第26話 エルプリヤ イン ファミレス
エルプリヤさんが僕の家にやってきた。
それでせっかくだからと、一緒に食事へと行く事になったんだ。
とはいえ、僕には甲斐性がまだ無い。
なので行けるとしても近くのファミレスくらいが限度だ。
それに激音を鳴らしたエルプリヤさんのお腹に応えるためにも、これ以上待たせる訳にはいかないし。
という訳で辿り着いたのはファミリーレストラン『コッコーズ』。
僕もよく寄る、リーズナブルでメニューも多いチェーン店の一つだ。
それでさっそく席へつき、グランドメニューをエルプリヤさんに手渡す。
注文用タブレットもあるのだけど、パッと見せるには紙の方がいいかなって。
「ここに書いてある物は全部食べ物です。お口に合う物があればいいんですけど」
「その点は問題ありません。私にはありとあらゆる食事が摂れるようになっておりますから。なんなら毒などでも平気です。すべての魔法、状態異常、不具合もろもろ通用しないようになっていますので」
「す、すごいね……だからジニスさんの突風も効かなかったんだ」
「はい。すべては女将パワーの成す所です!」
「女将パワー!? なんか新しい概念きた!」
幸い、エルプリヤさんに制約は無いらしい。
さすが異世界旅館の女将だけあって色々と規格外である。
それはともかくとして。
僕も夕食がまだなので、エルプリヤさんが広げるメニューを見て自分の分を決めておこう。
食べ慣れているし、適当でもいいかな。
「ふむふむ、いずれもちゃんとどのような食べ物かわかりやすくなっているのですね。これはとても親切だと思います」
でも当のエルプリヤさんは品定めよりもまずメニュー表の造りが気になっている模様。
さすが女将さん、旅館を盛り上げる事に余念が無い。
「夢路さん」
「なんですか?」
「このセットと単品の違いは?」
「おかずが同じで、セットメニューがあるかないかの差ですね。ご飯とか」
「ふむ。ではなぜこの細かいメニューが先に載っているのでしょうか?」
「え……なんでだろう? ポテトとか軽くつまみたい人が多いから、かな?」
というか僕が知らない事まで聞かれるとさすがに迷う。
なのでとりあえず思い付く限りの事を応えてやり過ごしてみたのだけど。
どうやらそれだけで満足したらしく、ぱたりとメニューを閉じていて。
「まだわからない事も多いですが、わかりました」
「じゃあ注文しようか。何が食べたい?」
僕も注文用タブレットを手に取り、ササッと僕の分だけ入力。
あとはエルプリヤさんの答えを待つ。
「全部でお願いします」
でも一瞬、「耳がおかしくなったかな?」って自身を疑う。
それでつい思わずエルプリヤさんを二度見までしてしまった。
「書かれている物を全部、でお願いします」
「冗談、ですよね?」
「いえ。セットメニューと単品も重複して頼んでもらえますか?」
「中身同じ物ですけど?」
「えぇ。リサーチには量差の調査も欠かせませんから」
だが彼女は本気だ。本気ですべてを頼もうとしている。
一晩でファミレスを食べ尽くそうとしている!
いいのかこれ!? 本当に!? 信じても!?
葛藤がすさまじい。
現実と異世界の狭間で僕は今存分に悩んでいる!
イタズラだと思われかねない行為への羞恥心と、タブレットですべての注文を行う手間に苛まれて!
……そして僕は迷った挙句、決断したのだ。
「お客様、お呼びでしょうか?」
そう、いっそ店員を呼んでしまえばいいのだと。
やってきたお姉さんにすべてを託してしまえば。
これで断られるなら諦めも付く。
(すみません、冗談みたいな話で大変恐縮なんですけど、このメニュー表にある料理、すべて注文できますか?)
「えっ……」
(本当に食べたいそうなんです、向かいの女性が!)
「ええっ……!?」
(できますか!? できませんか!? 支払いは大丈夫ですから!)
「や、やってみます!」
そして店員のお姉さんは実に親切だった。
僕の小声にもしっかり対応してくれたし、少し焦りながらもメモ書きに「ぜんぶ」って本当に書いてくれていたし。
「あと、僕の分のからあげ定食も一つお願いします」
「はい、わかりました。そ、それでデザートは食後にいたしますか?」
「他のものと一緒でかまいません」
「「一緒!?」」
でもそんな店員さんに、エルプリヤさんが容赦なく追い打ちをかける。
この人も今すごい葛藤してるだろうなぁ、自分も山ほどのデザートを造らないといけないし。
「それでドリンクバーはどうなさいますか?」
「ドリンク、バー……?」
「ドリンク飲み放題のサービスですよ」
「飲み放題……!? そんなものがあるのですか!? それは挑戦しなければ!」
「なら二人分お願いします」
「かしこまりました。では結構お時間をいただく事になりますが、えっと、お待ちください」
しかも規格外の注文量だからもうテンプレ台詞も通用しない。
店員さんもとりあえず思い思いの言葉で繋いで、何とか受けてくれた。
それでさっそくドリンクバーを利用する事に。
エルプリヤさんを連れてサーバーの前へとやってきた。
「このグラスを使って好きな飲み物を注いでいいんですよ。僕はとりあえずオレンジジュースでも」
まずは僕が手本を見せる。
いつも通り棚に収められたグラスを注ぐ、ただそれだけ。
「なるほどなるほど、そうやって注ぐのですか。それにしても流量が少ないですね。内部にいる精製生物の状態も気になります。ふむ、そうやって産出量を絞る事で低コスト化・負担減にし、低料金の採算を取る訳ですか」
「何言ってるかよくわからないけど、多分そうです」
するとエルプリヤさんがドリンクサーバーに興味を示した。
ただちょっと勘違いしている感じもするけど、深い事はもう気にしないようにする。
「グラスはお一人一つなのですか?」
「基本はそうだけど」
「少し効率が悪いですね。でしたらこうしてはいかがでしょう?」
「えっ」
しかし次の瞬間、エルプリヤさんがとんでもない暴挙をしでかした。
直後にさっきの店員さんへ相談し、なんか戻って来る。
それで何を思ったのか、グラスを収納ケースごと棚から抜き出し、幾つも何種類も注ぎ始めたのだ。それもすさまじく速い手さばきで。
んでもってケースごと抱えて席へ戻るという。
これには周囲も視線を奪われてならなかった模様。
なにせ綺麗な着物を着た女性が軽々とドリンク満載のグラスケースを机へと運んでいたのだから。
「不足分は後で補填しましょう」
「これでも足りないの!?」
「ええ。リサーチには回数も欠かせませんから」
「君の体、どうなってるの……」
だがもう僕の声は彼女には届かない。
リサーチとやらに夢中となり、遂にはペンとメモ帳まで取り出していて。
そんな時、彼女の手がすかさずグラスの一つに伸び、素早い動きで飲み物を口へ「ちゅっ」と一含み。
んでもってメモをカリカリと書き取りながらグラスは元の場所へ。
でもよく見れば、戻されたグラスの中には何も残っていない。
つい覗き込んでみたら、やっぱり雫くらいしか残っていないのだ。
「待って、飲むの速くない? 一秒も掛けてないよね?」
「この量ですからね」
「いやそれよりもどうやって飲んでるの? グラスほとんど傾けてないけど?」
「どう、ですか……えっと、表面張力の賜物です」
「その言葉だけで片付く理由がまず思い浮かばない!」
なお、こうして話している間もエルプリヤさんの手は止まらない。
次々とドリンクが彼女の口に吸い込まれ、メモがスラスラ埋まっていく。
その脅威のトリプルタスクを前に、僕だけでなく周囲の人もが釘付けだ。
動画まで撮られてるけど、本当に大丈夫なのか……!?
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