第二夜 怪人アンサー 4
そのあと、天才少女は無事風邪を引いたらしく、数日間ブランコにはやってこなかった。
毎日ひとりでブランコを漕ぎ、天才少女のことを思う。
とても賢く、かわいらしく、純粋で、繊細な子供。
天才少女のことを考えるだけで胸が高鳴り体温が上がった。
間違いなく恋だ。
そして、間違いなく伝えることなく終わる恋だ。
初恋は実らないとよく言われる理由が分かった気がする。
『怪人アンサー』はこわかった。
あの聡い天才少女にこの恋ごころを見透かされることが。
きっと滑稽に思うだろう。『怪異』の分際で、しかもロリコンだ。自分だったらまず気味が悪いと思ってしまう。
はぁ、と切なげなため息をついた。実らない恋。なんとも言えない悲恋だ。
「どうしたのですか?」
急に声をかけられて心臓が跳ねあがった。見れば、街灯の下で少女が首をかしげている。
「い、いや、なんでもないよ。それより風邪は治っ……」
言いかけて、絶句した。
改めて天才少女の顔を見ると、顔の下半分が真っ赤だ。それも、人工的な赤。
天才少女はくちびるに赤い口紅を塗りたくり、ブランコに腰を下ろした。
「はい。無事風邪を引き、無事治りました。これで私が狂人ではなくただの圧倒的な天才であることが証明されましたね」
またつんと澄ました顔をしながらブランコを漕ぐ天才少女。しかし、それも盛大にはみ出した口紅で台無しだ。
「いやいやいや! どうしたのそれ!? 風邪でおかしくなっちゃったの!?」
驚いた『怪人アンサー』がようやく言葉を投げかけると、天才少女は至極マトモな顔をして答えた。
「おかしくなどありません。私は天才ですよ?」
「いや、おかしいって! 一瞬ひとでも食ったのかと思ってものすごく驚いたよ!」
精いっぱい主張する『怪人アンサー』に、天才少女はブランコを漕ぎながら言う。
「母親のものを借りました。自分でも失敗していることは知っています。ですが、私は少し大人になりたかっただけです」
またも天才特有の飛躍した話の展開に、『怪人アンサー』は思わず面食らってしまった。
「お、おとな??」
「ええ、そうです。大人の女性は皆化粧をするものでしょう? レディのたしなみというものです」
「それで、口紅を……?」
「ええ、そうです」
簡潔に答える天才少女は至って真面目な様子だ。本気で大人になりたいらしい。
「もちろん、このような化粧品ひとつでお手軽に大人になれるとは思っていません。しかし、こころの持ちようは大人のレディになれたような気がします」
化粧は女の武装だと言うが、天才少女もそうなのか。
ぽかんとしていると、天才少女は珍しく自嘲の笑みを浮かべながらブランコを立ちこぎし、
「……滑稽だと、笑ってください。このようなままごと……」
こんなことで簡単に大人になれるわけではないと、天才少女自身もわかっているようだ。今の天才少女は大人の真似事をしているだけの女の子だった。背伸びをしている、と言える。
しかし、『怪人アンサー』はどうしても天才少女のことを笑えなかった。
「どうしてそんなに大人になりたいの?」
代わりに、わけを聞く。
天才少女は立ちこぎを続けながら、
「あなたに叱られて、わかったのです。私は天才とはいえ、まだ子供なのだと。子供はときとして間違った言動に出ます。そして無力です。簡潔に述べると、今ここでいともたやすく死んでしまっても不思議はないのです」
つらつらと語り、そしてブランコが最高潮の高さにまで達した瞬間、ブランコを蹴る。軽々と宙を舞った天才少女は、少し離れた地点に華麗に着地してサムズアップを送ってきた。とりあえず同じように返しておく。
元のようにブランコに腰かけ、天才少女は続けた。
「しかし、大人は違います。大人になれば何でもできるのでしょう? 何でもわかって、ひとりでどこへでも行ける。愚かで無力な子供とは違います。私は、愚かで無力な子供のままではいたくないのです。大人になって、立派なひとりの人間として生きていきたいのです」
きいこ、とブランコを揺らしながら、天才少女はまだ見ぬ未来に思いを馳せて街灯の光が映り込む瞳をきらめかせた。
天才少女が大人になる。それはそれは魅力的な女性になるだろう。頭が良く、容姿も良く、志も高い女性に。
正直に言うと、『怪人アンサー』はそんな天才少女を見たくなかった。
大人になるということは、傷ついて汚れていくということだ。いつか天才少女の純粋さや大胆さは失われていくだろう。それが天才少女の魅力だというのに。
『怪人アンサー』は、天才少女に少女のままでいてほしかった。
これがロリコンというものだとは自覚していたが、ここまで根が深かったか、と自分で自分を気持ち悪いと思う。
もちろんそんなことは口には出せないので、『怪人アンサー』は別の言葉を届けることにした。
「大人はそんなに完璧じゃないよ。君が夢見てるような大人なんて、ほんのひと握りだ。たいていの大人はどこかで折り合いをつけてあきらめて、ただ惰性で生きてる。何もできずに何も知らずにどこへも行けずに終わる大人だってたくさんいる」
どうか、そんな大人にはならないでほしい。自然の摂理が少女を大人へと成長させるというのなら、せめて。
そんな願いを胸に秘め、『怪人アンサー』は隣のブランコへと手を伸ばし、天才少女のツインテールの頭をぽふぽふと撫でた。
「だから、ゆっくり大人になりな」
これがダメな大人からのアドバイスだ。子供の内は目いっぱい子供を満喫しておいた方がいい。
天才少女は不服そうに頭をなでられてから、つんと澄ました顔をしてそっぽを向いてしまった。その横顔のいびつなルージュが少女特有のあどけなさを示しているようでいとしい。
気色悪い、と自分でも思う。が、自分は少女が好きなのだ。
「それより、今日の質問は何ですか?」
この話は終わり、とばかりに天才少女が告げる。
そうしたいなら付き合おう。
そうして、『怪人アンサー』は今夜も天才少女に難問を吹っ掛け、即答され、夜が明けるまでよしなしごとを話すのだった。
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