第53話 観光旅行は魅力も危険もいっぱいです

 異国で旅行をする時は基本的に、その土地の文化を理解してから行くものだ。

 場合によっては移動の仕方から学ぶ必要さえある。


 しかし都合によってはそんな知識が得られない事もあるだろう。

 そんな場合はガイドを付ければ大概どうにかなる。


 ――という訳で。


「はいはーい、皆さん列を崩さないで歩いてくださいねー他の方々に迷惑がかかりますからー」


 旅館休業に伴うホームステイは三日目に突入。

 ここでエルプリヤさん達の欲求がとうとう表へ噴出する事になった。

 姿や体調を整えた事で解放感に溢れたのだろう、と思う。


 なので今日は僕と姉さんがツアーガイドとなって東京見物です。

 僕が先頭を切り、すべてが初めてな彼女達をしっかりと案内する。

 もちろん悪目立ちしないようにするのも役目の一つだ。


「はい、ここが日本で最も高い塔、スカイツリーです!」

「「「たかーい!」」」


「はい、ここが古くからの姿を残すスポット浅草です!」

「「「旅館とそっくりー!」」」


「はい、ここが今旅行者に評判の元魚市場の築地です!」

「「「料理いっぱーい!」」」


「はい、ここが色んなイベント目白押しのお台場です!」

「「「大きい像があるー!」」」


 移動は基本的にバス。

 電車はフェロちゃんや双子ちゃん辺りがはぐれると少し怖いので避けた。

 なので移動に時間を取られる事にはなったが、それでも彼女達は楽しそうだったからよしとしよう。

 まぁ旅館の外をあまり知らない人が多いし、いい刺激になったんじゃないかな。


 そうして半日以上をかけ、ひとまず回れる所は回った。

 築地ではあやうくエルプリヤさんが品切れ壊滅させそうになって焦ったけども。

 大食いというか異次元腹は彼女だけだったのが幸いだった。


 そんなこんなで今はお台場の一画で休憩中。

 本当はもう一箇所くらい回りたい所だけど、皆もう大荷物を抱えているからそろそろ帰ろうかなと思っている。

 皆さんはさすが住み込みだけあって、お金だけは尋常じゃないくらい持っているから購買意欲がすさまじかった。

 僕、爆買いの光景なんて初めて見たかもしれない。


 そんな事もあって手ぶらなのは僕と姉さん、そして金欠のレミフィさんくらいだ。


 だからか僕は少し彼女の事が気になった。

 今も皆から離れ、一人で高台から彼方を見つめていたから。

 それがなんだか彼女の後姿が黄昏れているようにも見えてならなくて。


「レミフィさんは何か欲しい物とか無いんです?」

「無い。アタシそんなお金持ってない」

「少しくらいなら出しますよ? さすがに皆みたいには買えないけど」

「ユメジ優しい。アタシとても嬉しい。ケド大丈夫。それほど好奇心湧かない。それたぶんアタシの世界の文明レベルの方が高いからと思う」

「そうか、レミフィさんはそれなりに高度な文明の世界から来てるんでしたっけ」


 おみやげに一喜一憂する声が聞こえる中、街の景色を眺めつつ語り合う。

 東京という景色の一部になりながらも、まったく別の世界の事柄を。


 そんな話題でもきっと誰も気付きはしないだろう。

 それだけ僕達は今、とても自然に「地球人」を演じているのだろうから。


「そう、高度。でもとてもつまらない文明。飾り気ない。言葉いらない。感性がとても薄い、いるだけで息が詰まる世界だ」

「そんな、レミフィさんはこんなに感性豊かなのに」

「あれだ、逆張りというやつ。オトコに騙されたのもある。でもそれで気付いた。愛し合う事の大切さ、感じる事の楽しさ。だからアタシは楽しい。ユメジ達と一緒に入れる事も、この街を眺める事も。それで充分」

「そっか、物なんて必要ないんだね。君にとっては」

「そうだ。そしてそれはたぶん、他の皆も同じ」

「えっ?」


 それに黄昏れているのは気のせいだった。

 風景を静かに眺める事がただ好きだったから、それだけで充分満足なのだ。

 そこに生まれた世界の違いなんて関係無いのだろう。


「例えばピーニャ。あの子は親の愛を知らない。気付けば餓死寸前の状態、それで旅館にきたそうだ」

「え……」

「メーリェは感性が強過ぎて相手の心に強い影響及ぼす。そのせいで迫害されて世界から追放された」

「そんな……」

「きっと皆、そういう境遇の持ち主。だから旅館えるぷりやをとても大切にしている。誰でも受け入れ、家族同様に扱ってくれる大事な居場所だから」


 ただ生きている――それだけで彼女達は楽しくて仕方が無いんだ。

 そして風景を眺める事やおみやげ購入もそんな楽しさの一部でしかない。


 それは全力で生きる事を楽しもうとしているから。

 物を得て独占欲を満たすとか、そういう短絡的な考えではないのだろう。


 おそらくこれは、僕みたいな地球人ではなかなか至れない境地だと思う。

 物に溢れたこの世界で生きている以上は。

 自己を守ろうとするだけで生きられてしまう〝優しい世界〟の住人だからこそ。

 

「だから皆、こうして遊びに来た事がとても楽しいと思う。もちろん、アタシも楽しい。ユメジとこうしてゆっくり話す事、とても待ち遠しかった」

「うん、僕も皆を観光に連れ出せてとても良かったよ。今の話も聞けて良かった。レミフィさん、来てくれてありがとうね」

「任せろ。アタシはその為にきた」

「えっ、それってどういう――」


 だけど、たとえ優しい世界でもそれに溺れてしまう人もいる。

 あまりにも優し過ぎたから、甘える余りに自分勝手となってしまう人達が。


 そして僕達はそう気付かされた時、現実にも気付くのだ。

 そうやって生まれた悪意が今まさに大事な人達へと牙を剥いていた事に。


「ねぇ~君達、すごい楽しそうじゃん? 俺達も混ぜてよ~」

「おっ、可愛い子多いじゃん! 金髪の子とかすっげェー!」


 なんと六人ほどの男達がエルプリヤさん達へと歩み寄っていたのだ。

 それも下心丸出しで、もうあからさまにナンパする気満々な奴等が。


 エルプリヤさん達のレベルが高いからこうなる事は少し予想していた。

 けど小さい子が多いからきっと遠慮するだろうと思っていたのだけど、そうもいかなかったらしい。

 なんなんだあの男達ロリコン混じっているんじゃないの!?


「せっかくお台場いンだからさぁ、ちょっと遊ぼうよ~」

「いえおかまいなく。私達、もうすぐ帰りますので」

「そう言わないでさぁ~。ねぇきっと楽しくなるってぇ」

「あの、手をお離しくださいませ。でないと大変な事になってしまわれます」

「なになに大変な事って? もしかして君が俺達の事のしちゃうとか~?」

「いやいや無理でしょこの細腕じゃ。それに俺ら総合格闘技やってっし――」


 そんな色んな意味で危ない奴等を放っておく訳にはいかない。

 そう思って飛び出した――のだけど。


 だが僕が駆けだした時にはすでに、男の一人がもう宙を舞っていた。

 しかもまるでブーメランのように水平回転しながら不自然に。


「「「えっ?」」」


 それをやってのけたのはなんとあのレミフィさん。

 今さっきまで僕の隣にいたはずなのに、もう奴等の傍に立っていたのだ。


「今、お前達はエルプリヤに手を出した。それすなわち宣戦布告とみなす……!」

「は、ハァ!? な、何言ってんだテメェ!?」

「でしゃばんじゃねぇこの筋肉女――」


 そんな彼女の体術捌きはもはや人並外れていた。

 男が殴ろうとすれば、腕が伸び切る前に掴まれ、捻られ、空に舞うのだ。

 しかも人二人分くらい高く、全身をギュルギュルと回転させながら。

 とてつもなく速く、確実に死角を突き、気付いたらぶっ飛ばされている。


 何あの人、恐ろしく強いんですけど?


「な、なんなんだコイツーーーッ!!?」

「レミフィさん、どうか手加減をよろしくお願いいたしますね」

「すまないエルプリヤ、それは約束、できるかわからないッ! アハッ! あいにくここは旅館じゃない。アタシがどう戦おうと……自由!」


 横から殴り掛かられようが、レミフィさんに当たる事はない。

 しなやかに体を動かし、まるで風のように拳スレスレをすりぬけて相手の頭を掴み、首を捻ってまた跳ね飛ばす。

 決して殴ったりしない所は旅館にいる時と変わらないけど、その加減の違いは段違いだ。


 すべての動きが洗練され尽くしていてもう美しいとしか言いようがない!


 残り三人同時に襲おうが彼女を捕らえられはしなかった。

 あまりにも動きが速すぎて彼等じゃもう認識さえできないんだ。

 遠くで見ている僕がやっとわかるくらいなんだから。


 拳を受け止め、受け流し、そのまま地面へ叩きつけたり。

 殴る勢いをそのまま回転の力に変えて駒のように飛ばしたり。

 最後の一人は足を掬い取られ、全身を振り回されたあげくに放り投げられた。


 しかもいずれも致命傷を避けるようにやっていたのだから驚きだ。

 気付けば全員あっという間に地面に伏してうめき声をあげていたのだから。

 

「エルプリヤさん、大丈夫ですか!?」

「えぇ、レミフィさんに護衛でついてきてもらって正解でした。旅館の人々は戦闘能力がありませんからね。とはいえ、少し張り切り過ぎでしたでしょうか?」

「やり過ぎとは思わないけど……ちょ、ちょっと目立っちゃったかな」

「確かに!」


 有無を言わさず彼女達に手を出したのだから自業自得ではある。

 とはいえおかげで逆に周囲からの視線を一挙に浴びる事になってしまった。

 この調子だとすぐ警察とかがやって来かねないな。


「それじゃあ帰りましょうか。残って面倒が起きるのもイヤですし」

「はいっ! さあ皆さん、おうちに帰りましょう!」

「「「はーい!」」」


 さすがにエルプリヤさん達を公共機関と引き合わせるのは得策ではない。

 なのでふんわりとした雰囲気を見せながら僕達は場を後にしたのだった。




 こうしてエルプリヤさん達の日本文化との邂逅は終わりを告げた。

 男達に絡まれた事は気にしていなかったらしく、帰った後も大盛り上がりだ。

 少し警察がくるかもとか不安もあったけど来なかったし、問題無かったのだろう。


 ……とまぁそんな事もあって四日目、五日目も観光を繰り返すはめに。

 関東から離れる事はなかったけれど、連日の遠出はさすがに疲れたなぁ。

 という訳で、最終日までは我が家でゆっくりと過ごす事に。


 旅館営業再開まで残りあと二日。

 エルプリヤさん達の地球滞在はもうまもなく、おだやかに終わりを迎えようとしていた。

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