占師の涙

 帰り道、寄り道すると良いことがあるでしょう。


 ある日の占いの結果だ。

 なんて事のない気紛れだった。

 いつもはクラスメイトのみんなを占っているけど、たまには自分を占ってみるのも面白いかもしれない。

 そう思って自身を占った。

 寄り道か…………そうだ通学路から少し外れるけど、新しいクレープ屋ができたって聞いたな。

 それを頬張りながら帰るのもなかなか幸せそうだ。

 そう思ってその日私はいつもの帰り道とは違う道を通った。

 そして、私は自分の人生を根底から変える存在と出会った。


「ルゥ?お前才能あり、だルゥ。魔法少女になってみないルゥ」


 いつもの帰り道で帰っていれば、私はその小さな虎の精霊と出会うことはなかっただろう。

 ただの占い好きの少女として、平凡な人生を送れたことだろう。

 でもあの日、私は占いに従い、魔法少女になった。

 それが良いことなんだと信じて。


 今になってふと思う、あの占いは当たっていたのだろうか?

 あれは良いことだったの?

 私は…………幸せになれてる?

 ちゃんと人々を幸せにできている?導けている?

 その疑問に、私は自信をもって頷くことができない。

 




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 悲鳴が、響き渡った。

 それはパレードたちの奏でる調子ハズレのメロディーと混ざり合い、聞くに耐えない音楽を私たちへ届けた。


「アコナイトッッ!」


 クレスの絶叫。

 私たちの視界の先で最強の魔法少女が、最強のはずだった少女が膝をつく。

 その右腕は半ばから切り離され、地面に転がっていた。

 俯くその背中から、戦う意思はもう感じられない。

 アコナイトの目の前で、カメリアの姿をした何かがケラケラと笑っている。

 その手は黒く変色し、大きな刃物へと姿を変えていた。

 このままではその凶器はアコナイトの首を切り飛ばすだろう。

 彼女の相棒である紫の魔法少女がそうはさせまいと敵に突っ込んでいくのを放心したように目で追う。


 失敗した。


 予知した中で、最悪に近い光景だった。

 いや、最悪はカメリアとアイリス不在でこの深域に挑む未来だった。

 まだ最悪じゃない、まだ立て直せる。

 そう自分に言い聞かせる。

 ここからでも、ハッピーエンドにたどり着けるさ。

 そう思わないと、今にも涙がこぼれそうになってしまう。

 未来を予知できるからといって最良の今を引き寄せることができるわけじゃない。

 私が魔法少女になってから味わった苦痛の一つだ。

 例えば、池に石を投げれば波紋ができるだろう。

 だが、予知でそれを知り、同じように石を投げ込んだとしても…………

 全く同じ波紋ができることは絶対ない。

 ほんのちょっとした差、それだけで未来は劇的に姿を変える。

 私にできるのは、より綺麗な波紋へと、そうなるように祈りながら石を投げ込むだけ。

 今回、私の作り出した波紋はとても歪なものとなってしまった。

 なにが、いけなかったのだろうか?

 一番綺麗な未来では、今頃私たちは手を取り合って笑顔で深獣を打倒していたというのに……

 そもそもカメリアとアコナイトの和解は元から絶望的だった。

 当たり前だ、誰が自分を虐めた人間と手を取り合うというのだろう。

 でもカメリアは底抜けに優しくて、臆病な少女だ。

 たとえ和解が難しくとも、どうしようもない状況に追い込んでから、情で訴えれば協力してもらうことができる。

 慎重に対応すれば、アコナイトに理解をしめすことすらある。

 だから話し合いの場を設け、第三者であるクレスに説得をお願いした。

 それなら、最悪な場合でもカメリアの吸魔の力を手に入れられる。

 そう思ってのことだった。

 まさか、本当に最悪な場合になるとは思わなかったけど。

 カメリアとアコナイトの関係は修復不可能、その上アイリスとも不和が生じて敵対してしまった。

 それでも、まだ幸せな未来への道筋は残っている、そう自分に言い聞かせた。

 そうやって私は妥協した。


 妥協、妥協、妥協、妥協。


 私はそればかりだ。

 未来の可能性が見える私にとって、今は常に妥協の産物だった。

 最良の未来を引き当てることなど、不可能に近い。

 最良の未来とそれを目指した今の落差に私はいつも失望してきた。

 それでも、最悪の未来よりはましさ、そう自分に言い聞かせて妥協してきた。

 今回も、最悪に近い結果だったけど、まだやりようはあった。

 アコナイトの願いをカメリアの願いで染め上げ、罪悪感で動く殺戮マシーンを作る。

 それがお茶会の失敗を経て軌道修正をした、次なる私のプランだった。

 これの、どこが幸せの未来なんだ、アコナイトが犠牲になっているじゃないか。

 そう自分の理性が訴える。

 でも最悪な未来ではもっと酷いことになるのだから、しょうがないじゃないか。

 そう思って私は理性に蓋をした、いつもの妥協。

 それに殺戮マシーンとなったアコナイトはこの後いくつもの深域を鎮圧してくれる。

 罪悪感で、暴走したように戦い続ける。

 深域が無くなるのはハッピーなことだろう?

 だからこの最強の魔法少女は必要だ。

 最後に彼女は自殺しようとするけど大丈夫。

 その段階になったら優しい魔法少女たちをうんと集めて、彼女を慰めれば自殺を食い止めることができるから。

 深淵も、深域もなくなって最後はみんなハッピー…………そうだろう?

 そうだと言って欲しい。

 私は間違っていないと……誰かに肯定して欲しかった。


 そんな風にアコナイトの犠牲を正当化していたから、罰が当たったのかもしれない。

 カメリアがアコナイトを守ろうとしてしまった。

 なんでよ。

 最初は彼女を拒絶してたくせに、今になってなんで優しくするんだよ。

 優しくするなら、最初からしてくれよ!

 そうすれば、もっといい未来もあったのに!!

 場違いな恨みが吹き出す。

 そうやって彼女を恨むのは筋違いだと分かっていても、恨み言の一つも言いたくなる。

 結局、彼女の優しさが殺戮兵器を少女へと戻し……その結果がこれだ。

 カメリアは深獣に飲み込まれ、アコナイトは負傷し戦意喪失。

 もうここまできたら贅沢は言えない、どんな犠牲を払ってでも深獣を討つ。

 その段階まで来ていた。

 この作戦を成功させる未来はもうほとんど残っていない。


『人を助けるために、人を傷つける。そんなのは間違っている。たとえ結果が最悪なものでも、私は助けるために戦ったと、後悔しない自分でありたい!』


 カメリアの言葉が脳裏をかすめる。

 分かっているよカメリア。

 私は間違っている。

 それでも、私は未来を見てしまったんだ。

 その可能性に目を瞑って今に満足することなんてできなかったんだ、たとえ妥協にまみれてでも、ハッピーエンドを目指さずにはいられなかったんだ。

 占いで、みんなを笑顔にする…………それが私の願いだったんだから。

 




―――――――――――――――――――――





「サイプラス…………君にはここで死んで欲しい」


「…………え?」


 その言葉を聞いた時、私は自分の耳を疑った。

 気味の悪いパレードに囲まれ、頼みの綱であるアコナイトが負傷した。

 彼女を助けるため、バイオレットクレスは敵に突撃していった。

 パレードたちが勢いを盛り返し、彼女たちの姿はもう見えない。

 その勝敗も、生死も分からない。

 作戦の要である三人の不在、この作戦はもう瓦解寸前だ。

 指揮を執れる魔法少女はマリーゴールドと私のチームメイト、パステルアカシアしか残っていない。

 撤退すら視野に入る。

 そう思い、この後の動きをマリーゴールドに伺おうとした矢先に出た言葉がそれだった。

 聞き間違いだろうか…………今、私に死ねって言った?

 困惑する私たちの後ろで、一際大きな影が立ち上がった。

 パレードの向こうに姿を現した黒い何か、それは完全な人型をしている。

 人の…………深獣?

 アコナイト騙すために人間サイズになっていたそれは偽りの仮面を脱ぎ去り、本来の大きさに戻っていく。


「ほら、深獣のお出ましだ。あれを君に倒して欲しいんだ」


 マリーゴールドがなんて事のないように言った。

 予知の魔法少女が、君になら出来ると嘯く。


「もっとも…………それは君の命と引き換えになるだろうけど」


 私の聞き間違えではないと、オレンジの魔法少女が再度言う。

 お前はここで戦って死ぬのだと。

 命をかけて戦え、などというありきたりの激励ではない。

 戦えば死ぬと言う未来予知。

 あぁ…………


 なんて素晴らしいんだろう。


 つまり、私の死に場所はここなのね!

 このパパとママを飲み込んだ第13封印都市を私の手で開放する。

 私の死でもって!

 両親へのお土産にこれほど相応しいものはないだろう。

 きっと私をたくさん褒めてくれる。

 自然と笑みが溢れる、不揃いな笑い声が戦場を彩った。


「マリーゴールド!!お前何を言っている」


 アカシアちゃんがマリーゴールドにつかみかかる。

 ごめんねアカシアちゃん、あなたにとってはこの話は嬉しくないかもね。

 私が傷つくたびに顔を曇らせるから。

 でもあなただって私の願いを薄々感づいているんでしょう?

 私が死にたがっているって事。

 アカシアちゃんの肩を掴んで、マリーゴールドから引き離す。


「ごめんね、それが私の願いなの。ここで死ねるなんて幸せだよ、私」


 彼女は私の顔に浮かんだ満面の笑みを見て恐怖に顔を引きつらせた。

 もう、私一人の命を気にかけている場合じゃないのにね。

 ここで私がやらなきゃ全滅だよ。


「もう、これしか道は残っていない。各員、ノイズィサイプラスを援護しろ!深獣を討伐する」


 マリーゴールドの言葉で魔法少女たちが陣形を変化させる。

 円形の防御陣から、矢型の攻撃陣へと。

 私たちは深獣までたどり着いた。

 もう防御などする必要はない。

 全力をもってあれを叩き潰す。


「あははははァァアアアッッ!」


 漏れ出る笑え声を堪える事なく、私は突撃した。

 パレードのピエロの頭を踏んづけて跳躍する。

 なんだか知らないけど大きくて助かる、壊しやすくて。

 クレイモアを振りかぶる、願いを込めて。

 ねぇ、私もうすぐ死ぬよ!!

 予知による死の確約が私の願いをこれまでにないくらい高めているのを感じる、英雄的死はもう直ぐ目の前だ。

 クレイモアが空を薙ぎ、大気を唸らせる。

 純粋な願いの暴力がパレード軍団を圧殺し、人の深獣の腕をひしゃげさせた。


「らぁああああっ!」


 勢いのままクレイモアを振り抜き、コマのように回転する。

 周りは敵だらけ、攻撃の手を休めれば私は死ぬ、そうなる前にアレをぐちゃぐちゃにしなきゃね。

 深獣の足元に滑り込み、切り上げる。

 その大きな足は腕と同じようにひしゃげ、私のクレイモアによって抉り取られる。

 そのまま倒れたところで頭に一撃を入れてやろうと思ったんだけど、足は不気味な粘膜に覆われ直ぐに修正されてしまう。

 体勢を崩すのは難しいかも。

 クレイモアを掴み直した時、魔法少女たちの援護射撃が深獣の巨体へと炸裂した。

 深獣の身体にたくさんの傷がつく。

 黒いがパレード軍団とは違う粘つく体液が吹き出し、私へと降り注いだ。

 気持ち悪い、だけど我慢だ、もう直ぐ願いが叶うのだから。

 射撃に続いてアタッカーの魔法少女達も深獣に攻撃を加えていく。

 深獣一匹に対して複数で囲んでの攻防。

 普通なら一方的になるであろう戦局、だがそれも深獣が一度動いただけで覆される。

 振りかぶった巨体の腕が形を変えた。

 剣、槍、槌、様々な武器を形どった塊が、その質量にものを言わせて襲いかかってくる。

 人間を真似るならきちんとした方法で道具を使いなよ、とは思う。

 私たちの武器を手当たり次第模倣しただけの紛い物。

 きっとまだアレは勉強不足なのかもしれない。

 だが、その不細工な紛い物でも私たちを倒すのには充分だった。

 足元に纏わりつく私たちへと薙ぐような一撃。

 跳んで躱す。

 当たっていないのに風圧だけで身体が後方へと流される。

 危なげに着地する私の横で、仲間だった物が地面にシミを作る。

 黄緑色の衣装を纏った魔法少女、だった物。

 避けきれず直撃してしまったのだろう。

 私より一足先に行ってしまった……いいなぁ。

 ……えっと、なんて名前の魔法少女だっけ?

 いつもオドオドして話しかけないから、こんな時に散った仲間の名前すら思い出せない。

 確かいつも3人組で活動してた子だと思うけど。

 自分と同じ年頃の少女が目の前で亡くなったと言うのに、私の心は平然としていた。

 多分またハイになっちゃっているんだ。

 仲間の死も、願いのスパイスにしかなっていない。

 大丈夫、仇は取るよ。

 振るわれた凶器の塊が生き残った私たちを挽肉にしようと再び動き出す。

 先ほどの一振りで何人の魔法少女がやられただろう。

 この一撃で何人の魔法少女が残るだろう?

 分からない。

 でも、それが私の命を奪うと言うのなら、こちらもいただくまでだ、アレの命を。

 口角が、勝手に上がっていく。

 こんな状況だと言うのに何故だか楽しかった。

 頭を巡るのはなぜか両親との楽しい思い出ばかり。

 私はいい娘ではなかったけど、それでもあの二人は愛してくれた。

 だから、パパとママが自慢できる娘になって会いに行くんだ。

 交差する私のクレイモアと深獣の凶器。

 今までに感じた事のない圧が私の武器にかかる。

 私のこの武器は今まで私の望み通りに敵を切り裂き、すり潰してきた。

 願いに満たされたそれは、今までにない切れ味を誇っているはずだ。

 でも、切れない。


「ガァぁああああああああ!」


 力と力で押し合い…………私は負けた。

 宙を舞う身体。

 パレードのピエロやダンサーの残骸が転がる黒い水たまりに私は無様に転がった。

 なんで?願いはこれまでにないくらい高まっているのに。


「ま、まだ……」


 魔法少女たちを踏み潰し黒い巨体が迫ってくる。

 もう一度やるの、今度は勝つ。

 黒い体液に濡れた身体を起こし、また武器を構えようとする。


「………………あ」


 大剣を掴んでいた私の両腕はあらぬ方へと曲がり、力が入らなかった。

 折れてる、激痛を感じるはずなのに、ハイになっちゃってそんなことも分からなかったんだ。

 

「はぁ…………はぁ」


 だらりと力の入らない腕でクレイモアを掴もうとするけど上手くいかない。

 くそ…………

 魔力で動かない腕を補強して、ようやくそれを掴む。

 そうして顔を上げると……

 巨大な深獣はもう目の前に立っていた。

 何人の魔法少女を倒してきたのだろう。

 武器だらけのその腕は赤く染まっていた。

 そして、その顔は。


 パパとママの顔だった。


 右半分がパパ、左半分がママ。

 二つの顔が混ざり合った滑稽なアート。

 馬鹿にしてる。

 許せない。

 パパとママはそんな顔をしない。

 お前が殺したくせに…………お前が……

 お前が殺した、お前が殺した、お前が殺した、お前が殺した、お前が殺した、お前が殺した、お前が殺した、お前が殺した、お前が殺した、お前が殺した、お前が殺した、お前が殺した、お前が殺した、お前が殺した、お前が殺した、お前が殺した、お前が殺した、お前が殺した!!


「アァ阿あああア亜アアああ!!!」


 明確な殺意を持って、クレイモアを振り上げた。

 でも、折れたぐちゃぐちゃな両腕は思うように動かなくて。

 大剣は、私の腕からすっぽ抜け、間抜けな腕を立てて地面に転がった。


 あ。


 私。


 死んだ。


 衝撃が身体に走る。

 視界が黒に染まり、方向感覚もめちゃくちゃになる。

 全身を襲う衝撃と激痛。

 自分がどうなったのか、分からない。

 多分あの凶器の塊で殴られたんだと思う。

 顔に何かが当たる衝撃。

 これは地面?

 どうなったの?私はまだ生きている?

 心臓の脈動がうるさい。


「サイプラス」


 ……アカシアちゃん?

 声が聞こえた。

 私のチームメイトの声。

 私は目を開けた。


「よかった……君を助けられたみたいで」


 目を開けた私が見たのはチームメイト。

 いつでも私を助けるお人好しのパステルアカシア。

 その半身。


「アカシ……アちゃん?」


 彼女の下半身は上半身から切り離され、辺りに散乱していた。

 ドウシテ……ナンで?

 私を、庇ったの……いつもみたいに。

 そんな必要……ないのに。

 私が勝手に死のうとしているだけなのに。

 血に塗れた彼女の手が私の頬を撫でる。


「僕を……置いて死のうとしないでくれよ……」


 彼女の口から血が溢れる。

 もう、だめだ。

 明らかな致命傷。

 彼女も死ぬ……ここにいる多くの魔法少女のように。


「なんで……?」


 分かっているのに、私の口から疑問がこぼれる。

 私を助けようとして死んだ、その事実の理解を脳が拒む。


「君が、好きだから…………生きて……生きて欲しいんだ」


 やめて。

 そんなこと言わないで。

 そんなこと言われたらもう戦えなくなってしまう。


 生きたいって……思ってしまう。


 私たちに影がかかる。

 深獣が手負いの私たちへとトドメを刺そうとしている。

 戦わなくちゃ……

 そうしないと私の願いは叶えられない。

 私たちの戦いを無為な物にしてはならない。

 でも私は動けない。


「死にたく……ないよ」


 もっとあなたと生きていたかった……アカシア。

 当たり前の感情が溢れ出す。

 静かに涙を流す私たちへと、凶器が振り下ろされる。

 そうして私の意識は深い闇へと沈んだ。



……………………………



…………………



……



……?


 なんだろう?

 音が聞こえる、大きな音が。

 誰かが、戦う音。

 私は目を開けた。

 でも、よく見えなかった。

 ぼやけた私の視界が捉えたのは、深獣と戦う真紅の魔法少女。

 レッドアイリス……来てくれたんだ。

 魔法少女の希望が戦っていた。

 お茶会で問題を起こした彼女は作戦から外されたと聞いていた。

 だから、この深域に彼女は来ないと思っていたのに……やはり彼女も存外にお人好しらしい。

 あぁ……でもだめだ。

 ぼやけた視界の中で、深獣が姿を変えていく。

 きっとあれは彼女の大切な人だ。

 私と違って優しい彼女はあれを攻撃できない。

 助け、なきゃ。

 身体を起こそうとして気がつく、私に覆いかぶさる存在に。

 私に抱きつくようにして覆いかぶさったアカシアに。

 彼女の身体は切り裂かれ、大きく破損していた。

 穏やかな顔をして……事切れていた。

 最後の瞬間も彼女は私を庇った。

 だから私は今も生きているのだろう。

 かろうじてその命を繋げたのだろう。

 言葉にならない感情が嗚咽となってこぼれ落ちる。

 また私は宝物を失ってしまった。

 死んだ、パパとママと同じように。

 言うことを聞かない身体を操り、立ち上がる。

 足の長さが違くて上手く立てない。

 両手の感覚がない、私の四肢はきちんとついているのだろうか?

 それすらもう分からない。

 きっと私は死ぬ。

 この傷は致命傷だろう。

 生きたいと思ったのに、思ってしまったのに……

 私は死ぬ。

 でも、まだ死んでいない。

 死ぬ前に、最後に、役目を果たさなきゃ。

 どんな方法でもいい、あの深獣を、殺す。

 そうじゃないと、死んでも死にきれない。


「今いくよ……アカシア」


 最後の瞬間、私の願いが生み出したのは大きなスナイパーライフルだった。

 アカシアと同じ武器。

 彼女が隣で見てくれている気がした。

 これで……おわり。

 私の命が放たれ、アイリスの前で不気味に笑うそれに直撃した。

 深域の主の胸に、大穴があく。

 霞んだ視界でそれを見届けてから、私は崩れ落ちた。


 そうして永遠の暗闇が私を包み込んだ。






















―――――――――――――――――――――





 水晶玉から目を逸らす。

 吐き気がした、酷く気分が悪い。

 私の選んだ未来。

 ノイズィサイプラスの自殺願望を焚きつけ、深獣にぶつける。

 最大限に強化された彼女でも、深域の主を下すのは難しい。

 でも、保険として呼んでいたアイリスと合わせることでかろうじてその未来を実現することができる。

 サイプラスだけでは力が足りず、アイリスではトドメがさせない。

 アイリスは溺愛する弟の姿になった深獣を攻撃することができないから……だから最後はサイプラスにトドメをさしてもらうしかない。

 この作戦を成功させる数少ない道筋だ。

 その惨たらしい運命が水晶越しではなく、目の前で繰り広げられようとしている。


「ガァぁああああああああ!」


 サイプラスと深獣がぶつかり合い、敗北した魔法少女が宙を舞う。

 大丈夫、今のところ予知から外れていない。

 アコナイトの時のように失敗はしていない、だから安心だ。

 なのに……どうしてこんなに心臓が痛いんだろう。

 どうしてこんなに辛いんだろう。


「アァ阿あああア亜アアああ!!!」


 憎しみに歪んだサイプラスが大剣を振り上げる。

 彼女の手を離れ、宙を舞う大剣。

 サイプラスを庇おうと、アカシアが走り出すのが見える。

 この後あの二人は死ぬ。

 私の選択した未来のせいで。

 いや、意味のある死だ。

 彼女たちの犠牲をもって、ハッピーエンドへとたどり着けるのだ。


『人を助けるために、人を傷つける。それを許容しちまったらそれは私の正義じゃねぇよ』


 呼吸が止まる。

 アイリスの放った言葉。

 それが痛いほど私の心臓を締め付ける。

 あの二人は、私が殺すようなものだ。

 その犠牲で掴み取った未来で私は笑うのだろうか。

 いつものように妥協して、最悪よりもましと自分自身に言い訳するのだろうか。


『人を助けるために、人を傷つける。そんなのは間違っている。たとえ結果が最悪なものでも、私は助けるために戦ったと、後悔しない自分でありたい!』


 涙が溢れる。

 カメリアの放った言葉。

 それが私の足を駆り立てる。

 自分の正義に従えと。

 予知など糞だと。

 サイプラスとそれを庇うように前に出たアカシア。

 二人を突き飛ばす。


 ありえない選択を私はした。


 黙って見ていれば、作戦は成功するのに。

 鈍い音と共に私の半身は弾け飛んだ。

 予知で見たアカシアのように。

 いや、もっとひどい。

 ろくに戦うこともしなかった私の身体の強度はアカシアよりもひどく脆かった。

 肉片となった私は地面を転がる。

 かろうじて上半身の原型は保っている、と思いたい。


「な……んで……?」


 私と同じように地面に転がった、しかし傷は浅い二人が私の惨状を見て呆然と呟く。

 なんでって…………なんでだろう?

 馬鹿なことをしたと自分でも思う。

 でも……

 もう嫌なんだ。

 言い訳をして、人が傷つくのを見ているだけなのは。

 もっと自分を誇れる選択をしたかったんだ。

 たとえ結果が最悪なものでも、私は助けるために戦ったと、後悔しない自分でありたいだけ。

 そうでしょ、カメリア、アカシア。

 私もあなたたちみたいに、なれたかなぁ。

 そう思ったのに、私の背後で深獣が再び凶器を振るう。


「…………あ」


 サイプラスとアカシアは動けぬまま。

 サイプラスはアカシアに願いを阻まれたわけじゃないのに。

 結局、未来は変わらないのだろうか。

 私が勝手に引っ掻き回しただけ?

 いや、もっと酷い未来になるかもしれない。

 この後の未来なんて知らない。

 だって、自分が死ぬ未来なんて、私は予知もしていないから。

 そんな選択を私がする訳がないと思っていたから。

 二人を助けたいけど、私の身体はもう死を待つだけでちっとも動いてはくれない。

 やっぱり嫌だ。

 初めて、予知を否定したんだ、自分で未来を選択したんだ。

 少しでも未来が変わったと思わせて欲しい。

 最期に私に見せて欲しい……




 希望を。




「テメェ、何してんだ?」


 紅い斬撃が二人に迫る凶器を切り飛ばす。

 銀の大鎌が誇らしげに輝いた。

 魔法少女の希望、レッドアイリスが私を見下ろしていた。

 なんで?

 こんな早いはずがない。

 予知では、彼女はもっと遅くに到着するはずだった。

 なのに、彼女はここにいる。

 サイプラスとアカシアを守ってくれた。


「嫌な予感がしたんだ……マリーゴールド……」


 彼女が顔を歪ませる。

 あぁ、私なんかのために悲しんでくれるなんて、彼女はやっぱり優しい人だ。


「未来予知ができるお前が……なんでこんな……」


 確かに彼女からすれば私の選択は不可解かもしれない。

 自分が死ぬと分かって私は動いたのだから。

 でもいいんだこれで。

 あなたは私の覚悟を感じてくれたんでしょう?

 よかった、私の選択がほんの少し未来を変えたみたい。

 見せて欲しい、私に予知では見れなかった景色を。

 口を動かすけど、空気と血が吹き出すだけで言葉にはならなかった。

 でも彼女には伝わったみたい。


「あぁ、そこで見てろ。私たちの勝利を」


 アイリスが不敵に微笑む。

 それを見て、私はひどく安心したんだ。

 大丈夫、きっと幸せな未来になるって。

 あの日の帰り道、寄り道して良かった。

 私は自分の選択に初めて満足して…………


 そうして永遠の暗闇が私を包み込んだ。





―――――――――――――――――――――





星付き魔法少女:2名+1名

魔法少女:10名+3名


負傷者:8名

行方不明者:4名

心神喪失者:4名

死亡者:3名

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