第35話 僕が助けた子どもに出来る事は

 このまま旅館に置き、不本意のまま故郷を忘れて生きてもらうか。

 何も知らないまま故郷の地に置き去りにされ、仲間と共に逝くか。

 僕達が救助した子の行く末はあまりにも不憫過ぎた。


 だからこそ僕は導き出したい。

 あの子が少しでも納得できる、不幸の少ない結末を。


「そこで閃いたんですけど、子どもじゃなく旅館の方をどうにかできないかって」

「え、旅館の方を?」

「うん。旅館がこの地に長く滞在できれば、この子が起きるまで待てるよね? だったら、そっちの手段を探してみてもいいんじゃないかって思ったんだ」


 正直な所、まだ不安しかない。

 素人丸出しの提案かもしれないし。


 それでも言わずにはいられなかったんだ。

 少しでも多くの提案をひねり出して、別の答えを導き出したかったから。


「……旅館の転移を止める、ですか……ふむ」

「何かありますか?」

「無きにしも非ず、ですね」


 すると思っていたより好感触な答えが返って来る。

 しかもエルプリヤさんは頭に指を充てて「ムムム」と考え始めた。

 きっと今頃、旅館のルールに関する膨大な知識を漁っているに違いない。


 だから僕は――僕達は静かに彼女の答えを待ち続ける。

 きっとこの場にいる皆が同じ想いだったのだろう。


 そうして皆が期待する中、満を持して遂に答えが解き放たれた。


「……あります。旅館の転移を止める方法が、一つだけ」

「「「ッ!?」」」

「それは、『忘れ物』です」

「忘れ物……?」


 ただ、それはちょっと不可解な答え。

 思わず皆が首を傾げるほどの。


「お客様が忘れ物をしてお帰りにならなれると、どうしてもお客様と忘れ物に繋がりが生まれてしまいます。特に大事であれば大事であるほど」

「あ! でも旅館はその繋がりを自ら断ち切れない!?」

「そうです! ゆえに旅館はその繋がりを極力切らないために、できる限り顧客が出て行った時と同じ環境を維持し続ける〝習性〟があるのです!」

「「「おお!」」」


 でもどうやらその仕組みは至って単純だった。

 お客の事を大切に思う旅館だからこその、とても優しくて律儀な。


 とはいえ、必ずしもすべてが思い通りとはいかないみたいだけど。


「しかし制約もあります。より大切な物でなければ繋がりはすぐ自ら切れてしまいますから。『あれを忘れてしまったけど、まぁいっか』と思える物ではダメですね」

「つまりよほど大事な物でなければならないんですね」

「そうです。しかもこれにはペナルティもが存在するのです」

「えっ、ペナルティ?」


 思った以上に制約が厳しい。

 やはり異世界の旅館を止める訳だから、それなりにリスキーでもあるみたいだ。

 じゃあ一体、どんなリスクが待っているっていうんだ……?


 ま、まさか、砂にされて記憶を消されるとか!?


「しばらく出禁になります」

「割と優しかった旅館ペナルティ!」

「わ、私や旅館にとっては断腸の想いなんですぅ!」


 お、思ったより親切でした、旅館えるぷりや。

 なんだかもっと好きになりそうですよ、ここ。


「ですが出禁期間はとても長いです」

「えっ、ま、まさか」

「一日忘れると一ヵ月。二日忘れると四ヵ月。そして最長の三日忘れでなんと十一ヵ月も!」

「な、なるほど」(そこまで長くない……)


 ただまぁ一年近くともなると寂しくはなりそう。

 とはいえ我慢できるかといえば充分できそうな期間だと思う。


 だったら、そのリスクを負う事は別に怖くもなんともない。


「なら僕が忘れ物をして帰ればいいんですね」

「えっ!?」

「それで三日忘れれば、この子はその間に起きて意思を伝えられる。そうすれば万事解決です」

「そ、それはそうですが……」

「僕はこの子が最も望む形でいさせてあげたいんです! その為にならそんなペナルティぐらい屁でも無いですよ!」

「そ、そう、なんですね……」


 ごめんよエルプリヤさん。

 君はお客が減って残念かもしれないけど、僕はそれでもこの子を守りたい。

 救ってあげたのだから、最後まで責任を取ってあげたいんだ。


「だから僕はこの子のために、大事な物を忘れて今すぐチェックアウトします!」


 だって一年待てば、またいつも通り君に逢いに行けるから。

 なら僕はまったく怖くなんて無いよ。


「……そこまで言うなら、わかりました。ですが一つ問題が」

「なんでしょう!?」

「夢路さん来た時ほぼ全裸でしたけど、大事な物って今あるんです?」

「あ"ッ!!!!!」


 ――すいません、怖い物ありました。

 そうでしたね。僕何も持って来ていませんでしたね。


 アアアァァァァァァァァァァ!!!!!

 せっかくいいとこキメたのに台無しじゃないかあああああ!!!!!


 ダメだ落ち着け僕!

 そうだ、パンツがいい! 最後の籠城パンツがあるじゃないか!

 あれならきっと思い出深いはず! 姉さんとの攻城戦に耐えた猛者だぞ!


 なら僕はコイツを一生履き続ける覚悟で……!


「んもぉ、仕方ないなー夢君は」

「えっ?」

「なら、お姉ちゃんがあなたの大事になって、あ げ る」


 けどこの時、姉さんが意味のわからない事を言い始めた。

 まだ少し意識が混濁しているのか、まるで酔っ払いみたいな事を。


 いや、違う。これは――


「エルプリヤさん、あたしが夢君の忘れ物としてここに残るってできますか?」

「姉さん、何を言って……」

「多分、逆をやってもダメだと思うんですよねー。私は招かれざる客だから。けどそれなら逆に物扱いができるんじゃないかなって」

「ま、まぁ一応それはできますが、でも……」

「平気平気。適応力だけは誰よりもあるつもりですから。夢君もあたしの事、信じて欲しいな?」


 姉さんはもうすべてを理解したんだ。

 僕の想いも、エルプリヤさんの悲しみも、この場の皆の願いも。

 その上で自分も犠牲になろうって言ってくれている、のだと思う。


 だったら。


「……なら姉さん、僕が出禁解除されるまで性欲を抑えられますか?」

「それが愛する弟のためなら」

「ここの人達と仲良くできますか?」

「健全にやると約束します」

「エルプリヤさんにもう迷惑かけないでくださいね?」

「ふふっ、そりゃもう!」


 もう言う事は無い。

 僕は彼女の家族であっても、保護者ではないのだから。


 そして僕の事を想ってくれているなら、むしろその意思を汲みたい。


「ならエルプリヤさん、姉さんの事、よろしくお願いします」

「……わかりました。夢路さん、しばしの間どうかお元気で」

「うん。それとよければその子を色々と助けてあげてください。では……皆さんも、後はよろしくお願いいたします!」


 だから僕は、僅かな間の別れを願うよ。

 この場にいる人達がもっとも相応しいと思える結果を呼び込めるようにと。




 ……こうして僕は姉さんを残したまま旅館えるぷりやを後にした。

 一年近いペナルティを受けるためにも、あえて姉さんや旅館を思い出さないと心に誓って。


 三日もあれば皆がきっとすべて上手くやってくれると信じているから。

 それをしのげば、後はただ待つだけでいいんだってね。

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