第39話 フェロちゃん、未知との遭遇

 ちょんとした角に薄緑の髪。

 堅部を覆う艶やかで柔軟な黒い鱗。

 そして足よりも長くて太い鱗尻尾に、鋭い爪を有した薄膜翼。


 そんな身体的特徴を持つ龍少女フェロちゃん、遂に地球へ初進出!


 ――いや待って待って待って!

 これはまずい、まずいでしょ!?

 だって異世界人だよ!? まず環境が合わないでしょ!?

 最悪、彼女が僕の家で死んじゃうかもしれないんだよ!?


 嫌すぎるでしょそんなの!!?


「イョヴェ? ユメジイーヨユージェダ」

「ごめん、何言ってるのかさっぱりわからない」

「ユメジ! ユメジ! ユメージィ!」

「フェロ! フェロ!」

「「ガッ!」」

「困りましたね、言葉も通じないし」

「なんとか意思は通じたよ!」


 ただ、今のところは一応異常無し。

 言葉が通じないのと、すぐに帰れないという問題以外は。


『本日の業務は終了しました。翌日の出勤をお待ちしております』

「やっぱりだめだ、勤務可能時間を過ぎていると従業員章が役に立たない! っていうかどうなの、この録音音声!?」

「仕方ありませんね、こうなったらエルプリヤさんに連絡を入れるしか」


 しかしこのままでいる訳にはいかない。

 どうやら姉さんはエルプリヤさんの電話番号を知っているらしい。

 という訳でさっそくかけてもらう事に。ちょっと桁数のおかしい番号が見えたけど。


『現在、この電話番号は電波の届かない所にあるか、エルプリヤに少し手の離せない事情があるため使用できません』

「ダメですね。この案内の場合、エルプリヤさんはきっとオ――」

「オ……?」

「……いいですか夢君、人は時に、何事にも譲れない選択を迫られる事があるんです。エルプリヤさんにとっての今がそれなんです」

「そ、そうなんだ……なら仕方ないか」


 けどどうやら頼みの綱も今回ばかりはダメみたいだ。

 となると、今日だけはフェロちゃんをうちでかくまうしかない。


 まぁきっと家にいる分には今のところ平気だろう。

 大気とか気圧、病気とかそういうのにさえ気を付ければそれで。

 あとは料理も、かな?


 なにせここは旅館と違って加護が無い。

 言葉の翻訳、あらゆる成分、大気の質などを各人に適応させる力が。

 だから何をするにも気を付けないと、些細な事でフェロちゃんの命にかかわってしまうんだ。


 その事はフェロちゃんも重々承知のはずなのに、一体どうして付いてきてしまったのか……。

 でも事情を聞こうにも、言葉がわからなければ話にならない。


「ユメジ? ジョアンイーテェ。テョッチテョッチ」

「ん、お腹をさすっている所を見るに『お腹が空いた』かな?」

「ッ!? いえ、違います。これは……『今、お腹であなたの子が』――はぶんッ!?」


 ついでに姉さんも話にならないので引っぱたいておく。

 安心してください、これも一種の大事な家族コミュニケーションです。


「参ったな、ほんとどうしよう……!」

 

 頼りの人も今は手が離せないし、身近な人も半分ポンコツだし。

 フェロちゃんもあの性格だから、ほっとけば何をしでかすかわかったもんじゃない。

 あまりにも頭の痛い問題が多過ぎて、思わず頭を抱える。


 せめて明日まで無事に過ごせればいいんだけど……。


「――あれ、お兄ちゃん、お姉ちゃん……?」

「「えッ!?」」


 だが世界は、時にいくらでも残酷になれる。

 そう、特に僕達のような不運まみれな一家には、ホンット容赦なく!


 なんか二階への階段前に、妹がいた。

 それも僕達を前にキョトンと立ち尽くして。


 でも僕達には寝耳に水状態だ。

 だって妹――幻花きょうかが今日帰ってくるだなんて一言も聞いていなかったのだから。


 けどだからって、よりによって今日じゃなくてもいいじゃないか!?

 フェロちゃんがうっかり来ちゃった今日じゃなくてもォ!?


「あ、あーきょうちゃんオカエリー」

「う、うん、ただいま……それで二人とも、その――」

「あー幻ちゃん! 大学卒業おめでとう! お兄ちゃんは嬉しいよ!」

「それはもういいとしてその――」

「ユメジ? イトパァ、ウェイオ?」

「しゃ、しゃべったあ!? 動いたあ!?」


 そして速攻で見つかった。

 もう隠すも何も、隠しようがないよね等身大の龍人なんて。


「……ダメだ、もう幻ちゃんがいた時点でムリゲーじゃないか」

「仕方ないですね。もうこうなったら……消すしかありません。記憶を」

「え、ちょ、お姉ちゃん一体何を言って……!?」

「夢君、ちょっとピカッてやってください。従業員らしく」

「ありませんよそんなの。一体どこの諜報部の従業員ですか」

「え、だってフェロちゃんの秘部を探ってますよね、毎日」

「なんで知ってるんですか。エロ諜報員なんです? あとあれは不可抗力です」

「見紛う事無きお兄ちゃんとお姉ちゃんだわ! それでこそ幻花のお兄ちゃんとお姉ちゃんよ! ううん間違い無い!」


 それはともかくとして、僕達の事はしっかり認識してくれたらしい。

 さすが幻ちゃん、僕らと違ってとても賢い可愛い。

 伊達にがんばって一流大学を卒業した訳じゃないね。


「それでは二人とも、幻花はその謎生物の正体についての説明を求めます」


 という訳で幻ちゃんが僕達の対面に座ってから話が再開する事に。

 なんだかこのシチュエーション、とてもデジャヴを感じる。


「フェロちゃんは異世界の女の子です」

「何を馬鹿な事を。そんな嘘を付いてもダメです。いくらお兄ちゃんがロリ獣人娘との異種姦LOVEでも、そんないたいけな異国少女にコスプレさせて遊ぶなんてそんな」

「違うんですよ幻ちゃん。ほら見てみなさい。この立派な鱗や翼、あと尻尾。とても美味しそうに見えませんか?」

「だからお兄ちゃんはその子の秘部を探っているんですね。そんなに鱗娘が好きなんですか? ツヤツヤな所がいいんですか?」

「姉さんンンン! 話をややこしくしないでェェェ!」


 まずい、これはとてもまずい。

 本来味方なはずの姉さんがとても足を引っ張っている!

 幻ちゃんはちょっと妄想癖が強いから、下手な事を言うと話が余計こじれるんだ!


 理系出身なのに妄想癖が強いって、それはもうサイエンス・ファンタジーなんよ……!


「いいですか二人とも。異世界なんてものはまず存在しません。先に平行世界の論理から簡単に説明すると四次元ベクトルとの相関性を基軸に――」

「ごめん幻ちゃん、僕達文系なんだ。だから論理よりもまず事実を見て欲しい」

「ではサンプルを得るためにもまず解剖から始めましょう」

「始まりから怖いわ! それとできるの!? このいたいけな少女を解剖って!」

「必要なら」

「どこから取り出したのそのゴム手袋!?」

「いけないわ、幻ちゃんが大学を乗り越えた事でさらに強大な力を得たんだわ!」

「そ、そんな……高卒の僕らでは届かない領域に幻ちゃんは、いる……!?」


 だが僕らの幻ちゃんは想像以上にサイエンス・ファンタジーとなっていた。

 いつの間にかメスまで取り出しているし、冷酷そうな半目で見下しているし。

 言葉が通じないフェロちゃんでも、その恐ろしさを前には震えるしかなかったんだ。


「では異世界を証明するために犠牲となってもらいましょうか。フヒ、フヒヒヒッ!」


 ゆえにこの時、僕らは大学というものに恐怖を抱かざるを得なかった。

 あの優しくて賢い可愛い幻花ちゃんをこんなマッドサイエンティストに変貌させるなんて、まるで人格改造じゃないかって。知らないけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る