第31話 姉さんはもはや見境ない

 姉さんへの説明を終えた所で、ひとまず部屋の外へ出てもらう事に。

 おかげでとりわけ問題を起こす事もなく食事処まで辿り着けた。


 するとまるで図ったかのようにゼーナルフさんの姿が。


「いよう夢路君、今日は早いねぇ!」

「リ、リザードマァンッ! ホンモノォ!」

「んん……!? もしかして彼女が噂の問題を起こした人かい?」

「えぇそうです。僕の姉さんで現美って言います」

「ほほう。俺はゼーナルフだ。よろしくな現美さん」

「はひっ!」


 どうやらこの人も先日の事件の事を耳にしているようで話が早い。

 それでせっかくだからと食事に誘おうとしたのだけど。


 なんかもう姉さんがゼーナルフさんに体を寄せていた。


「あのぉ、もしかしてここにあるモノ、見せてもらえたりします……? はぁはぁ」

「姉さーん!?」

「な、なかなか積極的だねぇ、君のお姉さん……」


 もう、あれほど性欲を抑えろって言ったのに!

 さすがのゼーナルフさんもこれにはドン引きだ。

 押すのは好きでも、押されるのは苦手らしい。


 そこで頬に一発平手打ちを打ち込んで正気を取り戻させる。

 しかしこれは暴力ではない、家族の愛だ。


「ごめんね夢君、姉さんもう我慢できないみたいです」

「まだ部屋から出て五分も経ってないけど?」


 まぁなんとなくこうなる事は予想していたけれど。

 ゼーナルフさんも苦笑いしつつ理解を示してくれているから良かった。


 それで僕達は少し姉さんを慣れさせるために三人で食事処へと入る。

 異世界料理でも食べれば少しは気が逸れるかなって。


 ただ姉さんは料理自体にはあまり興味を示さなかった。

 どれを見ても「ふぅーん」と唸るばかりで、結局はゼーナルフさんのオススメを選んでいたし。

 今では紫色の汁を口元から滴らせて僕達の会話を聞いている。


「そういえば今日レミフィさんは?」

「レミフィは一泊予定らしい。まぁ会うとどうなるかわからんから今日はやめておいた方がいいぞ」

「ですね。姉さんがいるし」

「まるであたしが問題を起こすみたいな言い方ですね。それでそのレミフィさんという方はどんな方ですか?」

「ウサギの獣人で僕の事を好きになってくれた人です」

「バニー娘ッ! しかも夢君の恋人ッ!?」

「多分想像とまったく違うから変な妄想しないように」


 でもこうして人の話になるとがっつくのはお決まりだ。

 もう男女見境無いんだね、この人……。


 とはいえ、一度仲良くなるとそこまでがっつきはしないらしい。

 今ではゼーナルフさんに今食べていたものを「はい、あ~ん」ってやってるし。

 なんだかんだでゼーナルフさんも照れつつ口で受け止めているし、まんざらでもないのかもしれない。


「それで夢君、食後はどこへ行きますか?」

「大浴場でまず体を洗わないと。姉さん、昨日からお風呂入ってないし」

「もう個室風呂で洗った方がいいんじゃないか? 彼女の性癖だと大浴場に行ったら大変な事になりかねないが」

「それを無理矢理抑え込みつつ慣れさせる荒療治をしようかと。もしよかったらゼーナルフさんも協力してくれると力強いです」

「あたしをまるで依存症みたいに言わないでください。そう診断されましたけど」

「それもう間違い無いじゃないですか」


 それで朝食も済ませ、大浴場へと赴く。

 ゼーナルフさんも協力してくれる事になったし、きっともう平気だろう。


「ここは混浴ですが水着は着用してもらいます」

「大丈夫です。さすがに見知らぬ人に恥部をさらけ出すような趣味はありません」

「ほ、本当かそれ……?」


 それでさっそく水着に着替えて洗い場へ。


 やっぱり洗剤に驚いているし、血は争えないなぁ。

 超強力洗剤のおかげで艶やかとなった肌にも感動しているみたい。

 わかるよその気持ち、この洗剤は買って帰りたいくらいに効果てきめんだし!


 そんな経緯を経て、ようやく湯舟へと浸かる。

 三人並んで冬景色を眺めながら「あ"~~~」って唸っています。


「ここ、いいですね。なんだか思っていた以上に煩悩が削がれていく気がします」

「うん、この温泉はそういった気分も洗い流してくれるすごい所だよ」

「お、わかってるねぇ。その通りなんだよ、この湯の効能は心にも作用するのさ」


 別に僕はこの湯の効能を調べた訳じゃない。

 けど何度か入っている内に、何となくそう気付いたんだ。


 というのも、今の湯舟はいつかレミフィさんと一緒に入った温泉。

 あの時に下心無く抱き合えたのはこの湯の効能のおかげだったんだってね。


「他にも古傷に効く温泉、病を治す温泉、嫌な事を忘れさせる温泉とか色々あるぞ」

「いつかどれも試してみたいなぁ」

「いやいや、試さん方がいいんだ。そんなのを使わん人生が一番いい」

「あははっ、確かにその通りだ」


 さすが広いだけあって、温泉の種類も実に豊富。

 体から心に作用するするものまで、効能も全部違うし。

 実際に利用しなくとも、種類くらいは覚えたいと思えてならない。


 でも今はこの湯で充分だ。

 あとは冬景色――猛吹雪の荒れ狂う外を眺めて風情を楽しむとしよう。


 それにしても外は本当に大荒れだ。

 先が見通せないくらいなので、ちょっと美観に欠けるか。


 ……というのも、ゼーナルフさんいわく、窓の外は旅館の領域ではないらしい。

 この旅館はつど転移し、あらゆる世界を渡っているのだそう。

 つまり僕達は今、旅館えるぷりやという異世界にいながらも、また別の異世界をも見ているという事になる。


 そう聞くと俄然興味が湧く。

 次に大浴場に来るのが楽しみになって仕方がないよ。

 今度はこんな猛吹雪の景色じゃなければいいんだけどね。


 ――だなんて思っていた時だった。


 突如、景色を映していた窓に「ダァン!」と何かが当たる。

 それに驚き、ふと目を凝らしてみたのだが。


 なんと窓に、掌が乗っていたのだ。


 でもその掌はずるりと窓を伝って落ちて、雪に消えた。

 それでもうすぐにも見えなくなってしまって。


「夢君!? 今の!」

「うん、見えた! これはまずいぞ!?」

「お、おいお前等!?」


 それからはもう無我夢中だった。

 適当に体を拭き、走りながら浴衣を羽織ってエルプリヤさんの下まで走る。


 急がないと、今の掌の主が死んでしまうかもしれないと思ったから。


 あの掌は間違い無く人のものだった。

 種族こそわからないけど、明らかに意思があったんだ!


 まるで「助けて」と訴えているかのように。

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