第6話 また来ましたよ異世界旅館!
あの異世界旅館えるぷりやに泊まってからもう一ヵ月が過ぎた。
それで僕はと言えば、もちろんいつも通りの生活へと戻っている。
平日には仕事に行き、疲れて家に帰るというサラリーマンの日常に。
それにしても、あの旅館から帰った後はもうすごかったものだ。
一週間くらい活力に溢れて、仕事がはかどってしょうがないくらいに。
おかげで同僚から「お前もしかして大事な人できた?」なんて言われてしまった。
なんたって異世界旅館だからね、きっと温泉や料理にそんな効能があったに違いない。
そうも思ってしまうと効果が忘れられず、今では「またあの旅館に行きたいなぁ」なんて妄想が常々よぎってしまう。
エルプリヤさんやピーニャさんにもまた会いたいし。
もちろんいかがわしい事をしたいって訳じゃないぞ。
とはいえ、残念ながらあの旅館に行く方法はもうわからない。
あの時も旅館から出たらもう近場の駅トイレの中だったし。
その後に少し周りを探したけど、えるぷりやらしき屋敷は見つからなかった。
だから行きたくとも行けないというのが実情なのだ。
なので今日も仕事を終えて無気力に帰宅中。
今や誰もいない寂しい一軒家の実家へともうすぐ辿り着く頃合いだ。
「土日を使ってゆっくりしたいよ……いっそ普通の旅館にでも行こうかな」
あの異世界旅館の効能ももうとっくに失くなり、逆に普通の疲れでも余計にうっとおしく感じてしまう。
そうもなると今まで通り旅をしたいという欲求さえ溢れてくるもので。
そんな欲に駆られながら、やっと着いた家の扉を開いた。
「いらっしゃいませぇ、『旅館えるぷりや』へようこそおいでくださいましたぁ!」
「……へっ?」
けどこの時、僕の目の前にはなんとあのエルプリヤさんが立っていた。
しかもまたあの清楚な笑顔を振りまいて僕を迎えてくれていたのだ。
「え、ちょっ、なんでエルプリヤさんが僕の家に!?」
「いえいえ、ここは旅館えるぷりやでございます。お久しぶりです、夢路様!」
「えっ? あ……」
それでこう言われて周りを見回してみれば確かに旅館えるぷりやの内装で、実家の面影は一切無い。
自分の家に帰って来たつもりだったのだけど、今度は一体どこで迷ってしまったのだろうか?
「きっと夢路様はこの旅館の事を強く想っていただいたのでしょう。それで再びここへと訪れられたに違いありません!」
「へ、へぇ~そういうものなんだ」
「えぇ! そこまで想って頂けて、このエルプリヤ感激の極みですっ!」
ああっ、このキラッキラな笑顔がたまんない!
僕の悩みを消し去ってしまいそうなくらいにっ!
……ま、まぁいいか。久しぶりにエルプリヤさんと会えた訳だし。
この笑顔を見られただけでなんだかどうでもよくなってしまった。
「それで本日はお泊まりになられていきますか?」
「それはもうもちろん! ここの宿に泊まった事が忘れられなくてさ! ぜひお願いしたいところですよ!」
「ああっ、ありがとうございますっ、夢路様っ!」
だったらもう迷う必要も無いね。
望み通りこの旅館でゆっくり土日を楽しむとしようと思う。
「あ、でも実家の家の鍵を閉めてない……」
「でしたら閉めた事にしておきますのでご安心くださいませ」
「え、そういうもの?」
「はい、そういうものなんです」
まぁ色々と懸念点はあるけれど、大丈夫だと言ってくれたのだからこの際甘えてしまおう。
今着てるスーツもクリーニングに出さないといけないけど、コインランドリーくらいはあるでしょ、多分。
なんたってここは異世界旅館なんだからね!
「それで今回の担当はいかがなさいますか? 指名もできますが」
すると今度はもう担当の話が。
やはり二回目だからか、勝手がわかっていると話も早いみたいだ。
ただ改めてこう言われるとちょっと照れくさい。
なんだかキャバクラとかのコンパニオン指名に似ている感じがして。
「でしたらピーニャさんを指名しようかな。あの元気でまた癒されたいなーなんて」
ならばと今回はピーニャさんを指名してみる事にした。
一期一会もいいけれど、まだこの旅館を深く知った訳じゃないし。
教えてもらうなら少しは知った人に教えてもらいたいから。
「ピーニャですね、わかりました! すぐにお呼びしますね。……それにしても良かったです。実はあの子、あまり人気が無いものでして」
「え? ピーニャさん元気だから人気ありそうな気がしたんだけどなぁ」
「それが結構人を選ぶもので。あそこまで慣れ親しんでくれたのは夢路様くらいなのです。なので彼女もとっても喜んでいましたよ」
「そ、そうなんだ……まぁ確かに結構強引な所もあるしね」
幸い、彼女は今日は手すきらしい。
おかげでこう話している間に、ピーニャさんが奥の通路角から滑るようにやってきた。
いつの間に呼んだのかさっぱりわからなかったけども。
「しめじー! ご指名ありがとなっのだー!」
「夢路です。僕はキノコじゃないですよ」
「こらピーニャ! お客様の名前はちゃんと覚えなさいとあれほど――」
「ささ早くくるのだー! お部屋に案内すーるのだーっ!」
「あっ、ちょっとこらぁ! んもう……」
で、そのピーニャさんは手招きした後すぐまた奥へと走り去っていく。
これにはエルプリヤさんも「ぷぅ~っ!」と怒っているものの、追う事は無かった。
追っても無駄だってきっとわかっているんだろうなぁ……。
というかこの人達、あいかわらず表情が豊かでとても楽しい。
なんだか普通の旅館には無いアットホームな感じがとても好きだ。
「ピーニャが失礼してしまい大変申し訳ございません」
「いえいえ、むしろあれがピーニャさんらしいというか。ではこちらも失礼して……」
「どうぞおくつろぎくださいませ」
それで僕はエルプリヤさんに見送られつつ、ピーニャさんを追って旅館の奥へ。
待ってくれていたピーニャさんに連れられて部屋へと案内された。
用意されたのは前と同じような客室。
となると障子扉の先にはやっぱり露天風呂が待っているのだろう。
ただ、せっかく再び訪れたんだしもっと違う楽しみ方もしてみたいものだ。
「それじゃゆめじはどうしたいのだー? 朝ご飯、お昼ご飯、晩ご飯、寝ご飯」
「異世界には寝ご飯なんてのもあるのか……」
「それとも温泉? もしかしてぇ、ピーニャにするぅ~?」
「じゃあピーニャさんで」
「にゃッ!?」
「冗談ですよー。まずは晩ご飯をお願いしたいかな」
ふふっ、こうやってピーニャさんを逆にいじるのも面白いけどね。
また会えたらきっとこうからかってくるだろうなぁと思って、対策を考えていた甲斐があったものだ。
でもどうやらピーニャさん、からかうのは好きでもからかわれるのは苦手らしい。
僕の足を尻尾で「ホピシッ」と叩くと、無言で部屋から去って行ってしまった。
とはいえ尻尾はゆるりゆるりと揺れていたから、それほど嫌だって訳でも無かったのかな?
まぁ僕の世界の猫と同じとは限らないのだけども。
それからしばらくした後、いつものピーニャさんが夕食と共に帰って来る。
となると一緒に食べるのも、二人で満足するのももちろん前と同じ。
それで二人揃って「ふぃー」と落ち着いていると、ピーニャさんが首を傾けつつこちらへと振り向いた。
「それじゃーゆめじ、また前みたいに一緒にお風呂にも入るかー?」
「うん、それもいいんだけどね。でもちょっと別の事も試してみたいなぁって」
きっと僕の担当であるのを良い事に、またお風呂でゆっくりして一緒に寝ようという魂胆なのだろう。
もちろんそれも密かな楽しみだったのは否定しない。
だけど今回はもっと旅館らしい所を堪能してみたいという欲があるんだ。
こういう旅館なら当然、
「ハッ、まさか本当にピーニャをいただいちゃうのか……!? ピーニャはまだ処女だから優しくして欲しいのだ……」
「ち、違うよ! っていうか何勝手にカミングアウトしてるの!?」
「ゆめじはそういうのが大好きなのかなって思ってぇ……」
「そこは反論の余地がないけどもぉ! そうじゃなくて、旅館なら温泉浴場があるんじゃないかなぁってさ」
旅館と言えば当然、大浴場があるものだろう。
たとえ異世界旅館だからって、これだけ無いとは言わせないぞ。
むしろ異世界旅館だからこそ大いに興味がある。
この旅館には一体どんな効能を持つ温泉や立派な浴場があるんだろうかって。
それが楽しみで僕はずっと期待していたんだ
「なるほど、ゆめじは大浴場の温泉に浸かりたいのだな」
「そうそう! あるならぜひとも連れて行ってもらいたいんだけど」
「仕方ないにゃあ……そこまで言うなら連れてってあげるのだー!」
そしてやはりこの旅館にも大浴場が存在するらしい!
だとしたら利用しない訳がないよね!
――という訳でさっそくピーニャさんに案内してもらう事に。
でもこの時、僕はまだ気付いてはいなかったんだ。
異世界旅館には僕の持つ大衆浴場の知識なんて何の役にも立たないのだと。
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