第25話 告白の結末

 さて、また日付が一日進んだ。忘れてしまうかもしれないんだから、折角なら今日を楽しく生きよう。


 ♢


 今日は告白の返事をする日だった。一日の猶予を貰っていたのだ。


 昨日と同じく体育館裏で二人っきりになる。秋になりかけ特有の、夏とは違って少し線のある風が二人の間を通り過ぎていった。


「こんにちは。告白の返事だったと思うんだけど……返事の前に、少し質問してもいい?」

 男子生徒は緊張した面持ちで頷いた。ヨウは全く緊張していなかった。


 これが告白した側とされた側の違いか。否、お互いの気持ちの違いだろう。もしかしたらもう結論は出ているのかもしれなかった。まあ、取り敢えず質問だけはしてみる。


「どうして、そこら中に溢れている女の中からわざわざヨウを選んでくれたの。ヨウには全く心当たりがないんだけど」

 一番気になっているところではあった。


「それは……。……それは、ヨウさんがとても綺麗だと思ったから」

 大方、文化祭の出し物で勘違いしたんだろうなと思ったけれど、やっぱりそうだったらしい。

「そっか。……ありがとね。そう言ってくれると嬉しい」

 男子生徒の顔が心なしか明るくなる。ごめんね、違うんだ。


「でも綺麗さを求めるなら、芸能人にしなよ。それか、もうちょっと身近なシノか。生徒会長で何でもできる美人なシノ。ヨウが目に入るんなら、いつもシノが目に入るはずでしょ? どうしてシノにしなかったの?」


 純粋な疑問だった。別にこの男子学生を虐めようなんて気はさらさらなかった。ただ、彼の言い分が理解できなかった。理解できないというのはヨウにとって恐怖にも近い。だから知りたかった。


「それは……それでも僕は、ヨウさんがよかったんだ」

「ふーん。まあ、シノは高嶺の花だからね。ヨウの方が手が届きやすかったのかもね」


 そう考えると少しだけ納得できた。男子生徒は何故か泣きそうな表情を浮かべる。表情の忙しい人だ。


「違う、違うよ。違うんだ。僕は……綺麗で頭が良くて孤高なヨウさんに惚れたんだ」


 孤高……ね。言い換えたらぼっちというやつだ。ヨウは好きで群れていないんだけど、ぼっちというのは世間的に疎まれる言葉だ。人はコミュニケーションを取って生きる生き物だから、コミュニケーションを取らない人はあまりいいイメージを持たれない。知っている。


 まあ、ヨウが基本一人でいるのを彼なりにいい感じに言ったのかも。だって、孤高って判断できるほどこの男子生徒はヨウのことを知らないはずだから。知らないからそんな綺麗な言葉が出てくる。ヨウは崇高な志なんてもっていない。


「どうも。でも、頭がいいのはシノもそうだよ。……ああ、でもヨウはぼっちだから付け入りやすそうだと思ったのかな。友達も大していないヨウの方が、いつも誰かと一緒にいて目立つシノよりハードルが低いと思ったんだね。うんうん、気持ちはわかるよ」


「そういうことじゃないって。……違うって。僕はシノさんじゃなくて、ヨウさんが好きなんだよ」


 多分この男子生徒とは分かり合えない。話していても何も噛み合わない。ヨウは彼を理解できなかったし、彼もヨウを理解できないのだろう。


 恐らく、このまま会話を続けていると、何でも思ったことをズバズバ言うヨウが彼を傷つけてしまう。早く切り上げよう。


 彼を傷つけないためだとか言いながら、本音はただこのやりとりに面倒くさくなっただけだ。生産性を感じなかったともいう。


 ヨウは平素から自分がクズだということを自覚していたが、特に恋愛に関しては相当なクズになるんだと分かった。だって、浮かんでくる言葉は辛辣なものばかりだ。


 ――君は、恋している自分に恋しているんだよ。ヨウに恋しているんじゃない。

 ――君の思う恋って何?

 ――ヨウのことをよく知らないのに告白するなんて。


 あと十分もこの場にいたら彼に質問してしまいそうだ。早く切り上げないと。彼が少し可哀想かもしれないが、恋愛に同情なんていらない。同情で付き合ったカップルは碌な未来にならないだろう。


 畢竟ヨウは彼に対しても恋愛に対してもこんなに淡泊なのだから、彼と合うはずがない。彼には優しい彼女が似合う。間違ってもヨウはその相手ではない。彼とヨウが結ばれるのは、どちらにとっても不幸だ。


「うん。でも、これだけ言わせて。告白の返事」

 男子生徒が小さく息を呑むのが解った。


「――ごめんなさい、告白は受け入れられない。もっといい人がいるよ」


 男子生徒は泣き始めた。そこでヨウはかなり驚いた。どうして泣くかがわからなかったから。本当に涙が滴っているのを見て少しだけ罪悪感に襲われた。でもそれだけだった。告白を受けたらよかった、なんては思わなかった。だから、きっと正解を選んだのだと思う。


「さよなら。君の幸せを願っている」

 ヨウは自分の選択を後悔しなかった。もう記憶の底に封印する。


 ♢


 昨日告白されたときのように事の顛末をシノに話した。シノは噎せるように笑った。

「えっと、ヨウは本当に……本当にそのまま言ったんですか。ひどい、ひどすぎますね……」 


 なぜかシノの笑いのツボにクリティカルヒットしたようだ。男子生徒のことはよくわからなかったが、もっと良くわからないのがシノという少女だ。

 ただし、決定的な違いは男子生徒には興味が湧かず、目の前で静かに噎せているシノには興味しか湧かなかった。彼を振った理由としては十分だろう。


「少し待ってください。本当に、その台詞を言ったんですか? 彼に面と向かって?」

「うん。一言一句違えず言ったよ」

 やれやれと若干笑いの残る仕草でシノは首を振った。


「辛辣すぎていっそのこと彼が哀れです。彼なりにヨウのいいところを見ていてくれていたのかもしれないのに」

「まあね。いい人だったんだけど。ただそれだけだった」

 思い返してもそうだった。まあ、優しいは優しかったのかもしれない。


「じゃあ、付き合わなくて正解だったのかもしれませんね。いい友達にはなれたでしょうけれど」


「うん、そうかもね……でも、あの男の子と話しているよりシノといる方が断然楽しかったんだよね。彼といるくらいなら、シノといたいと思った」


「まあ、まるで告白みたい」

 シノは悪戯っぽい笑みを浮かべて言う。目が合う。あっこれふざけているな。


 一拍おいてヨウは笑った。シノも笑った。

「寒いジョークはやめてよ、シノ。そういう意味じゃないって……でも、愉しいのは本当だよ」


「ええ、わかりますよ。私も愉しいから。ヨウは間違っても私に恋愛感情なんて抱かない。だから一緒にいて一番楽しいんですよ」

「あはは、お褒めに預かり光栄の至り」

「ふふ、これからも期待していますよ」

 どうしようもない悪ふざけが楽しい。


 お互いがお互いを心地よく思う関係。恋愛でもなく、ただの友愛。それくらいが丁度よかった。



 ――それでも、シノがいなくなったら哀しい。もし消えそうになっていたら引きとどめてしまうくらいにはヨウはシノのことを好いていた。


 それは、ヨウが一番恐れていたことでもあった。

 ヨウは、妹のアオ以外に親密な人間がいるのは避けたかった。人はいつかいなくなるものである。親しい人がいなければ、失うこともない。だから、親しい人なんて作りたくなかった。アオだけでいい。


 シノとこうやって喋っている時点で、もう手遅れかもしれないのだけれど。

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