、あ、なたたち、だれ?!」

 声が上ずる。

「怪しいものではありません。我々は死神と呼ばれるものです。貴方の余命をお伝えし、お迎えに参りました」

 黒い方がニコリ、と笑う。

「しにが、み?余命、?お迎え?な、なんのこと?」

 頭が追いつかない。

「貴方は、1週間後に亡くなるんですよ。奏美さん——」


6

 話をまとめると、2人は死神で、黒い方がクロ、白い方がシロというらしい。そして、私の余命はあと一週間で、2人は私を迎えにきたらしい。

「余命なんていらない。今すぐ死にたいのに」

「分かる分かる!ウンザリしちゃうッスヨネー!こんな世の中」

「何がわかるって言うの!!!」

 思わず大きな声を出してしまった。私の、何がわかると言うんだ。この苦しみは誰にも理解されっこない。

「そっちこそ何がわかる?死ねない苦しみと呪われた子だと世界から嫌われる気分の」

 シロは手のひらを返すように、私の首を片手で持ち上げた。苦しい、

「シロ。やめなさい。殺したらどうする」

 クロが嗜めると、シロはパッと手を離した。地面に投げ出され、腰をついた。

「死にたいんだから殺してやったっていいじゃん。さっきみたいにビビって躊躇うこともなし。一思いにあの世行きッスヨ?」

 シロはニタァと不気味に笑った。思わず寒気が走る。死にたい、はずなのに。

「死ぬのは怖い。誰だってそうだろ」

 クロは私をフォローするが、フォローされるのも決まりが悪い。

「ま、どっちにしろ、オジョーサンはあと一週間で死ぬ。さあ、残りの一週間何をする?なんでも一つ、願いを叶えてあげる」

 シロは私に鎌の切先を突きつけて、凄む。

「決まりで、貴方の願いを一つ、叶えて差し上げることとなっています。何を願いますか?なんでも、叶えますよ」

 クロもニコリと笑って恭しくお辞儀をする。

「なんでも、?」

「ええ。なんでも」

「じゃあ、私を殺してよ」


7

 死にたいオンナノコっていうから、どんな子だろうと思ったら、案外フツーの子で、酷く拍子抜けした。

 どうやらいじめられているらしい。状況は酷いようだ。子供ってザンコク。無邪気で無垢で、綺麗なものだなんて嘘。酷く狡賢くて、醜くて、自分の体裁ばかり気にしている、ちゃんと汚い生き物だ。

 奏美チャンは俺たちの願いに殺せと頼んだ。笑わせる。流石は自殺をためらったことだけはある。

 オレが奏美チャンを笑うと案の定怒り出した。

「殺してもいいなんて言ったのはアンタでしょ!?だったら殺して!」

「最後の願いなんですよ?もっと豪華なものを頼んでは?」

 ヴォルッチはまぁまぁ、と彼女を宥めた。

 死にたい奴らの願いは様々だ。

 死にたくない、金が欲しい、生き別れの兄弟に会いたい、死の世界を見てみたい、有名になりたい。

 死ぬ間際の直前で、今更欲を出す者も少なくない。1番多い願いは死にたくないと言うもの。でも、死なせないわけにはいかない。何故ならオレらの体に激痛が走るから。命より激痛重いのだ。結局、自分のことが1番可愛い。人とは、そういうものだ。

「でも、なんでもって言ったのは貴方たちでしょ」

 彼女はさらに抵抗する。

「そうは言われましてもね」

「この場合どうなの?オレらが殺すとなんかペナルティあんのかな」

「やっぱりあるだろ。死を操るのは良くない」

「やってみなきゃ分かんなくない?」

「あるのはリスクだけだ。利益がない。それにこの方の死因は自殺だ。俺たちが手出ししたら死因が変わるはずだ」

「なるほどね」

 ヴォルッチはこゆときほんと頭が良くて助かる。

「お答えできかねる願いです。できれば他の願いを」

「死神っていう割に大したことないね」

「ハァ?!オレらだって、好きでこんなことやってるわけじゃねぇし!」

「シロ、言葉に気をつけろ」

 あっぶね。激痛が走っちゃ、たまんないもんね。

「じゃあ、いじめっ子たちに仕返しさせてよ」

「「仕返し?」」

 オレとヴォルッチは顔を見合わせた。


8

 彼女がいうには、いじめっ子たちに仕返しをしたいらしい。自分に今までして来た苦しみを味合わせてから、せめて死にたいらしい。リヴァイヴは乗り気だった。

「いいじゃん!そういうのたのしそ!」

 ワクワクした、子供みたいな顔をしている。

「構いませんが、自分で手を下そうとは思わないのですか?その方が清々しいですよ?」

「勿論、私もやる。貴方たちには、手伝いをして欲しい」

 奏美さんは急に肝が据わったような顔をした。覚悟はあるらしい。

 とりあえず、俺たちは作戦会議をしてその日は別れた。作戦会議の間、奏美さんは生き生きして、とても一週間後に死ぬような子には見えなかった。元々はこういう子だったのだろう。死にゆく人にしておくのは惜しい気がした。ニヤニヤと、秘密を作った子供のように楽しそうだった。無論、まだ子供なのだが。

「案外、フツーの子だったね」

 リヴァイヴはポツリと言った。

「嗚呼、死を考えるとは思えないくらいになる」

「あんな子も死にたいんだねぇ」

 リヴァイヴが火を要求する。俺はタバコに火をつけてやると、うまそうに吸い始めた。

「でも、あの子は死ねる」

 皮肉そうに、寂しそうに、リヴァイヴはつぶやいた。

 リヴァイヴは愛していた彼女に先立たれ、後を追うように自殺したが死ねなかった。それ以来、何度も自殺を繰り返している。死ねた事は一度もない。その証拠に身体中に死に損ないの傷が跡を残している。夥しい数。リヴァイヴが、死にたいと願った数だ。可哀想に。元は綺麗な体をしていたのに。

 俺にも、愛する人がいた。優しい人だった。俺を一心に愛してくれて、俺にはもったいない人だった。最後は病死で、弱って死んでいった。

 亡くした時、心に穴が空いたようで、しばらく気を狂わせた。リヴァイヴはそんな俺を側で支え、愛してくれた。コイツとなら死ねるかもと思ったのに。それも叶わぬ願いとなった。

 不老不死は虚しい。死神にならずともたくさんの死を見送って来た。大事なものばかり、手の中から消えていってしまうのだ。それから願うのはやめた。願うだけ無駄なのだから。

 リヴァイヴは俺の頭を撫でて、俺を引き寄せた。

 もう、俺たちには自分たちしか居ないのだ。

 世界に、2人ぼっち。

 リヴァイヴは俺の息を塞ぐようにキスをした。

 明日から、俺たちの復讐劇が始まる。


9

 「ねー!本当にこんなに朝早く来なきゃなんない事なの?」

 オレは眠い目を擦りながら、2人についていく。早朝の学校。いじめっ子たちのシューズを隠していく。机を濡らし、忘れ物を引き裂く。落書きをして、ロッカーにゴミを詰める。体操着を池に投げ入れ、椅子という椅子に画鋲をばら撒いた。

 これを考えたのは全部奏美チャンだ。純粋そうな顔をして、意外と残酷である。流石は容赦がない。

 カッターの歯を机の裏に貼り、先生の机にも細工をしていく。こういうの、イタズラをしてるみたいで何だか楽しい。

 しばらくすると、いじめっ子たちが登校して来た。早速シューズを探して彷徨ったり、濡れた机に悲鳴をあげたりした。

「おはよう」

と、奏美チャンはにっこり笑った。幸せそうな、楽しそうな、酷く綺麗な顔だった。

 いじめっ子たちも黙っちゃいない。奏美チャンを殴ろうと、掴みかかるのを、オレたちが止めた。オレらは死期がが近い人間にしか見えない。いじめっ子たちは不思議そうに引き下がっていった。

「ざまぁみろよ」

 奏美チャンは屋上でお弁当を広げて嬉しそうに笑う。いつのまにか屋上がオレらのミーティング場所になった。

「みんな面白いくらい悲鳴あげてたねー」

 オレも大成功に一安心する。

「まだまだこれから。私の苦しみはこんなもんじゃないんだから」

 奏美チャンはお弁当をかき込むと、仕返し第二弾へと勇んでいった。

 午後は、トイレにいた子たちに水をかけたり、何もないところで転ばせたり、黒板消しを落としたりした。プリントを行方不明にしたり、怪奇現象を起こしたりもした。

 ヴォルッチも意外と楽しそうだった。奏美チャンも楽しそうで、初日に会った時は一変して生き生きした顔をしていた。

「あー!面白かった!明日もやるからね!よろしく」

 奏美チャンが夕日を背に大きく手を振る。

「明日も早起き?!」

「そうだな」

ガーン。ちょっとぐらいヴォルッチと二度寝とかしたいヨォ〜。

「それにしても奏美チャン、楽しそうだったねぇ」

「嗚呼、初めて会った時とは大違いだ」

「ヴォルッチもそう思う?」

 だけど、いじめっ子たちも手強かった。


 次の日、学校へ着くと、先にいじめっ子たちが来ていて、いつもの倍は奏美チャンを苦しめた。奏美チャンもこれには応えたのか、目を泣き腫らしている。

 昨日、俺たちが仕掛けたイジメを、そっくり返したような形で、奏美チャンはいじめのフルコースを味わった。

 でも奏美ちゃんも強い。相変わらず怪奇現象を起こすようにオレらに命令し、自分でも、いじめっ子の足を引っ掛けたり、お弁当を盗んでトイレに流したりしていた。

 そんな日が何日も続いた。

 これはもう、いじめなんて生やさしいものじゃなかった。戦争だ。卑劣で非情な、足の引っ張り合い。醜い争い。核のぶつけ合い。

 ここまで残酷なことを子供同士でできるものなのかと、オレは酷く寒気がした。

 オレらは奏美ちゃんを守るのに精一杯で、時々奏美チャンの手にも傷が増えていったり、打撲やあざが目立つようになった。

「大丈夫?奏美チャン」

 オレが恐る恐る、奏美チャンの目を覗き込む。

「………うん。結構きたけど、私、負けないよ。最後の悪あがきかもしれないけど、ビシッといきたいから」

 奏美ちゃんは泣き腫らしながらも、覚悟のある、しっかりとした瞳で言った。

 ヴォルッチは奏美ちゃんの手当てをすると。

「無理はいけませんよ」

と奏美チャンを撫でた。


10

 俺たちは、彼女を守り、復讐を遂げるため、夜の学校に忍び込むことにした。リヴァイヴと2人でいじめっ子たちを脅かしたり、早朝の仕掛けを作る算段だ。

 奏美さんには帰ってもらった。彼女は最近やつれている。よく寝た方がいい。

 まぁ、死ぬのは明日だ。無理もない。

 情が湧いたわけじゃないが、ここまで酷いいじめはなかなかないだろう。俺も過去にいじめられていたことがあったが、それよりも陰湿で、多勢に無勢だ。タチが悪い。そんな感じがした。

 いじめっ子たちのシューズをトイレに詰めていく。机にはカッターの歯を、椅子には画鋲を、ついでに机をトイレの雑巾で水浸しにして、机の中には雑巾を詰め込む。

 思いつく限りの悪行を施す。最後くらいはスカッとしてほしい。最後くらいは楽しく逝ってほしいと思う。どうせ逝くのならば。

 案の定明け方になるといじめっ子たちが登校して来たので、奏美さんへのイジメを防ぐように怪奇現象のようなものをしてみせる。

 ラップ音。窓に手形。机から覗く顔。足を引っ張ったり、引っ掛けたり、ポルターガイストも起こしてみた。

 いじめっ子たちは悲鳴をあげ、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い、それはそれは滑稽な姿を見せてくれた。

 奏美さんがいればきっと大笑いして、清々しいと言ってくれるだろうに。

 奏美さん——、

 何だか酷く、胸騒ぎがした。


11

 おかしい。昼になっても奏美チャンが登校してこない。まさかと思って、2人で急いで奏美チャンの家へ向かう。

 まさか、もう——、


『楽しかった。ありがとう。でももう、疲れちゃった』

 居間に残された手紙にそう書かれていた。

 奏美チャンは首を吊って亡くなっていた。

「そんな、」

「せっかくいじめっ子たち、成敗したのに、」

 奏美チャンの死体が申し訳なさそうにゆらゆら揺れる。

 ヴォルッチが静かに魂を刈り取った。


12

「なんか、後味悪いね」

 リヴァイヴは珍しく応えたようにうなだれて、しょんぼりしていた。

 余命が分かってるとはいえ、我々に挨拶もなしに、亡くなってしまうとは。そこまで奏美さんの精神が追い詰められているということに早く気がつけばよかった。気がついたところで、どうすることもできないのだが。

 結局いじめっ子たちは、今日起きたことを奏美さんの呪いだと思い、酷く怯え、心を入れ替えることにしたらしい。皮肉なものだ。人の命一つ失ってやっと気がついたのだ。もっと早く気がついていれば、奏美さんが死ぬこともなかったろうに。

 俺たちは奏美さんの葬式に出席して、日本を後にした。

 もう、こんな仕事は懲り懲りだ。

 いじめが世の中からなくなることを願う。

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