前世少女。『Mt.アーバングランヒル東京』を全力で逃げる

Kitabon

01 折坂|鷹埜《たかの》

 母さんが事故で死んだ夜。あたしは、泣きながら寝入った弟をゆすって起こした。


「……逃げるよ大地。荷物まとめてあるから、この背嚢はいのうをしょって」

「かあさん、……ちいねぇ? 母さんは」


 大地はあたしをちいねぇと呼ぶ。おおねぇなんかいないから、バカにしてるのだ。11歳のくせに、もうすぐ13になるあたしより大きいから。


 蛍光ライトもわかるくらい赤くはらした目をこする。きょろきょろ母を探すがいない。カンタンな葬儀を済ませたのち、そそくさと階層長たちが運び出してる。死んだばかりの貴重な素材。

 家族にあてがわれた3畳の部屋。とても小さなテーブルに供えられた花に気づいた大地は、泣きだす準備に息を吸い込んだ。夕方の続きをされてはたまらない。


「しぃ――!」


 大地の口をぎゅうっと押える。びっくり目を丸くして泣くタイミングをのがした弟に、いそいで防風ジャンバーを着せ、低層簡易酸素器具ライトオキデを被せた。


「……いき苦しいけどガマンして。ほら、しょって」

「どこかに出かけるのか」


 あたしが小声なことにやっと気づいて、小声で答える弟。


「逃げるっていったろ」

「え……」

「しっ、あとで」


 いまは急ぐ。あたしは死にたくないし弟も死なせたくない。説明はおいおいだ。


 吊り藁の仕切りムシロをめくり、佐竹さんにあてがわれてる大部屋の様子をうかがう。大人3人と子供3人が、仲良く寄り添ってイビキをかいてる。

 しゃべるなと、しつこく目で命令。生意気にもあたしより大きな大地の手をつかんで、12年暮らした部屋をでる。大部屋の端を、音をたてないようにそっと進んでいく。


 6人は目を覚まさなかったが、これは始まりだ。


 あたしたちの住んでる区画からでるには扉を抜けなければいけない。扉というのが頑丈な鉄製で、錆びてるせいもあって開けにくい。今日の昼までは、でっかい音を自慢げに鳴らして開けていたのだが。


 じわり、じわり、じわり


  ぎ   ぎ   ぎ


 扉は、押したぶんだけ律儀に鳴った。警笛のようだ。

 

 ぎしし みしッ みしっ 


 マウントが風に押されて階層ごと揺れる。その軋み音に合わせて、子供が通れるだけのスキマをつくった。これなら。


「いそいで……」


 大地を前に押しやる、身体は無事に抜けたが、そこで詰まった。


「ちいねぇ。背嚢が」


 詰めすぎたーーーっ!


「しかたない、押すよ」


 がっこん! 鉄が擦れる音が反響した。耳障りで騒がしい音は、79階層の400人をたたき起こすだろう。


「走るよ!」


 廊下を走った。こうなったら、捕まる前に上にいくしかない。


 マウントはどの階層であっても、全部の住人は住むには狭い。部屋をあてがわれてない新参者たちは、端切れで作った戸棚の裏や床で、吹き込んでくる冷たい空気に絶えながら寝ていた。通路によっては、人だらけで、足の踏み場もない。


「……いってぇ。だれだ」


 ここには見知らぬ顔などいない。声をだせば、あたしだとバレる。心の奥だけで頭をさげて、行くのは階層管理室。1秒でも早くここから出て行かなきゃだが、上へ向うのだ。中層簡易酸素器具ライトオキデだけは奪いたい。

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