第十一夜 黒猫館の地獄

 散々、己の愛を搾り取られて、無理矢理、精力を奪われて行き着いた先は、地獄のような光景の場所だった──。

 周囲には痛みに喘ぐ男達の悲鳴と絶望感が溢れる叫び声が聴こえている。

 視界が回復してくると、今までの光溢れる世界から反転してしまったような宵闇が支配する世界──いや絶望感が溢れる世界だった。

 とうとう俺まで、この地獄に堕とされてしまったのか。しかも肌の感覚が生きているなら異様に寒い。

 外は雪が降りしきる白銀の世界。しかし、今の場所はそんな白銀の世界は見えない。

 眼に映るのは濃い目の茶色の煉瓦に覆われた監獄みたいな場所だ。

 ようやく意識を取り戻すと、今度は目が眩んだ。目眩めまいがする。

 一体、俺は──何をされたんだ──。

 

「目を覚ましたかい?」

「クッ……。世界が回っているみたいだ──」

「あんたも盛られてしまったようだね。あの薬を──」

「あなた達は一体──? それにここは?」

「黒猫館の地下室だよ。そしてこの世界はもう今まで君が住んでいた世界ではないんだ」

「何だって──?」


 暗さにもようやく慣れてきたら、その監獄の中が判ってきた。照明は松明の炎で、周囲は煉瓦に覆われた地面そのもの。

 まだここにいる連中はマシなのか、服は辛うじて長袖のシャツと麻布のズボンだった。

 それぞれの面子の首には真っ黒な首輪が巻かれてしまっている。

 俺は首を確認すると首輪は無かった。しかしここにいるという事は誰かの飼い犬になる──そういう事かと思った。

 誰の飼い犬になるかなんて当たり前だ、鮎川家の女性達が主人になる。

 それが、直美になるか、雪菜になるかの違いだろう。

 

「あんたもその様子だと『書生を求む』という広告で呼ばれたのだろう?」

「あなた達もですか?」

「まあね。破格な給与だったしな」

「だけど、それは鮎川家の女達が自らの欲望を満たす為に色男達を集める為の【餌】だったんだな」

「つまり、俺も嵌められたって事か──」


 さっきの『薬』とは何だったのだろうか。

 目眩は収まってきた様子だが、何かとても嫌な予感しかしない。

 肉体的にはまるで鉛が身体の中に埋められているかのような生々しい重さだ。

 この監獄にいる男達も皆、地面に座り込んでいるか、壁に寄りかかっているかのどちらかだ。

 

「目眩は落ち着いてきたか?」

「今は何とか落ち着いている」

「ここにいる俺達には、薬を打ち込まれているんだ。西洋の媚薬らしいよ」

「媚薬!?」

「ああ。阿片アヘンよりかはマシだが、それでも生命を縮めるモノらしい」

「じゃあ、俺も──」

「媚薬を飲まされた筈だぜ。嘘をつく必要もねえ事実さ」


 なるほど、これは一杯どころか百杯は喰わされた気分だな。

 まさか、あの広告が、愛欲の奴隷を求む広告だったとは、してやられた。

 だが、ここの男達はそれでも気をしっかり持っている様子だ。

 絶望的だが、それでも『絶対に仕返ししてやる』という覇気を感じた。

 俺も絶望するのはまだ早いと考えた。

 そこに、憐れな若い男の悲鳴が聞こえた。


「止めてっ! 止めてっ! 憐れな雄犬に慈悲を──!」


 その後は痛ましい悲鳴がこだまする──。

 耳を塞ぎたくなる程に、若い男が痛め付けられている様が聞こえた。

 それに対してここの男達はうつむくように、祈るように、或いは憎しみに身を焼いている。

  

「可哀想な男がまた生贄にされたな」

「生贄──」

「まんまその通りさ。鮎川家の女達に少しでも呆れられるとああやって血の赤に染まるのさ」

「殺されたというのか!?」

「多分な。ここの野郎共はまだ大丈夫。少なくともあの女達には気に入られているからさ」

「雄犬とはよく言ったもんだ。外の奴等は犬以下の畜生って訳だ」

「外の奴等って?」

「この監獄には格付けみたいなものがあるのさ。皆、首輪を着けているだろう? つまりは人間って意味でまだ扱いならマシな方なんだ」

「その『人間』って表現が引っ掛けるな」

「そう──そこから『雄犬』になって──最後は犬以下の畜生になるって寸法さ」

「酷い扱いを受けるって事か」

「アンタ──見た所、首輪を着けられていないから、これからご主人が誰かを決める段階だね」


 俺は一体──これから何をされるんだ──。

 予想もつかない。

 身の振り方一つで、雄犬になるか、畜生になるか、人間として扱われるか決まってしまうのか──。

 恐ろしい不安感と恐怖感が、俺の心に絶望を塗りたくるようだ。

 そんな畜生に堕ちてたまるか。

 例え屈辱的だろうと人間を止めてたまるか──!

 下手な先入観は捨てろ──。

 その時が訪れたら、最善を尽くせば、活路は開けるはずだ。

 例え、それが無理矢理服従を迫るものでも、生きてさえいれば、活路は見出だせる。

 周りの男達も、新入りの俺を見捨てるんじゃなくて、共に闘おうとしている──。


「あんたのその覇気。鮎川家の女が好きな好物だぜ。絶対に首輪をもぎ取れ。まずはそうしないと雄犬の扱いにされるからな」

「この際、直美様がとか、雪菜様がとかは関係ないからな」


 その時だった。

 まるで監獄のようなこの空間に、主の訪れを示す金属的な鍵が開く音が聞こえた。

 無機質この上ない、鉄の鍵の音が、それと同時に傲岸不遜なハイヒールの靴音が聞こえる。

 ──やがて、その主が訪れた。


「気が付いたかしら? 松下さん」


 その主は鮎川直美の声だった。

 彼女は、俺を嬲るような瞳で見ると、こう命令して連れて行く。

 

「あなたの処遇を決めてあげるわ。来なさい」


 地獄のような性の拷問が始まる──。

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