第18話 ピーニャさんの代わりはすごい人(?)でした

「とても困りました……どうしましょう」

「あれ、エルプリヤさんどうしたんです?」

「あっ、夢路さん!」


 宿場町を一回りしてから旅館に戻ってきたのだけど。

 入って来て早々、玄関には頭を抱えたエルプリヤさんの姿が。


「実はピーニャさんがディスカウントストアで遭難してしまったそうでして」

「あ、うん、僕現場に居合わせたから知ってたり」

「そうなのですね。ああ、夢路さんが無事で良かったです……」


 その悩みの種はやっぱりピーニャさん。

 いつの間にか迷子の話がここに伝わっていたようだ。

 もしかしたら僕も一緒だと思っていたのかもしれない。


 だからか僕が戻った今は一安心できたようで、笑顔を浮かべている。

 でもピーニャさんの事をちっとも心配していなさそうで内心とても複雑だ。


「しかしこうなるとおそらく一、二ヶ月は出てこれないかなと」

「一、二ヶ月!? それ本当に大丈夫なの!?」

「食料だけは周りにありますからね。支払いがかさむだけで問題無いと思います。これでもう七度目ですし」

「七度目!? そろそろ学習して欲しい!」

「まったくです!」


 まぁ彼女はバイタリティだけは人一倍ありそうだし、きっと平気なのだろう。

 その元気をぜひとも学習意欲に回してもらいたい所だけど。


 ただ、エルプリヤさんの悩みはそんなピーニャさんの事だけではないらしい。

 何やらまた顎に手を充てて悩み始めていて。


「ですがそうなると夢路さんの担当がいなくなってしまいます。それはまだちょっと不安なので誰か付けてあげたいのですが……実は適任者がおられなくて」

「手空きの方がいなければ無しでもかまいませんよ?」

「そういう訳にもいかないのです。まだご利用二回目ですし、当館も迷われたら生きて帰れませんから」

「ここ意外と怖かった!」


 僕にはどうやら担当者がまだ必要だそうな。

 つまり一期一会の機会がまた訪れたという訳だけど……「適任者」がいないというのが少し気にかかる。

 それってもしかして相性が悪いとか、性格が合わないとか?


「でも僕、適任じゃなくても平気です。迷いさえしなければいい訳ですし」

「そ、そうですか? いや、でもやっぱり夢路さんには満足していただきたいですし……悩ましいですぅー!」


 ――でもそんな事よりエルプリヤさんの悩む姿の方がずっと気になる。

 着物姿で地団駄を踏む様子がもう可愛くて微笑ましいよ。

 いつまでも見ていられそう、このプリプリ顔。


「……ふぅ。しかし悩んでいても仕方ありません。ここは妥協して夢路さんの好意に甘える事にしましょうか。少々お待ちくださいね。ムムム……」


 しかしそこはやはりこの旅館の女将さんかな、気持ちの切り替えがとても早い。

 すぐにも両こめかみに指を充て、何か唸り始めた。

 もしかしてこの人、思念波みたいなものが送れるのかな?

 さすが異世界、なんだかすごい。


「……手配ができました。すぐにでも来られますので少々お待ちを」

「どんな人が来るか楽しみだなぁ」

「ご安心ください。ずっと経験の多い方ですからきっと不便は無いはずです!」


 それにエルプリヤさんもなんだかすごい自信だ。

 もしかしてピーニャさん以上にムフフな事が起きたりしちゃって……!


 ――だがこの瞬間、僕の背筋が凍り付いた。


 悪寒が走る。

 恐怖がにじむ。

 得も知れない気配を不意に感じ取ってしまって。


 途端、「じゅるり、うじゅるり」と鈍い音がしたのだ。

 それも耳元で、生温かさえ感じさせながら。


 動けない。

 恐怖で体がすくむ。

 視線を動かすのでもうやっとってくらいで。


 それでも僕は、ただ首を「ギリリ」と向ける。

 その恐怖に誘われるかのように。


 そして垣間見るのだ、その存在を。

 天井に貼り付いた、想像もしえない謎の物体を。


 それは紫色の何か、だった。


 まるで植物の蔓のような物が巻き付いてできたようなもの。

 しかもいずれもテラテラと光沢を放ち、今にも粘液が垂れてきそう。

 そんな物の先端が何本もぶらさがり、僕の耳元で「ピクリ、ピクリ」と跳ねている。


 そう、これは触手というやつだ。

 グネグネと自由に動く、太くて人の体さえ簡単に捕まえてしまうやつ……!


 その肉塊が今、僕のすぐ頭上に控えているーーーッ!!?


「この方はロドンゲさんとおっしゃいます。会話能力はほとんどありませんが、意思をちゃんと汲んでくださるので心配ありませんっ!」

「へ、へぇ~……ロ、ロドンゲさん、よろしくおねがいし、します」

「うじゅるり……」


 ――適任者ってつまり、こういう事!?

 容姿とかそういうレベルじゃなくて生物構造的な話だったの!?


「実はロドンゲさんは当旅館の人気従業員のお一人なのです。いつも好評価をいただいている自慢の方ですね!」

「人気なんだ!?」

「はいっ! 特に女性の方に大人気で、普段は引っ張りだこでして。いつもその濃厚で手厚いご奉仕に感謝さえいただくほどなんですっ!」

「それ一体どんなサービス受けてるんですかね……!」


 さすがにここまでは予想していなかった。

 まさか人外があてがわれる事になるなんて思ってもみなくて。

 すごい方ではあるんだろうけど正直、恐怖しか感じない。


 そう恐怖に駆られて立ち尽くしていたら、不意に僕の髪へ触手が当たる。

 その瞬間にまた悪寒が走り、つい鳥肌が立ってしまった。


 するとなぜかロドンゲさんの紫色の肌が青色に!?

 どういう事なのこれぇぇぇ!?


「おや、そうですか」

「え、何?」

「あ、ロドンゲさんは体の色で感情を示すんですよ」

「じゃあもしかして僕、何かまずかった……?」

「いえ。ロドンゲさん、夢路さんの事がとても気になるそうです」

「そ、そうなんです!? この色そういう事なの!?」

「はいっ! よかった、気に入っていただけたみたいで」


 ただ幸い、僕が恐怖を感じている事を悟られた訳ではないらしい。

 むしろ気に入られたってどういう事!?


 すると先の通路に「ドチャリ」と肉塊が落ちる。

 それで触手を「ヒュンヒュン」と振り回しながら、ゆっくり奥へと蠢いていった。

 きっと「ついてきて」って言ってるんだろうね……。


 なのでここは潔くついていく事にする。

 嫌われてあの太ましい触手で何かされたらどうなっちゃうかわからないし。

 それにせっかく充ててくれたエルプリヤさんもガッカリさせたくないし、ね。


 でも心の中でだけ敢えて言わせてもらう!

 これもう不安しかなぁーーーーーーい!!!!

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