第55話 帰路①
「えー⁉ 帰らないつもり、だと⁉ 一体全体、何てことを言うんだ、ユリア‼」
頓狂な声が響いたのは、大勢が乗り込んだ荷馬車の中だった。
ラルフたちが移動用に使っていたという荷馬車の中、目を剥いて、妹の顔を凝視している。
ユリアは大きな声に顔を顰めながらも、むくれて押収する。
「兄様は知らなかったわね! 私、あの朝……あの朝っていうのは、兄様が連れ去られた日、のね? その朝に、父様、母様に絶縁宣言してきちゃったんだから! 里に帰るにしても、私は家には戻りません!」
言い切るユリアに、アヒムは目をまん丸くして、太い眉を寄せる。
「おいおいおい、何で喧嘩したんだ! 原因は?」
「〈レガ教団〉のこと! 私、レガ教やめる宣言したんだから!」
アヒムはあまりのことに固まってしまう。
「だ、だって、最近の〈レガ教団〉は本当に奇妙奇天烈っていうか、摩訶不思議っていうか。兄様もそう思うでしょ?」
「え、あ、まぁ……」
急に及び腰になる兄に、ユリアは眉根を寄せた。
アヒムだって、〈レガ教団〉を日ごろから馬鹿にしているのだ。
今更何を憚る必要があるのか。
「それはもっともだな」
突然、割って入ったのは、驚くことにラルフだった。
ラルフは空色の瞳をきらめかせ、空き箱の上から下りて来た。
荷馬車の中には、空き箱がいくつも積まれていて、ラルフやカイはそれを椅子代わりにしている。アロイス、アーベル、エッボの三人は目覚めると、傷だらけだというのに、御者を買って出てくれた。なので、現在御者台には、三人の男たちが横並びになっている。
ライナルトはというと、箱の横に腰を下ろし、槍を抱えていた。
ユリアとアヒムは、荷馬車中央で向かい合って座っていたのである。
現在、ユリアたちはタァナ村に向かっている。
宿に置き忘れた、ユリアの大荷物を回収するためだ。
だが、荷馬車の最終目的地である隠れ里に、ユリアが帰り渋るため、アヒムが訳を聞くと、ユリアが「帰りたくない」と白状したのだ。
どかっと、ユリアとアヒムの間に腰を下ろすと、ラルフは長い前髪を掻き上げた。いつも隠れがちな右目も見える。
「あいつらはおかしい。そのおかしさに気づかない、我が両親にも呆れてものが言えないくらいだ」
饒舌に語るラルフを見てから、ユリアは困ったように眉を下げるアヒムを見る。まだ弱腰のアヒムに、ユリアはむかむかしてきた。
アヒムは、〈レガ教団〉をおかしいと言いながら、表立って批判しない。両親が信仰するのにもそれなりの事情があるのだと、一定の理解を示したようなことを言う。本人は、そもそも「神」すら信じているか怪しいものなのに。
姉のアグネスにしてもそうだ。彼女も教団はおかしいという割には、両親の前では一切批判せず、日和見主義者で通している。
歳の離れた兄と姉の態度に、ユリアはいい加減、豪を煮やしていた。
そこへ、思ってもみない助っ人が現れた。
ここは畳みかけるように、攻撃に打って出るべきだ。ユリアはぐっと拳を握る。
「どう考えたっておかしいわ‼ あんな奴が、あんなおじさんが、シュヴァリア様の訳ないじゃない! 生まれ変わりですって⁉ シュヴァリエ様は見目麗しいお姿をしていらしたのよ‼ あんな、あんなちんけなおじさんじゃないわ‼」
「その通りだ、よく言った‼」
満足そうに頷くラルフに気をよくして、ユリアは言葉を続けようとした。
が、ライナルトが控えめに手を挙げているのが見える。
「はい、ライナルトさん!」
まるで先生が生徒を名指しするようにそう言うと、ライナルトは苦笑いしてから、おずおずと切り出す。
「えっと、それは一体、何の話なんでしょうか? ……先生」
ユリアが口を開こうとすると、ラルフが言葉を奪った。
「〈レガ教団〉の教祖が、最近、およそ信じがたいことを言い出したんだ。『私こそが、白の一族の始祖シュヴァリエ神である』とな。これには俺も閉口したものだが、不思議なもので、両親は全く疑わないんだ。その思い込みようときたら、怖ろしいものがある。話が通じないんだ。全くな」
「そう。どこまで行っても平行線よ。分かり合おうって方が無理」
言葉を奪われ、悔しく思ったものの、同じ気持ちの同志がいると思うと、ユリアは力が湧いてきて、そんな些細なことは気にならなくなった。
「あー。なんかわかるな、その感じ」
ライナルトも感慨深い顔をして、うんうんと頷いている。
「お前ら、そんなことよりもっと大事な話があるんじゃないのか?」
そこに、今まで黙って成り行きを、呆れ顔で見守っていたカイが、話に割り込んでくる。
カイは二段重なった木箱に片方だけ足を乗せ、座っている。
「え?」
「え? じゃない。ユリアのその手の中のやつだよ。それ、どうすんだ? ゴットフリートが狙ってくるんだろ? 俺の火じゃ、燃やせなかったし……クソッ」
カイは忌々し気に拳を膝に振り落とす。
ユリアは手の中の魔導書の片割れに目を落とした。
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