第22話 文化祭

 夏休みが明けた登校日。みんなこんがりと焼けている。健康的な小麦色の肌というやつだろう。ヨウはほとんど引きこもるか図書館に行くくらいしかしていなかったから、まあ良くも悪くもあんまり変わらなかった。


 学生とは忙しいもので、夏休みが明けたらすぐに次のイベントに襲われるのである。つまり、今ヨウたち学生の眼前に控えているのは文化祭だ。


 文化祭。

 クラス、ダンス部や吹奏楽部などの部活動、それからその他有志のバンドなどが出し物をしたりするイベントである。そうするに青春の代名詞といわれるやつだ。ヨウにとってはうんざりするイベントではあったけれど。


 クラスの出し物は展示になったらしい。一先ずヨウは安心する。これはまだ比較的早く帰れるやつだ。そうやって胸をなでおろしているとシノが来た。いつになくニコニコ笑顔。あっ、これ俗に言うフラグってやつだ。

 シノはそのニコニコ笑顔を崩さずに言葉を紡いだ。


「ねえ、ヨウ。私たちで有志の出し物をしませんか」


 そうだ、いつもシノは爆弾をここに投下していく。静かだったヨウの生活に嵐を巻き起こすのだ。でも、なぜかヨウは不快ではなかった。たぶん、いつも結末が楽しかったから。

 終わり良ければすべてよし。シェイクスピアだってそんな戯曲を書いている。


 何ならヨウも嵐を投下する側だから文句は言えない。先日の花火がいい例だ。お互い刺激が好きな人種なんだろう。


 ――退屈は毒だ。


 それはヨウの中に根付いていて、多分シノもそうなんだろう。だから、性格も容姿も全然違うのに噛み合ったのかもしれない。だったら、返事は一つしかない。


「わかった。どこまでもついていくよ、シノ」

 ヨウの返事を半ば予測していたのかシノは嬉しそうに破顔した。

「まあ嬉しい。では私と共に踊ってくれますか、ヨウ」


 字面だけだとなかなかな台詞である。しかしシノは男ではないし、ヨウはシノと恋仲でも恋仲になりたい訳でもなかった。シノも同じ考えだろう。ただの悪ふざけ。でもシノが言うと様になる。劇でもしたらいいのに。


 でも、シノはそうはしなかった。

 つまり学校一の美少女が単身、花を咲かせに来たのだ。言葉なんてなくても、圧倒できる力があるんだって。これそしてヨウはそれの道連れにされるのだ。やっぱりシノは爆弾だ。


 ということでヨウはシノとダンスを踊ることになった。それも全校生徒の前で。生きていると何があるかわからないなあ。


「ヨウは、ダンスを習ったことはありますか」

「あるわけないよー」

 興味すらなかったのだから。

「ならよかった」

「え?」


 やっぱりシノの思考回路は理解できない。多分シノもヨウの思考回路は理解できていないだろう。お互い様だ。

 マイナスとマイナスでプラス。一周回って噛み合っているのかもしれない。


「だって、その方が自由なんですもの。誰にも手入れされていない踊り。個性が出るし、私も合わせやすいんです」

 そういってシノは満面の笑みを浮かべた。


 人には二種類あるとヨウは思っている。人前に出たい人間とそうでない人間。別にこれは人の優劣を判断するものではない。ただ、人の視線のある方が力を発揮するか、人の視線のないところで力を発揮するタイプかということだけだ。


 シノは明らか前者だ。そうでなければ文化祭で有志の出し物をしたいなんて名乗ったりしないだろう。なら、ヨウはどうなんだろう。


 シノみたいに人前に出るようなタイプに引っ張られると前に出ることもあるのかもしれない。

 ただ、自分から目立つようなことはしないタイプなのは確かだ。面倒ごとだとさえ思っている。

 ――でも、自分の開発した薬とかそういうことが注目されてヨウという名が有名になってほしいとは思う。なら、人前で力を発揮できるタイプなのかもしれない。

 

 ”ヨウはどちらかというと人前に出たい人間である”。これはシノと出会って気付いたことだ。


 それをシノに話した。シノは笑った。

「人をたった二種類に分類するのは、至難の業ではありませんか」

 それもそうだと思った。シノはいつもヨウに欲しい言葉をくれた。

「そうだね。ありがとう」

 シノはその綺麗な顔面にクエスチョンマークを浮かべたが、すぐに破顔した。

「どういたしまして」



 そうこうしてヨウはシノとダンスをすることになった。

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