Fight3:大会の概要

 一旦計画が決まれば後は行動するだけだ。ストリートファイトで全国各地を飛び回り、時には1ヶ月近く見舞いに帰れなかった事もあるので、ニーナへの対処は問題なく済んだ。勿論娘には『大規模な建設工事』で現地にしばらく泊まり込みになると伝えてあった。


 主治医のメラニーには金策のためにしばらくニーナの元に顔を出せなくなるので、くれぐれも娘を事を頼みますと入念にお願いしておく。


 準備が済んだらいよいよ出発だ。最低限の荷物だけを纏めると、ドミニクの待つインディアナポリス国際空港まで急ぐ。マーカスが空港に着くとロビーには既にドミニクの姿があった。いつもの細眼鏡に黒いスカートスーツ姿だ。


「お待ちしておりました。今回のご参加、嬉しく思います。……いえ、嬉しいという言い方は語弊がありますね。『大会』へのご参加、ありがとうございます」


 マーカスの顔を見るなりドミニクはそう礼を言う。恐らく彼が今回のオファーを受けた理由・・を慮ったのだろう。何度か接する中でマーカスはこの女性が、怪しげな非合法組織で働いている割には実はそれほど悪辣ではないという事に気づいていた。


 だが様々な事情があって今の立場にいるのだろう。敢えて彼の方から問うような事はしなかった。


「ああ、別にいいさ。こっちにも事情・・があっての事だからな。むしろ俺があんたに礼を言いたい。今まで何度も拒絶してたのに、まだオファーを受け入れてくれた事にな」


「……実は他の格闘家も何人か見て回ったのですが、正直あなた以上の格闘家は誰もいませんでした。なので一縷の望みをかけて間口を空けておいたのです。あなたの実力があっての事です。オファーが間に合ったのはあなた自身の功績です」


 ドミニクは若干目を逸らして答えた。あまり素直に感謝を受け入れるタイプではないようだ。マーカスは肩をすくめた。


「まあそれならそれでいいさ。準備が出来てるなら早く向かうとしよう。その『大会』とやらの日程はどうなっているんだ?」


「あなた以外の選手はほぼ現地に到着しています。あなたが着き次第いつでも開催できると思います」


「そうなのか? そりゃ悪い事したな。じゃあさっさと行こうか」


 恐らくドミニクがマーカスを諦めきれずに待ったを掛けていたのかも知れない。なら彼が早く現地に向かえば向かうほど、ニーナの手術日が早まるという事だ。もたもたしている理由はない。



 2人は早速予約している国際便に乗り込んだ。このまま空路で『現地』まで向かう事になる。彼がドミニクに指定されて購入した航空券はパプアニューギニア・・・・・・・・・行きとなっている。


「ボスが所有する『島』はパプアニューギニアに無数に存在する未開島の一つです。まずはポートモレスビーまで通常便で飛んで、そこからは組織の用意した移動手段で『島』まで向かいます」


 飛行機に乗り込んで空の住人になった所でドミニクが説明する。なんでもドミニクの『ボス』はその島を丸ごと買い取って、今回のような非合法のイベントを開催するためのバトルフィールド・・・・・・・・に作り変えたらしい。何とも豪勢な話だ。だが今の話を聞いてマーカスには気になる点があった。


「バトルフィールド? アリーナではなく?」


 勝手に格闘大会をイメージしていたが違うのだろうか。通常、格闘試合をやるのに戦場バトルフィールドと呼べるような広大なスペースは必要ない。ドミニクはかぶりを振った。


「申し訳ありません。正式にオファーを受けるまでは大会形式・・・・については選手に知らせないように『ボス』から厳命されていたのです。勿論それは他の『選手達』も同じ条件ですが」


「だが今はもうエントリーした。何を聞いても退く気はない。試合形式は教えてもらえるのか?」


 マーカスの格闘の腕を見込んでスカウトしたのだから、基本は格闘技を用いた試合形式なのだろうが。ドミニクは頷いた。


「その通りです。まあ厳密には格闘技というか肉弾戦・・・が強い人、というのが条件になってきますので、自然と格闘家や軍人といった面々にオファーが掛かったというのが正解ですが」


「肉弾戦? ルール無用で何でもありの倒し合いという事か?」



「そう……なりますね。必然的・・・に。更に言うならこれは選手同士が倒し合う試合というよりは、島全体を舞台として次々に襲いくる敵を倒し、ギミックを潜り抜け、最終的に勝ち残った者が『優勝者』となるサバイバル戦・・・・・・と言って良いでしょう」



「……!!」


 想像していたのと違う形式であったのは確かだ。他の選手は『対戦相手』というよりは『競争相手』という事になるのか。ドミニクは再び首肯した。


「確かにそうなりますね。競争相手ですが、共闘・・相手にもなり得ます。その辺りの立ち回りは自由です。ただし『最終ギミック』クリア時に2人以上の選手が残っていると失格扱いとなり優勝者なしとなってしまいますので、最終的にはどこかで蹴落とさねばなりませんが」


「…………」


 ただ目の前の相手と戦うだけではなく、色々と戦略・・が要求されるゲームという訳だ。そこでドミニクが少し言いづらそうな様子になる。


「それと……マーカス。これもエントリー後に伝えるようにと厳命されていた事なのですが、非合法の格闘家ばかりを集めている事から解るように、これは真っ当な『表』のイベントとは違います。脱落する選手の生死は問わない・・・・・・・という条件が付いています。つまり……襲ってくる敵は本当にあなた方を殺しに来る・・・・・可能性があるという事です。皆さんを賭けの対象とする『ギャラリー』の方々は、真剣勝負・・・・でなければ刺激が足りないというような人達ばかりですので」


「……っ!」


 やはりマーカスの懸念は当たっていた。表沙汰に出来ない非合法の大会であり、得られる賞金が高い程リスク・・・もまた大きくなるのだ。だが……その可能性も折り込んだ上でこのオファーを受けたのだ。どのみちニーナの手術の事を考えたら、例え自分の命が掛かっていようとマーカスに退くという選択肢はなかった。 


 どんな形式の試合だろうと関係ない。必ず勝ちをもぎ取って、ニーナに手術費を持ち帰る。そのためなら文字通り命懸けで戦える。


 ドミニクから大会の説明を受けたマーカスは、現地へと向かう飛行機の中で大切な娘の顔を思い浮かべながら決意を新たにするのだった。

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