第45話 若き総帥②

揺らめく燭台の灯りに照らされた通路から現れたのは、頭からすっぽりと黒色のローブを纏った四人組だった。

後の三人を引き従えるように前を歩く男が、立ち止まり、被り物を取り去った。

銀色の前髪が右目を隠すように流され、その双眸は涼し気な空色をしていた。


「ラルフ……‼」

 

ゴッドフリートを目にして、腰を低くしようとしていたラルフは、はっとして動きを止め、名を呼んだユリアに視線を走らせた。

 

その瞳は驚いたように見開かれ、一拍置いたのち、隣に立つ白衣のゴッドフリートに向けられた。


「なぜ……?」

 

絞り出されたような短い問いに、ゴッドフリートは口の両端をくいっと持ち上げる。


「カトリナが連れて来てくれたんだ。君がぐずぐずしてるからさ」

 

軽い調子で放たれた言葉には、拗ねるような響きがあるだけだったが、受け取ったラルフは、まるで死刑宣告を受けたかのように顔面蒼白になって、崩れるように膝をついた。


「さあさあ、ラルフ。君も役者のひとりだ。早くこっちにきて準備してくれる?」

 

話は終わりだとばかりに、ぱんぱんと手を叩くと、ゴッドフリートはラルフの背後で困惑する三人に視線を投げた。


「アロイス、アーベル、エッボ。君たちは、玉座を運んでくれないかな? 君たちの立っている場所の真横に部屋があるんだ。そこに置いてあるから運んでもらえるかい? あの奥まで」

 

ゴッドフリートは広間の最奥を指さす。

そこは、通路と、中央に置かれた黒曜石の卓の直線上にある、広間を見回すのに最も適した場所だった。


「お願いね」

 

にっこり微笑むと、軽やかなステップを踏みながらゴッドフリートは、玉座を設置する位置に移動した。


「か、かしこまりました‼」

 

アロイス、アーベル、エッボの三人は、さっとフードを脱ぎ去ると、いち早く頭を下げ、そそくさと通路の壁にへばりつき、部屋に続く扉を探し始めた。そのうちに、「ここに取っ手かあるぞ!」「おおお、かっけぇ!」「うまく隠してあるな!」などとはしゃいだ声をあげて、いざ扉が開くと、「本当に開いたぞ!」「『シュッ』って開いたぞ⁉」「見事なカラクリだ」

などと驚嘆や感嘆の声を上げ、壁の中にどやどや入って行った。


「本当、揃いも揃って馬鹿ばっかね」

 

通路近くに立っていたカトリナは、膝をついたまま動かないラルフに向かって、蔑むような一瞥を投げる。

ユリアは玉座を待つニコニコ顔のゴッドフリートと、出入り口付近に立つカトリナ、その近くで膝を折るラルフ、和気あいあいとした声の漏れ聞こえる暗がりの通路を見、疑念が浮かび上がるのを感じた。


(何で、明らかに年下のゴッドフリートに従うの? どうみたって、ただの子供じゃない。確かに、息を呑むほどの美少年だし、左目の眼帯はどことなく威厳みたいなものを感じさせるけど……けど、それだけだよ? 何か弱みを握られてたりとか?)

 

なぜ、ユリアよりも年上の者たちが、ユリアよりも年下の、あどけない少年にしか見えないゴッドフリートを敬い、付き従うのか。

 

初めて、隠れ里で〈銀海の風〉の総帥ゴッドフリートの名を耳にしたとき想像したのは、強面で二十代後半の大男だった。だが、若き総帥が預言者だと聞くと、今度は、二十代半ばの銀色の髪を腰まで優雅に伸ばした、怪しげな雰囲気を醸し出す優男を想像した。

けれど、目の前にいるゴッドフリートはそのどちらとも違う。

 

そもそも彼の髪色は、栗色であって銀髪ではない。〈白の一族〉ですらないのだ。


「白の一族じゃない……?」

 

つい口をついて出てしまった言葉は、広間内に反響して、そこにいる全員の耳に届いた。


「それって、僕のこと?」

 

玉座搬入に待ちくたびれて、壁に背を預け、膝を立てて座っていたゴッドフリートは、ユリアの台詞を聞くと、愉しそうに立ち上がった。


「そうだね。そろそろ、戻そうか。カトリナ、頼める?」

 

紺色の瞳をきらめかせ、嬉々として頷いたカトリナが、


「『高潔なる水の神バサエルよ、我に力をお与えください——雨よ、全ての邪悪なるものを清め給え』」


天に向けて手を掲げて詠唱すると、高い天井一面に青い魔法陣が浮かび上がり、そこから大粒の雨が一気に降り注いだ。ユリアは思わず目を瞑る。しかし、それは青い光の雫で、体が濡れることはなかった。

 

ひとしきり降った光の雨は、魔法陣が消え失せると同時に止んだ。


「これで満足?」

 

背中に投げかけられた声に振り向くと、白銀の髪をさらりと揺らした、ゴッドフリートが漫勉の笑みを浮かべている。


「銀色……」

 

髪までも銀色になったため、ゴッドフリートもまたユリアと同じく全身が白に染め上げられた。

 

だが、青い光の満たされた広間では、白というよりは青く見える。

紛れもなく白の一族の姿だった。


「俺にまで降り掛けやがって」

 

舌打ちが聞こえ、カイを見ると、彼もまた黒髪からもとの銀髪に戻っていた。


「染め直しかよ……」

 

ぶつくさと文句を言いながら、カイは握った拳を腰辺りに叩きつけながら、ご満悦なカトリナを睨みつけている。


(あー、怒ってる、怒ってる)

 

カイがイライラしているときの癖を見せるので、ユリアは状況も忘れ、くすっと笑った。

その前を、アロイスたち三人がえっさほいさと玉座を抱えて、横切った。

銀色の縁取りと紺青のビロードが見事な、荘厳な趣の玉座だった。

アロイスたちはどうにか指定の場所に運び終えると、微笑むゴッドフリートに、畏敬の念のこもった熱いまなざしを向けて頭を下げ、いそいそと引き下がり、広間の隅の松明の前に座り込んだ。

ゴッドフリートは優雅な動作で玉座に腰掛けると、ひじ掛けに手を置き、広間に集まる白の一族の面々に目を向けた。


「さあ、幕が上がるよ。ショータイムだ」


鐘の音のような、朗々とした声が響き渡ると、青の広間は緊迫感で満たされた。

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