第4話 瞬きと共に

 翼を広げたその人、未だにジンドーだと信じられない目の前のイケメンは、私を襲おうとした化物を睨みつける。


「眩シイ! アァ!!!」


 化物はジンドーが変身した時の光で、目が眩んでいるようだ。やがて、化物は光に慣れたのか、ジンドーを視認すると問いかけた。


「オマエ……ナンダ? 何者ダ!」


奈落の悪魔ラフメイカー。よろしくなのである」


 その名を聞くや否や、化物は笑った。


「ソウカ、マダ、生キ残リガイタトハナ!!」


 そして、化物は悍ましい声で叫ぶ。


「ソノ 女ヲ ヨコセ!」


「断るのである」


 狙いは私? なんで私が!

 でも化物はそんなことを優しく教えてくれる雰囲気ではない、今にも殺してきそうな、そのギョロ目の化物は、ジャリリと、地面を抉りそして──。


「ギョオオオオオ!!」


 ──不快な叫び声と共に走り出した。


 私はその叫び声におもわず耳を塞ぐ。大地も、空も揺らす、金属音と黒板をひっかく音をミックスしたかのような醜悪な音だ。

 そんな音を撒き散らしながら、化物は一瞬で近づいてくる。

 ジンドーと私の元に。


 瞬間、私の脳は死を悟った。


 なにせ化物は腕を振り上げ、体のどこに収納していたのかわからぬほどの巨大な爪を私たちに向けようとしていたのだから。


 時間がゆっくりと進む、ああ、まただ今日で二回目の走馬灯ってやつか。

 そんな時間がゆっくり流れる、私の視点。

 その主観の世界の中で、突然、四本の光が走った。


 ちょうど化物の手足に重なるように走ったその光の線は残像となって、やがて私のスローモーションの世界から消え去っていく。


 突如、走った化物の四肢がちぎれ飛んだ。


 いやちぎれ飛んだという割には、断面は綺麗だった。切断されたのだ。

 というか、思わず切断面なんて見た私は気持ち悪くなり目を逸らす。


 離れたところでゴシャア、と重いものが落ちる音が聞こえた。

 恐らく化物が、先ほどの手足を切断された衝撃で、吹き飛んだのだ。

 一体誰が、あんなことを、消去法で考えれば一人しかいない。


「ジンドー……っ!」


 私はその本人である、ジンドーを名前を呼びながら見つめる。


 すると彼は、どこから取り出したのか刀を持っていた。

 工芸品のように美しい刃文を持つ、その刀は素人の私が見ても立派な、いわゆる名刀というやつなのではないか、と察せられた。


「貴方は、一体……」


 するとジンドーは翼を畳んで私に掌を向けた。待ったと、言うように。


「まだ、戦いは終わっていないのである」


 顔の良い、美男子はそういい。目の前のもがき苦しむ化物を睨みつつける。


 化物は苦しみの声上げ、そして叫んだ。


「グアア!! イタイ、イタイ、イタイィィ!!」


 そんなカエルのような化物は痛みを逃そうと転げ回っていた。

 巨大な体のせいか、転げ回るだけで砂とか土の煙が待っている。

 するとそんな転げ回っている化物はやがて止まる。

 そして四肢の切断面に変化が現れた。グロテスクに黒いゲルが泡立ちグシュグシュと言いながら手足が再生したのだ。


「やばいよ!! ジンドー!!」


 私は思わずそう叫ぶ、逃げようと、そう提案しようとしたのだ。

 だがジンドーは逆に一歩踏み出した。


「大丈夫なのである!」


 私は何が大丈夫なのかさっぱりわからない相手は、見たところすぐに傷も治してしまった。

 不死身の化け物と今更言われても驚かない。


 確かに、ジンドーは私を守ってくれてるでも──。


「吾輩は、勝つ」


 その言葉で私は黙った。ジンドーの言葉にはなぜか説得力があったからだ。彼の纒う雰囲気に気圧されたと言ってもいいだろう。


 今のジンドーが纒うこの、絶対的な自信に。


 そうしているうちに化物はようやく起き上がり、罵倒の言葉を吐きながら再び突進してくる。

 殺してやるだの、臓物を引き摺り出してやる、なんて言葉を吐きながら迫る化物、不思議と私は怖く無かった。


 ジンドーの方を見ていたからだろうか。


 ジンドーは刀を横一文字に構える。そして、冷たく呟いた。


「堕ちろ、天涙てんるい


 その感情のない呟きに呼応するかのように、刀は朝焼けのように輝き出す。

 そして今も走りこんでくる、化物に向かってジンドーは刀で虚空を薙ぎ払った。

 薙ぎ払うと共に、刀から三日月状の黄金の光波が放たれる。


 その光波は眩く、そしてまっすぐと進む、周りの空気も大地も抉り取って。


「ナンダ コノ光ハ!」


 化物は避けようとするが間に合わない全てを巻き込む。その光は、やがて化物を包み──。


「オオオオオ!!!」


 爆発と共に、化物をこの地上から消し去ってしまった。


 勝ったのだ、本当にこの男は。

 あんな化物に対して。


 私は放心したまま、ジンドー見つめる。

 するとジンドーは振り返って微笑んだ。

 かと思うと、その微笑みは秒も持たず崩れていく。


「界さん! 怪我!」


 走り込み、ひざまづくジンドー。

 ああ、どうやらこの公園に連れてこられた時に、できた傷か。


「だ、大丈夫だよ、大したことない」


 私の言葉にしかしジンドーは納得しない。


「大丈夫じゃないでしょコレ! ジャージも破けて!」


 オカンか貴様は、と言う突っ込みをしそうだったが。

 突然ジンドーが、私の体を背中と膝裏を持って持ち上げるものだからびっくりしてできなかった。


 所謂お姫様抱っこされた私はドギマギしたが、


「薬局行くよ!」


 その言葉と共に、ジンドーが羽を羽ばたかせ、空中を飛んだため、それどころではなかった。

 本当に空中を飛んだのだ嘘ではなくまるで鳥みたいに。


「最寄りの薬局までわかる、界さん?!」


「い、いやちょっと待って」


 私の制止を聞かずジンドーは飛んだ。

 私は気持ち悪くなりながらも、夕焼けの空を見て思った。


 綺麗だなって。


 もう私は現実逃避しかできなかった。

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