第十九夜 雪菜の過去、縛る想い

 お、俺は一体──。  

 余りの苦しみに耐えかねて意識を失ってしまってどれくらい経ったのか──?

 拘束具の手錠は外されて、目隠しの布をとられて、眼に見えているのは心配そうな亜美さんの悲しげな表情かおだった。

 亜美さんはそこで俺に謝った。


「ごめんなさい! 松下様──! 私があんな所で微睡むなんて──!」

「もういいよ。起きてしまった事にとやかく言うのは筋違いだよ。今は一体──?」

「今の松下様は本来の地位に戻っております。ただし直美様が戻るまでですが……」


 それでも有り難い時間だと思う。

 俺は愛を搾り取られた後に気を失ってしまったから何が起きているかの確認を取る。


「亜美さん。君はこの『黒猫館』で一体、何が起きているのか事情を知らないかな?」

「やたらと口出しを止められているように感じていた──。一体、『黒猫館』にはどんな秘密があるんだ?」

「ほんの少しならお話出来ると思います」


 亜美さんは俺に白い長袖シャツと麻布のズボンを用意して、まずはそれに着替えるように促す。

 下半身がようやく落ち着きを取り戻した。

 心臓と規則正しく鼓動をしている。

 ベッドの上に腰を下ろす俺は亜美さんの言葉を待った……。  

 

「この『黒猫館』には旦那様の怨霊が今でも支配しているのでは──という噂話があります」

「直美様の旦那様は?」

「既にお亡くなりになっております──。実は殺害したのが──雪菜様なのです」

「何だって!? あの雪菜様が──!?」


 てっきり殺したのは直美様だと思った。 

 実の娘に殺されるなんて──一体、何が起きてそうなってしまったのだ──?

 亜美さんは話を続ける。


「実は雪菜様は旦那様に体を犯されて、近親相姦をしてしまったのです──。その時の屈辱的なまぐわいは今も鮮明に残っているらしいのです」

「それで雪菜様は復讐心から俺達男達へ復讐をしているんだな」

  

 だいぶこれだけでも情報は得られた。

 これをきっかけに、どうにか譲歩する方法は無いかを模索するのが、俺がするべき事だな。


「──ありがとう。亜美さん」

「今の俺に出来る事は残念だけどセックスで返す事になるけど──」

「セックスは良いです。今はでも、身体を休めてください──」

「なあ、『黒猫館』の地下室は誰が造らせたんだ?」

「先代の旦那様です。何でも好色か男性らしく、自分自身に屈服させるのが愉しみだったようで、そのくらいの情報しか得られません」


 納得だ。黒猫館の地下室の規模は相当な金額をそこに集中させているのは造り方して感じる。

 それで、旦那様が亡くなってしまい、暫しの間に直美様が当主になり、その地下室の愉しみを味わっている訳だな。 

 さて、どうしたらいい。

 先程の直美様の言葉は覚えている。


『私達の永遠の奴隷になるなら、地下の男達を逃してもいい』 


 これをまともに受けていい言葉なのか?

 それとも裏切る為の言葉か?

 猜疑心に苛む俺は、心が混乱している。

 俺は──思わず、亜美さんを抱きしめてしまった。

 そして弱音を吐く。


「どうしたらいいんだ──どうしたらいいんだよ──!?」


 亜美さんの胸にだかれて、俺は泣き崩れる。

 散々我慢していた心が涙を欲して、俺は泣いた。大声で、涙が流れる。

 彼女はそんな俺を優しく包み込み、頷いてくれていた──。

 こんな最低の場所で、心を許せる人が居て……本当に嬉しい──嬉しいよ。

 涙でぐしょぐしょの顔で亜美さんを見つめると彼女は安心させる為に接吻キスを交わしてくれた──。

 心が何だか──軽くなっていく。

 俺は限界だった──。

 逃げられるものなら逃げたい。

 だけど──彼らを放って逃げて良いのか?

 葛藤する心があった。

 

「どうしたら良いのか解らないんですよね。あなたの、あなたか後悔しないように行動するのが、一番現実的だと思います」

「後悔しても、遅いのはもう懲りたでしょう?」

「ああ。十二分に」

「なら──あなたの心のままに、心地よさの為に判断してください」


 役に立つ心理学の触りを教えられたり俺は、何を目的に動いているのか──一度、考える時間が欲しい。

 後は記録する為の雑記帳ノートと鉛筆があればと考える。


「亜美さん。頼みがある。混乱した心の整理の為に雑記帳ノートが欲しい、後は鉛筆を用意してくれないかな──?」

「今すぐは無理だと思いますが、何日か待って下されば」

「──それでも俺は嬉しいよ」


 話がまとまる頃に、俺がいる地下室の部屋に戻ってきた直美様は、妖艶な瞳を煌めかせ、俺に答えを迫った。


「気が付いたようね──。で、どうなの? 愛欲の奴隷になる?」

「時間を戴けないでしょうか?」

 

 ここは引けないので頼む。

 心の整理のする為にも、その間の戦略を考える時間が欲しい。 

 直美様は不敵な笑みで、俺の申し出を受けてくれた──。


「良いわ。どうせ、あなたの進むべき道はどれかだもの」

「鮎川家の愛欲の奴隷になるか、このまま地下室にて玩弄するかのどちらかですもの──」


 俺はそして体調が戻ってきたと同時に、また監獄に入れられた。

 まだ、足がふらつく。

 そして床に倒れると、呼んでくれる仲間がいた。


「松下! 大丈夫か!? 随分と長かったから心配したぞ」


 俺の顔を観た鳴川は【何か掴めたんだな】と微かな機微に気付いていた──。

 亜美さん。今宵は君のお陰で生きる事が出来た──一人じゃないと感じられて嬉しかったよ。

 ──ありがとう、亜美さん。

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