不思議な嫁入り


 シャルとユリウスのやり取りを興味津々で見つめていたソフィーから、代わりに声が上がった。

「モーリスさん、シャルさん、ありがとうございます。これからも我々をよろしくお願いします」


 ユリウスとは対照的に、ソフィーの皿には肉、魚、野菜、パンがバランスよく盛り付けられ、どれも均等に手がつけられている。

 持っていたワイングラスを置く動作が、ものすごく優雅にシャルには思えた。


「我々、リブニッツ伯爵家とモートン男爵家はこの結婚によって親類関係となり、より近しい関係となってセーヨンを治めていくことになります。すでにお伝えしている通り、あたし、ソフィーはモートン男爵家に嫁入りする形となり、今後生まれることになるであろう子どもは男爵家の世継ぎとなります」


「子どもって、そんな……」

「あら、ユリウス。結婚した以上、次に考えるところはそこじゃないかしら?」


 表情を変えずに、淡々と話すソフィー。

 今から、この14歳と11歳の夫婦の、子ども……?

 そんなの、まるで平安文学の世界じゃないの。


 

 さすがにこれに驚いたのはシャルだけでは無かったようで。


「でも、まだ……それに、自分とソフィー様は、その、そういう……」

 そう言いながら、チラチラと視線をそらすユリウス。

 シャルと目が合うと、その顔は熟したリコピナスのように真っ赤だ。


「いいじゃないの。あたしは、別にそうなったとしても悪くないわよ?」


 隣り合うユリウスの右肩に左手を伸ばし、ぐっと顔を近づけるソフィー。


「家の都合があったとしても、あたしたちはもう少し近づいてもいいと思うの。……せっかくの結婚生活、楽しまないと損でしょう」



 ……本当に何なんだ、ソフィー様は。


 それとも、伯爵家ぐらいの力のある家の娘ともなると、これぐらい当然なのか?

 完全にユリウスに対し上に立ち、手玉に取るソフィーを見て、シャルは思う。


 正直、嫁入りする側が持つ余裕には、とても見えない。



 ……そうなのだ。ソフィーが嫁入りする側なのだ。

 先程ソフィーが言った通りこの婚姻は、位の高い伯爵家側の娘であるソフィーが嫁入り、すなわち男爵家に入る形で行われる。

 つまり形の上では、男爵家の方が婚姻の儀の主宰だ。


 通常貴族同士の結婚は、位の低い家の娘を、より力のある家に嫁がせるもの。

 男爵家はユリウスの一人息子、伯爵家の後継ぎとしてはすでにソフィーの兄がいる……とはいえ、今回の婚姻は普通でないケースである。


 ソフィーは、より王都の、国の中枢に近い大貴族の元へ嫁ぐのが普通だ。

 兄に負けず劣らずの魔力の才能は、欲しがる家があってもおかしくない。


 でも、伯爵家は自らソフィーを婚約者として売り込んだ。

 そして、当の本人であるソフィーの希望で、このスピード婚姻となった。


 

 だからシャルは、勘繰らずにはいられないのである。


 もし伯爵家が、あるいはソフィー自身が何か目的を持ってこの婚姻を進めたのなら。

 それはきっとセーヨンの街全体を動かす何かになるだろう。


 自分も、無関係でいられる気はしない。


 伯爵家と男爵家が一緒になると、いったいどうなるのだろう?

 直近では、偽金貨の問題は?

 現状、伯爵家勢力と男爵家勢力に別れている街の商人たちは?


 ……そして、ベース法に協力的なモートン男爵と、反対しているリブニッツ伯爵。


 ベース法普及の行方は……?



「それと、さっきも言ったじゃないの。あたしたちは夫婦になる。様付けはもう不要」

「はい……」


 ユリウスに対し攻め立てるソフィーの後ろには、いったいどんな心づもりがあるのか。



 シャルが考え出すと、それに対応するように演奏されている音楽が変わった。

 優雅な三拍子の調べ。


「……あら、もうダンスの時間なのね」



 ***



 大広間の中央にユリウスとソフィーが進み出てくると、周囲から自然と拍手が起こる。


 大広間に入ってきたときのように、ほんの少し先を歩いてエスコートするユリウス。



 ……でも、相変わらず左手と左足が一緒に前へ出てる。

 そう思うと、なんだかユリウスの顔も緊張しているように見えてきた。


 ユリウスが、ダンスの練習が大変だと言っていたのをシャルは思い出す。

 成果は出ているのかしら。


 

 対するソフィーの方は、まさしく自然体、という言葉がぴったりである。

 まるで普通の服を着ているかのような足取り。そこら辺の街角を歩いてるかのような雰囲気。


 ユリウスと違って、緊張のかけらも感じられない顔。


 ――貴族のこういうパーティーでは必ずダンスがある。

 特にパーティーの主役となるべき存在は最も長く、最も目立つ位置でダンスを披露しなければいけない。

 そしてダンスの上手さは、その貴族の格を決める重要な要素の一つである。


 伯爵家の娘として、ソフィーはこのようなダンスの機会も多いのだろうか。



「……男爵様、不安でいらっしゃいますか」


 いつの間にかモーリスは、隣りにいたジャンポールと会話していた。

 シャルも慌ててそこに駆け寄る。


「ユリウスは運動できないわけではないから、下手なことはやらないと思うのだがな。ただ、実を言うと私もダンスはそれほどできたものではないし……」

「しかしユリウス様、相当みっちりダンス練習をなされていたそうじゃないですか」


「ああ。時間を測って、きっちり計画を立ててやらせたのが良かったみたいだ。こちらから言わなくても、ダンスの練習は進んで取り組んでいた。そのやる気を勉強の方にも向けてもらいたいものだが……」


 そういうジャンポールの目は、まるで運動会で子どもを見守る親のよう。


「……そうそう、モーリスさん、ありがとうございます」

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