第33話 異世界の寒冷地帯はとても過酷でした

 せっかく子どもを助けられたのに、今度は姉さんが命の危機に瀕してしまった。

 おそらく、体を守ってくれる防寒具の効果が切れてしまったのだろう。


 僕の方はまだ全然効果が残っているのに、なんで!?


 ――でもこの時、僕はふと気付いてしまったんだ。

 僕にあって姉さんにないものを。


 それは旅館への適正。

 姉さんは僕と違って旅館に呼ばれた訳でも無いし、行こうとした訳でもない。

 そもそも来客としてノミネートもされないイレギュラーな存在だ。


 だからきっと旅館の加護がほとんど効かない。

 それで必要以上に力を浪費し、すぐに効果が切れてしまったのだと思う。


 そうなると、僕が蓑を渡してもきっと無駄。

 その蓑もすぐに効果が切れ、共倒れとなってしまうだろう。

 それに僕の分だって、招待客じゃない子を抱えているんだから時間の問題だ。


 つまりもう打つ手が無い……?


「――いや、方法はまだあるッ!」

「ゆめ、くん……? あっ!?」


 けど僕は咄嗟に姉さんの両腕を掴み、即座に大窓へと押し付ける。

 さらには腕も脚も重ねるようにして、その身体を挟み込んだ。


 大窓なら雪がしっとりするくらいの温度がある。

 これならすぐ凍死には至らないはずだ!


「ゆ、夢君、これって!?」

「呼吸もできるだけ抑えるんだ! ここの大気が人間と合っているかもわからないから! これから僕が大窓の上で引きずって連れて行く!」

「ッ!?」


 確かに、適正の無い人を蓑に入れれば力を失いかねないだろう。

 でもね、着ないでその効果を享受する事だってできるんだ。

 こうして僕自身が壁になって、正面と背中を覆う事によって。


 あとは時々大きく息を吸って、姉さんに口づけで空気を送る。

 その上でずりずりと窓を伝って入口へ向かえばいい。


 もちろん、このままではきっと浴場エリアを過ぎた所で詰むだろう。

 そんな事は誰にでもわかる事だ。


 けどこれは一時凌ぎで充分。

 あとは、僕達に続く人が来てくれれば……!


「ゆめじーーーーーーっ!!!」

「夢路様ぁ~~~ん!」

「き、来た!」


 そして案の定、助けが来てくれた。

 この声からして、ピーニャさんとメーリェさんだろう。


 エルプリヤさんが来れなくとも、従業員なら来られる。

 しかも彼女達なら僕以上に施設に詳しいはずだから、すぐ辿り着ける、すぐ助けに来てくれるって信じていたんだ。


 なら後は姉さんと子どもを、彼女達の装備へと入れてもらえばいい。

 帰るだけならそれでも耐久時間が持つはずだから。


「ゆめっアッーーーーーーッ!」

「あ、ちょピーニャちゃアァァァァーーーーーーッ!」

「えっ……」


 けど直後、なぜか二人の声が聞こえなくなった。

 今の叫びを最後に、気配まで消えてしまったんだ。


 ……もう絶望しかない。

 唖然とするばかりだ。

 後続が来る気配も無くて。


 そして悟るのだ。

 僕達はもう助からないんだって。


 すべては僕の招いた失敗だ。

 ただ人を助けたいと思って、何も考えずに飛び出して。

 その結果、姉さんもピーニャさんやメーリェさんも巻き込んでしまった。


 後悔が、懺悔が溢れ出て来る。

 姉さんも子どもも救えない事への無念さから。

 なんて浅はかで愚かだったのだろうって。


 いっそこんな異世界の子どもなんて救おうと思わなければ良かったんだって。

 本当に、なんて間抜けなんだ僕は。


 ああ、寒くなってきた……。

 防寒具の効果が切れたみたいだ。

 姉さんも息を荒くしているから、もう限界らしい。本当にごめん……。


 エルプリヤさんもごめんなさい。今までご迷惑をおかけしてしまって。

 僕はどうやらもうここまでのようです。




 こうなるならいっそ、一度だけでも君と――




 ――そう思い思いのままで眼を閉じようとした、その時だった。


 突如、視界が光に包まれる。

 遥か景色の先、旅館との境から溢れた光に。


「えっ?」


 しかもその光が筋状となり、振り向いた僕の視界を水平に貫く。


 それだけじゃない!

 光の筋が吹雪をも吹き飛ばし、さらには立ち昇って雲まで切り裂いた!?

 僕達の頭上が一瞬にして青空になってしまっただって!?


 するとその途端、僕達をも煽る突風が吹き荒れる。

 それを窓にくっついて必死に堪えしのいだのだけど。


 そうしたら今度は誰かが旅館の影から現れ、再び輝きを放つ。


 なんてすさまじい威力なんだ!?

 また光がほとばしれば一瞬で僕らの周囲の雪が溶けてしまった!

 蒸気まで発しているし、地表の黒土まで露わに!?

 もう寒いどころか一気に温まってしまっているーっ!


「夢路さん! ご無事ですか!」

「その声はまさか、エルプリヤさん!?」


 それで光が収まれば、発射元にはあのエルプリヤさんの姿が!?

 じゃ、じゃあまさか今の光って……。


 ――それはともかくとして、ひとまず姉さんの頬をはたいて意識を呼び戻す。

 足はまだおぼつかないけど、それでもしっかり手を引いてエルプリヤさんの下へ。


「お、おかげでなんとか無事です。それにしても、今の光って一体……?」

「女将ビームです!」

「女将ビーム!?」

「この旅館の女将だけが代々使える秘伝の必殺技なんですっ!」

「暴力がご法度な旅館なのに必殺技あるの!?」


 言っている事がツッコミどころだらけで色々とおかしい。

 しかし助かったのも事実だし、もうエルプリヤさんには頭が上がらないよ。


「ですが悠長にもしていられません。大気も適応化させておきましたが、すぐに元通りになるでしょう。なので早く旅館へ戻りませんと」

「そ、そうですね! 姉さん、走れる?」

「う、うん、なんとか。頭痛いけど大丈夫」


 でもエルプリヤさんの言う通りなら、こんな問答なんてしている暇は無い。

 ゆえに僕達はエルプリヤさんに守られつつ、急いで場から立ち去ったのだった。


 途中で反り立った細長い何かと、ジューシーな香りを放つ黒い物体が転がっていたけど、きっとこの世界の動物か何かに違いない。

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