ちやほやされたい、頼られたい


 ――前世の記憶に目覚めた日から今までを思い出すと、なんだかたくさん計算をしたような気がしている。

 そしてそれは、今もしかりだ。

 

 シャルは今、学校の先生から渡された羊皮紙を眺めている。

 3日――本当はセーヨンにおいて1日を示す時間の単位はジョアであるが、昼と夜がセットで1日とみなすのは地球と同じなので、めんどうなのでシャルは1日、2日と数えている――前にあった計算の小テストの結果だ。


 もちろん、シャルの結果は満点。数学と物理を得点源にして大学受験を突破した野乃にとっては、小学生レベルの文章題など朝飯前である。


 むしろ、大学時代のテストではこんなに○がもらえることなど無かったので、最初はちょっと新鮮だった。

 ただ慣れてくると、人間どうしても欲が出て、ちやほやされたいと思うもので……


「シャルちゃんまた満点? すごーい!」

「ねえ、次の小テストもコツとか教えてよー」

 ……シャルは今、一緒に授業を受けている年の近い子供たちに囲まれている。

 小テストの返却があるたびに、この光景になるのがすっかり定番になっていた。


 まさかわたしが学校のテストですごいとか言われることが来るなんて、異世界転生もまんざらじゃない。

 日本にいた頃見たアニメとかだと、だいたい転生すると強い能力がもらえるのが定番みたいだけど、そんなの無くても全然いけるじゃないの。


「シャルちゃん計算のテストはずっと満点だけど、読み書きの方も成績良いもんね。うらやましい」

「可愛い弟もいるし、髪もきれいだし……いいなーわたしもシャルちゃんみたいになりたかった」

 セーヨンでは最大規模の商会の子供ということで、以前からシャルは一目置かれた存在だった。

 そこに成績の良さまで加わったのだから、ここ半年で他の子供からの評価もうなぎのぼりである。


「でもシャルちゃんが成績良くなったのって、割と最近だよね。10才になってから?」

「そういえばそうだよね。ねえ、何か勉強法変えたの?」

「え? えっと……」

 ……ただ、急にテストで高得点を連発するようになったら、さすがに怪しまれるというもので。

 

 野乃の記憶が戻ってくるまでのシャルは、学校での成績自体は平均的だった。わざと間違えたりして、少しずつ点数を上げていけば目立たなかったかな、と思ったときには時すでに遅し。


「……お店で働いてもらってる人に、少し勉強を教えてもらったの」

 転生したことを隠さなければいけないわけでは無いけども、どう考えても信じてもらえる気はしない。変に説明してややこしくなるぐらいなら、適当にごまかそう。

 シャルはそう考えて、もっともらしい理由をつける。


「いいなー……」

「その人、今度紹介してよ」

「ええ……まあ話はしてみるね」

 良かった。シャルはほっと肩をなでおろす。

 もしバレて、それで気味悪がられたりするようなら、シャル自身だけでなく、ペリランド商会全体の印象に関わる。お父様や、その前の代から続いてきた商会の看板に影響を与えるわけにはいかない。


「はい皆、今日の授業を始めるぞー今日は速さの計算についてだ」

 おじいちゃん先生の声が響き、シャルの周りに集まっていた子たちも自分の席に戻る。

 黒板のようなものに書かれたのは、日本の学校で何万回も見てきた『速さは距離÷時間』という意味の文章だった。


 ……あーやっぱり速さの単位も色々あるんだ……シャルはまた、大きなため息をついた。



 ***

 


 帰宅すると、モーリスが書類を数枚持ってきた。

 

「シャル、今度デールに持っていく物と金額を、計算してまとめといてくれないか」

「はい、お父様」

 シャルは書類を受け取る。

 デールというのはセーヨンの一つ南隣にある街だ。隣といっても、馬車で1日かけての移動になるが。


 シャルが書類を見ると、どれも商品の注文書だ。織物、武器、日用品、食料品……いろんな品物が、いろんな単位で書かれている。

 と思ったら、メモ書きのようなものもある。これはおそらく、デールで買い付けてくるものだろう。モーリスの字で、品物と数量、金額が書かれている。


 これらをまとめて、商会の倉庫から何をどれだけ持っていくのかを一覧にするのがシャルの仕事だ。

 この半年で、モーリスはすっかりシャルの計算能力を信用し、取引に必要な計算や書類のまとめを、度々シャルに任せるようになっていた。


 シャルだって、商会長として部下に指示を出しつつ、自ら取引先との交流、交渉も行うモーリスの忙しさはわかる。

 ……けど、こんな重要な、間違えたら大きな損失につながる計算を10才の子供に任せて大丈夫なのかしら?


「ありがとうな。シャルは自慢の娘だよ」

 そう言ってモーリスはシャルの金髪をわしわしとすると、シャルの部屋を出ていった。


 ――とはいえ、頼りにされるのは嬉しい。

 お父様から頼られるという意味でも、野乃として生きていたころは頼られるような存在で無かったという意味でも、嬉しい。


 

 テンションも上がったし、シャワー浴びたら、作業しようかな。

(――この世界、お風呂も無いのよねえ……)


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