最強の魔法少女

 場違いに陽気な音楽が私たちを出迎えるように鳴り響く。

 先に侵入したアコナイトたちを追って深域に入ってみれば、そこには私が想像もしていなかった景色が広がっていた。

 回るメリーゴーランドに観覧車、黒い人影を乗せたジェットコースターがコースを爆走している。

 色とりどりの風船が絶え間なく飛び交い、空を彩る。

 華やかで賑やかな光景だった。

 その楽しげな様子はあまりにも非現実過ぎて、逆に不気味に感じる。

 ここはもう既に深獣の支配領域のはずなのに、あまりにも平和すぎる風景だった。


「おーい、カメリア?」


 私の名を呼ぶ声が聞こえる。

 魔法少女たちは深域の侵入地点から近くにある広場に集合しているみたいだった。

 オレンジの魔法少女が私へと手招きしている。

 今回の作戦のリーダー、イノセントマリーゴールドだ。

 彼女に手を引かれ、先に待機していたアコナイトの横に移動させられる。


「全員ちゃんと入れたかい?点呼とるよ」


 気を張っている私たちとは違い、マリーゴールドは落ち着いた様子でメンバーの確認を行っている。

 流石は星付き魔法少女といった感じだ、深域内なのに緊張している様子がまるでない。

 それでいて油断しているかと言うと、そういう訳でもない。

 彼女の目は常に周囲へと向けられていた、一瞬の隙さえ感じられない眼光だ。

 私は深域もどきの深淵には二回入ったことはあるが、明確に深域と分類された空間に入るのはこれが初めてだ。

 正直、今日は朝からビクビクしていた。

 他の魔法少女たちも概ね私と同じような様子だ、例外はサイプラスで彼女は凶暴な表情で敵を探していた。

 あの狂犬はもう戦闘モードに入っているようだ。

 私の隣に立つアコナイトはというと、緊張しているのかしていないのかいつもの微笑みを顔に浮かべていてよく分からなかった。


「カメリア、魔力を補充できるかしら?」


 アコナイトがその微笑みのまま、横目で私を見つめる。

 その言葉を聞いて、私は遅まきながら自分の役割を思い出した。

 吸魔の力と共魔の力を合わせ、最強の魔法少女を誕生させる。

 その片翼を担っているのだから、自身の役目を果たさなければならない。

 息を吐き、緊張する身体を鎮る。

 頭に思い浮かべるのはこの深域、その災害がもたらした悲劇と、流れた涙。

 無くさなきゃ、こんな理不尽な悲しみ。

 私の思いに願いが反応した。

 魔力が渦巻き、手のひらに集まる。

 それは花となり金魚になる、私の固有魔法、吸魔の力。

 その力で深域を喰らい魔力を補充する。

 金魚たちが遊園地の遊具や建物をついばみ、私の中に魔力が満ちていく。


「いいわね、手を貸して」


 私の手をアコナイトが掴む。

 手を通して私とアコナイトが繋がる。

 この期に及んでなんだけど……やっぱり女の子とのボディタッチは少し緊張する、相手があのアコナイトであっても。

 手汗かいてないかな?

 そんな極めてどうでもいいことを考えていると、未知の感覚が私を襲った。

 それはなんだか奇妙な感じだった、私の中の何かが吸い取られていく感覚。

 私からアコナイトへ流れ込んでいくそれは、金魚が深域を喰らうことにより絶え間なく補充されていく。

 魔力が無限にアコナイトの中へと流れ込んでいく。

 それと同時にアコナイトのコスチュームに変化が生じた。

 一滴のインクが垂れたかのように衣装に黒い点が生じる。

 それが渦巻いて広がっていく。

 あの黒は私の魔力なのだろうか。

 白と黒のマーブルが広がり、それが彼女のコスチュームの3分の一程を占めた時点でアコナイトは手を離す。

 乱れた息、彼女の様子は少し苦しそうだった。

 でもその弱った姿とは裏腹に、私の横のその魔法少女は今までに感じたことのない強大な圧力を発していた。

 魔力というものが質量を持つことができるのなら私は今ここで圧死してしまうだろう、そう思えるほどのプレッシャー。

 私がただ魔力を溜め込んだのとは訳が違う、魔力の量が強さに直結する魔法少女が無限に近い魔力を受け入れたのだ。


「マリーゴールド、深淵の中心はどっちかしら?」


「こっちだね」


 マリーゴールドは宙に浮かんだ水晶玉を覗き込む。

 そうして未来の何かを見たのだろう、彼女は指で深域の中心を指し示した。

 その方角へとアコナイトの手が伸ばされる。

 細く優美な指が、軽快な音楽を奏でる遊園地の上をなぞった。


「フレア」


 一言、それと同時に空間に穴が空いた。

 光が深域を歪め遊園地の像が一瞬愉快な形に歪曲する。

 そしてそれが次の瞬間には気化し、跡形もなく消し飛んだ。

 破壊が深域内を薙ぎ払った。

 以前見た彼女の攻撃とは規模が違う一撃。

 眩しさから目を瞬かせると、そこには破壊によって作られた大きな道ができていた。

 観覧車はぐにゃぐにゃに融解し、亀裂の入った地面には黒こげのポップコーンが散らばる。

 遊園地を貫通する破壊の道筋、それが深域の中心に向けて伸びていた。

 先ほどから流れていた音楽はスピーカーが壊れたのか、耳障りな不協和音へと変わる。


「行きましょう、みんな」


 アコナイトが軽い足取りで破壊の道を歩き出す。

 それは最強の魔法少女の風格に相応しく、皆の士気を高めるのには十分すぎるほどの後ろ姿だった。

 ただ一人、マリーゴールドだけが感情の読めない目で水晶を覗き込んでいた。

 魔法少女十二人が崩壊した景色の中を歩き始めた、深域の主を探して。



……………………………



…………………



……



 どれくらいの時間が経過しただろうか。

 あれから私たちは深域の中を進み続けていた。

 歩いても歩いてもそこには遊園地が広がるばかりだ。


「カメリア」


 差し出される手。

 その手を握る、感じる体温、微かな震え。

 私の手を握ったアコナイトの様子は最初とは大きく変わっていた。

 白と黒が入り混じったコスチューム、その割合はもはや黒が占める方が多い。

 今も私の手を通して魔力を補充する彼女のコスチュームは黒に染まり続けている。

 私の願いを取り込むアコナイトの顔色は悪く、口数も少ない。

 ここまで進む過程で、アコナイトは何度も遊園地を薙ぎ払った。

 破壊によって作られた道を辿って私たちは進み、その道が途切れれば、またアコナイトの光線が深域を抉った。

 そうやって延々と続く遊園地を横断する。

 更地になった道を進行する私たちを遮るものはなかったし、もしあったとしてもそれはあの光線によって蒸発してしまっただろう。

 ここまでの道筋は極めて安全なものだった、でもアコナイトにかかる負担は大きい。

 彼女はその過程で何度か私から魔力を補充していた。

 共魔の力とは願いを束ねる力、そうアコナイトは言っていた。

 そう考えると今アコナイトは私の願いだけを永遠に束ね続けている。

 それはアコナイトの願いにどんな影響を与えているのだろう。

 威力は相変わらず強大だけど、最初と比べて魔力を補充する頻度が高くなっている。

 私の願いがアコナイトを蝕んでいるのではないだろうか?

 少なくともいい影響があるようには見えなかった。

 今はまだいい、アコナイトの光線のおかげか敵側の攻勢は皆無だ、でももし敵が攻撃に移った時アコナイトは大丈夫なのだろうか。

 そうやって不安な気持ちを抱きながら歩みを進めている時だった。


「止まれ、総員戦闘準備」


 油断なく水晶を見つめていたマリーゴールドから指示が飛ぶ。

 その言葉に魔法少女たちは自身の武器を構え直す。

 音程の狂った音楽が流れる中、緊張感が辺りを支配する。

 別に魔法少女たちは油断していた訳じゃない。

 ただ、ここまでの道中はあまりにも動きがなく単調なものだった、ただ歩くだけだった私たちはこのまま深獣の下までたどり着ければ、とありもしない幻想を抱いてしまっていた。

 そんなことはありえないと分かっているはずなのに。

 一面の破壊の跡、壊し切ったはずのメリーゴーランドの音色がどこかから聞こえてくる。

 音楽に混じって聞こえる太鼓の音と笑い声。

 前方から何かが来る。

 躍り狂いながらそれは現れた。

 赤、青、黄、色とりどりの水玉模様。


「パ、パレード?」


 深域の中心部からこちらに向かってやってきたのは陽気に踊るピエロやダンサー、着ぐるみ、電飾で装飾された大きなマスコットたちだった。

 遊園地特有のパレードショー、それが私たちに向かって行進してくる。


「……っ、フレア!」


 アコナイトの光線が前方を薙ぎ払い、不気味なパレードたちを蹂躙する。

 遊園地と同じように彼らも呆気なく消し飛ぶ。

 でも、それを見てもなぜか安心できなかった。

 胸騒ぎがする。


「これは……随分な歓迎だね。円陣を組むよ。アタッカーは前に出てシューターとサポータを守って」


 マリーゴールドの指揮に従って魔法少女たちが私を囲むように前に出る。

 パレードは前方から来ているのになんで円陣を組むのだろうか?

 程なくして私の疑問に答えるように四方八方から鈴の音が聞こえてきた。

 どこから湧いて出てきたのか、私たちは数えきれないほどのパレードの軍団に包囲されていた。

 マリーゴールドの指示がなければ今頃背後をとられていただろう、やはり予知は有用だ。


「消えなさい」


 迫りくるピエロたちを光線が焼き払う。

 何本も何本も光線は交差し、深域の大地を白く染めあげる。

 包囲に対する全方向への攻撃。

 アコナイトが荒い息を吐いて手を下ろした時、私たちの周りには何一つ残っていなかった。


「やった!」


「流石アコナイト」


 魔法少女たちの何人かから喜色の声が上がる。

 だがマリーゴールドはそれを見ても円陣を解かせない。

 鈴の音と音程の狂った音楽はまだ止んでいない。

 瞬きをすると、こちらへと進行するパレードの軍団が地平線を埋め尽くしていた。

 瓦礫から湧き出て、空に浮かぶ風船に乗って、深域の至る所からパレードがやってくる。

 愉快な音楽と太鼓の音が私たちを威嚇するかのように奏でられた。

 腕を掴まれる。

 アコナイトだ、先ほどの攻撃で魔力を使い切ってしまったのだろうか。

 無限魔力と言っても、それには私という魔力タンクが必要不可欠だ。

 私も彼女に合わせて深域から魔力を補給する。

 魔力が手を伝ってアコナイトの下に流れ込んでいく。

 …………あれ?

 不意に、魔力が引っ張られる感覚が消えた。

 

「ぁ、アコナイト……さん?」


 顔を上げて横を見るとアコナイトは黙って俯いていた。

 その横顔には尋常でない汗が浮かんでいる。

 繋いだ手から伝わる震えは先ほどよりも大きく、痙攣じみていた。


「違う…………私、ワタシ……」


 彼女の口が何事か呟く。

 明らかに異常な様子だった。

 変わっていく何かに怯えるように、彼女の瞳孔が開く。

 やっぱり、共魔の力による願いの共有は明らかに彼女に苦痛を与えている。

 慌てて手を離そうとしたけど、アコナイトの手はまるで石のように固く私を離してくれない。


「アコナイト、大丈夫!?」


「来る!シューターは構えて」


 チームメイトの異常を察知したクレスがアコナイトに肩を寄せる。

 彼女によって優しく私たちの手が解かれた。

 その後ろで、シューターたちが各々の遠距離武器で狙いを定める。

 弓が、銃弾が、それぞれの属性をまとって放たれる。

 それは迫りくる敵に着弾し、その歩みを止める。

 カラフルなピエロやダンサーたちが弾け、黒に虹彩を纏った体液が飛び散る。

 あの虹彩、やはりあれは深獣じゃない、この深域の一部なんだ。

 遠距離攻撃によってパレードが瓦解していく。

 でもその殲滅力は先ほどまでのアコナイトの光線とは程遠い。

 肝心のアコナイトはというとクレスと一緒にしゃがみ込み、何やら話をしている。

 クレスが彼女を励ましているのだろう。

 ともかく、今すぐに動けそうな感じではない。

 なら私も金魚でみんなのサポートを…………


「カメリア、君は動かないでいい」


 金魚たちを助けに回そうとした私をマリーゴールドが止める。


「魔力を吸収し続けろ、アコナイトには君の力が必要だ」


「ぁ、で、でも……」


 そのアコナイトがダウンしているんだけど……

 納得いかない命令に少し戸惑う。

 私以外は戦っているのに、この円陣の中央で守られていろと?


「君の力が必要なんだ」


 再度念を押され、私は口をつぐんだ。

 未来予知がそう言っているのだ、ここは従った方がいいのかもしれない。

 不満だけど。

 不満だけど!

 私がのうのうと守られる後ろで遠距離攻撃を掻い潜ったピエロたちと、円陣を組む魔法少女たちが接触した。

 武器が閃き、敵をなぎ倒す。

 敵の体液が飛び散り、円陣の周りに黒い輪が広がっていく。


「だらあぁああアアア!!」


 唸り声と共にクレイモアが振るわれる。

 今この戦場で最も生き生きしているのはサイプラスだった。

 他の魔法少女たちは頼りのアコナイトの不調に少なからず不安を覚えているというのに、彼女はそれを見て逆にやる気を出している。


「いい感じだ!殺してミロ、私を!!」


 サイプラスにとっては不安や窮地は願いを強めるスパイスでしかない。

 今この状況で最も強く願いを抱ける魔法少女は彼女だろう。

 アコナイトの代わりにサイプラスが道を切り開き、私たちの円陣はじりじりと深域の中心部へと進んでいく。

 パレードの包囲を蹴散らしながら。


「そうくるか、チッ……皆、気を強く持て」


「え?」


 そんな中、下された意味不明な指示。

 マリーゴールドは不快感に顔を歪め、舌打ちをした。

 気を強く持て?なんで?

 私たちの疑問に答えるかのように、悲鳴が上がった。

 私たちのではなく、敵の。


「痛いぃ!やめてぇぇ」


「……は?」


 前衛の魔法少女に斬られたピエロが悲鳴を上げる。

 倒れ伏したダンサーたちが、苦悶の声を響かせる。

 まるで人間のように。

 悲鳴と断末魔が戦場にこだました。

 それは、悪夢のようだった。

 攻撃した敵が、まるで痛覚が、感情があるかのように叫び、むせび泣く。

 飛び散る黒い飛沫でさえ血だと錯覚してしまいそうになる程の真の迫った絶叫。

 気分が悪い。

 戦っていない私ですらそう感じるのだ、攻撃した少女たちの嫌悪感は私の比ではないだろう。

 攻撃した相手が苦痛を訴えることなど初めての経験だ。

 私たちの相手は深獣であり、決して人間じゃない。

 こんな人間のような反応をされてしまえばどうしても罪悪感を感じずにはいられない。

 変化は、魔法少女たちに伝播していった。

 一撃で葬れたはずの敵が、倒せなくなる。

 偽りの罪悪感という毒が、願いを阻害していた。

 優しい魔法少女ほどその毒は致命傷だった。

 悲鳴が上がる。

 今度は敵じゃなく、私たちの。


「うぁあああ゛あ゛あ゛!」


 ピエロに押し倒された緑の魔法少女が悲鳴を上げる。

 ピエロはその身体をぐずぐず溶かし、緑の魔法少女を飲み込んでいく。

 巨大なマスコットに踏み潰される魔法少女たち。

 円陣は乱れ、敵と味方が入り混じり始める。

 このままではまずい。

 もう予知とか言っている場合じゃない、私も戦わないと。

 戦場へと向かおうとして……私の手が強引に掴まれる。


「アコナイト?」


 クレスの不安そうな声。

 死人のような顔色のアコナイトがすごい勢いで私から願いをひったくる。

 魔力が流れ込み、ほぼ黒に染まり切っていた彼女のコスチュームから白が消える。

 白金の魔法少女が黒金へと変わる。


「悲しみも、涙も…………消さなきゃ……全部……」


 何かが、変わった。

 アコナイトのコスチュームの色だとかそんな些細なことじゃない、彼女の中の根底にある何かが……壊れた。

 開いた瞳孔が、戦場を凝視する、仲間を傷つける敵を捉える。


「ブレー……ド」


 質量を持った光が剣の形を取る。

 一振り、ゆっくりと剣が振られた。

 そうとしか見えなかった。

 だがその一振りで、パレード軍団が細切れになる。

 黒い体液と肉片ができの悪いシチューのように地面にぶちまけられた。

 黒い飛沫が飛び散り、アコナイトの頬を濡らす。

 戦っていた相手がいきなり消失して、魔法少女たちは惚けたように振り返る。

 そこには、不調でダウンしていたはずの星付き魔法少女が背筋を伸ばして立っていた。

 今朝とは打って変わり黒くなった衣装、でもその顔には今朝と変わらぬ微笑みが浮かべられていた。


「私が道を切り開く、みんなついてきて」


 黒に染まった最強が走り出す。

 湧き出るピエロや着ぐるみたちは、その一刀をもって悲鳴をあげる暇すらなく肉片へと変えられていった。

 元気を取り戻した憧れの象徴を見て魔法少女たちも勢いをもり返し、彼女の後に続く。

 戦場はもはや陣形など崩れ、乱闘の様相を見せていた。

 それでもアコナイトの圧倒的な戦力で敵をなぎ倒し、肉の壁を削り取って前へと進んでいく。

 このペースで行けば、じきに深獣までたどり着けるかもしれない。

 でも、私はアコナイトの豹変だけが引っかかっていた。

 彼女は最前線に進み出て、道を切り開いている。

 その力は凄まじく、まさしく最強の魔法少女にふさわしい無双だ。

 でも、先ほどまでは光線を何発か撃っただけで魔力切れになっていたのに……今は全く息切れする様子がない。

 先ほどと違う、燃費が明らかによくなっている。

 そのことだけを考えれば、確かに良いことなのだろう。

 先ほどまで彼女が見せていた不調、震え、開いたあの瞳孔を考えなければ、私も安心できるのに。

 今のアコナイトは何かが切れていた。

 それがどうしても不吉な予感がして胸がざわめく。


「どうしたんだいカメリア?顔色が悪いようだが」


 しかめた顔を見られてしまったのだろう、マリーゴールドが私の顔を覗き込んできた。

 この乱戦の中においても彼女は相変わらずの様子だ。

 戦闘能力の低い彼女は、私と同じく戦闘には参加していない。

 だからこんなに落ち着いているのだろうか?

 彼女は胸騒ぎを感じないのだろうか?

 いや……彼女は未来予知の能力者だ。

 その彼女が取り乱していないということは大丈夫なのか?

 私はなんでもないと首を振る。


「アコナイトが心配かい?」


 そんな私の心を見透かしたように問いが落とされる。

 オレンジの瞳が私を見つめていた、まるで警戒するように。


「大丈夫だよ、彼女はもう完成したから」


「……え」


「共魔の力と吸魔の力を束ね最強の魔法少女を作る。私たちの作戦の第一段階はもう完了した。後は彼女を深獣にぶつけるだけさ」


 最強の魔法少女が完成、した?

 その言葉に違和感を覚える。

 最強の魔法少女とはそもそも作るものなのか?

 私とアコナイトが魔力を共有した状態、それが最強の魔法少女なのだと思っていた。

 でもマリーゴールドの口ぶりでは、最強の魔法少女は今完成したかのような感じだ。

 もしかして、私がずっと感じているこの胸騒ぎはその勘違いから来ているのか?

 戦っているアコナイトを見る。

 彼女の纏った光が形を変え、敵を蹂躙していた。

 その姿からは道中で見せた苦しげな様子はもう感じ取れない。

 彼女の白いその髪は切り裂いた敵の体液に濡れ、コスチュームと同じように黒に染まりつつあった。

 違和感。

 やっぱり変だ……以前の彼女を思い出す。

 学校での彼女、魔法少女として出会った彼女を。

 深淵内で顔を合わせたあの時、嘔吐した私の吐瀉物がかかってアコナイトは顔を引きつらせていた。

 完璧な彼女に汚れは似合わない。

 魔法少女ピュアアコナイトはいつだって無傷で、綺麗なままで敵を屠ってきた。

 あんな風に汚れるのも厭わない戦い方を彼女はしない。

 私の願いを受け入れることで彼女の何かが変わってしまったのだろうか。


『悲しみも、涙も…………消さなきゃ……全部……』


 彼女の放った言葉が脳裏によぎる。

 あれは、私の願いだった。

 理不尽な暴力で流される涙をなくす、そんな独りよがりの願い。

 それを彼女がなぜ口にする?

 願い……共魔の力…………願いを束ねる。

 もし、アコナイトの受け入れる願いの量が魔力の量と比例するとしたら?

 数多の願いに埋もれて自分の願いが分からなくなった、とアコナイトは言った。

 では、その数多の願いすら霞むほどの無限大の願いを受け入れれば彼女はどうなる?

 魔法少女の理に背くことだ、ありえないと言ってもいい。

 でも今の彼女の状態を見ればそうとしか考えられなかった。


「私の願いが……彼女の願いに置き換わった?」





―――――――――――――――――――――





「そうだね。君の作戦は成功する可能性が高いよアコナイト」


 オレンジの魔法少女は水晶を覗き込みながら頷いた。

 私が第13封印都市の奪還作戦を立案した時の話だ。

 私はこの作戦を実行するために星付きを召集した。

 集まったのは二人だけ、でもその中に予知の力を持った彼女がいたのは幸運だった。

 大まかな方向性を決めた後、私は件の未来予知ができるマリーゴールドと詳細を詰めていた。

 もう一人いたはずの星付き魔法少女レッドアイリスは弟の迎えがあるからなどとふざけた事言って、先ほど会議室から出て行ってしまった。


「ただ、その未来を掴み取るにはいくつかの壁があるんだよ」


 水晶を覗き込んだままマリーゴールドが唸る。

 私にはただの透明な球体にしか見えないが、彼女にはそこに映る未来が見えているのだろう。

 未来は無限に分岐する、と彼女は言っていた。

 マリーゴールドはその分岐を辿り、未来を覗き込むことができる。

 無限に分岐する未来を観測するためには無限の時間が必要だ。

 全ての可能性を網羅することはできない。

 だから彼女は予知した未来を断定することはしない。

 いつも言葉を濁す、マリーゴールドが自慢げに未来を語るのは占い師を演じている時だけだ。

 予知などロクな能力ではないとは彼女の口癖だ。

 だがそんな言い草とは裏腹に彼女の能力は一角獣でさえも重宝し、星を与えたほどだ。

 今回の作戦も彼女の予知があったからこそ、実行に移せた。

 彼女が見た、と言うことはそれは実現可能な未来だということだ。


「私はどう動けばいいかしら?」


「うーん、カメリアとの接触はなるべく避けた方がいいかな。そうだ、彼女の説得はクレスに任せるのはどうかな……」


 彼女の能力を重宝しているのは私も一緒だ。

 だからこそこの作戦の行方を彼女と話し合っている。

 この作戦の概要を今日初めて彼女に話したと言うのに、彼女は今日ちょうどカメリアの未来を覗いてきたところだと言った。

 何がちょうどだ、どうせ予知したのだろう。


「あと気がかりなのは、魔力を共有する際の苦痛だろうね」


「そんなことは分かっているわよ。あなた魔力を共有したこともないくせに知った風に言うのね」


 魔力を共有する、それは知りもしない他人の願いを自分のものにするということだ。

 自分のものではない感情、願望、妬み、それがいつの間にか自分の中にある。

 自分のものだった願いですら、自分のものかどうか判別がつかなくなる。

 その苦痛は言葉では表せない。


「いや、君は分かっていないよ」


 水晶を眼前に突きつけられる。

 未来を見ろとでも言うように。

 でも私にとってその水晶はやっぱりただの透明な球体だ。


「君が取り込もうとしているのは無限の魔力なんだよ。それは無限の願いと同義だ。儚い君の願いなんて押しつぶされて消えてしまうだろうね」


 願いが消える。

 それができるならやって欲しいぐらいだ。

 私の願いはもう薄汚れて見る影もない。

 こんな汚いものを抱えて戦うぐらいなら……いっそのこと他の願いで塗りつぶして欲しいくらいだ。


「まぁ君がやる気ならとやかくは言わないけど…………」


 私のやる気に気圧されたのか、マリーゴールドは引き下がった。

 でも今思えば彼女の話をもっと重く捉えるべきだったのかもしれない。



……………………………



…………………



……



 彼女の願いは一般的な魔法少女のように希望の溢れたものじゃなかった。

 カメリアの願いを取り込んではじめに感じたのは、苦痛。

 殴られ、地面に這いつくばる屈辱、恨み。

 ドス黒い感情だった。

 そんな思いを二度と経験したくないという思いと、その思いを他人にも経験させたくないという願望。

 大っ嫌いなその感情を世界から消し去りたい、それがカメリアの願いだった。

 耐えがたい苦痛だ。

 だって、カメリアの忌嫌うその苦痛を与えたのは私自身なのだから。

 必要な犠牲だと思い傷つけた少女、その苦しみ、痛みがそのまま私に返ってくる。

 カメリアと魔力を共有するたび、見たくもない現実を突きつけられる。

 自分のしでかした罪が私へ深く深く突き刺さる。


『君は分かっていないよ』


 マリーゴールドが言っていたことが今なら分かる。

 私はカメリアのことを何も分かっていなかった。

 彼女の感じた苦しみを分ろうともしなかった。

 私がピュアアコナイトであり続けるため、人々を守り続けるため、そう言い訳し続けてきた。

 苦しい。

 今すぐ泣き喚いて逃げ出したい。

 でも、もう作戦は始まってしまった、今更後戻りはできない。

 私が立ち止まれば、前回の二の舞だ。

 また沢山の人が犠牲になる。

 そんな未来は許容できない、今度こそこの都市を取り戻す。

 その思いに突き動かされ、私はカメリアの魔力を取り込み続けた。

 何度も彼女の願いに心を抉られながら。



 そして………………苦痛はいつの間にか消えた。



 今私が感じるのは静かな自戒の念と巨大な願いだけ。

 世界から理不尽な涙をなくす。

 そのために、深獣を殺す。

 殺して、滅して、鎮圧して、すり潰して、細切れにして、焼き尽くして、殺す。

 そうして全ての理不尽を消し去って……

 後は仕上げに私の剣で自身の胸を一突きすれば終わりだ。

 そうすればカメリアが……日向が消したいと願ったものは全て世界から無くなる。

 世界が幸せに包まれる。


「そうだよね日向?」


「うん!そうだよ!私たちには幸福な自死が待っている」


 私の横で日向いもうとがにっこりと微笑んだ。





―――――――――――――――――――――





星付き魔法少女:2名

魔法少女:10名


負傷者:2名

行方不明者:1名

心神喪失者:1名

死亡者:0名

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