第6話 人間 -2
怯えている男には、ちゃんと日に三食食べさせた。言わば食糧だ。やせ衰えさせるわけには行かない。食事の時以外は催眠効果で眠らせている。
3週間ほど経った夜中。セナはその部屋に入った。いつもならもっと間が空くのだが、すごそばに食糧があるという意識がセナに飢餓に似たものを感じさせた。そうなるともうダメだ。欲求には勝てない。この状態を放っておけば誰彼構わず手を出してしまいかねない。
男を俯せにして覆い被さった。足のつかない強盗。いつものように分散して飲まずに済む相手。セナは男の血をきれいに吸い尽くした。
車に運び、トランクに入れて町を出る。男の住まいとは別の方向で海の近くに。もちろん、すぐに身元の分かるものはとっくに焼いてしまっている。
窓から潮の香りが入ってくると車を止めた。道路以外に車を入れるとタイヤ痕が残り、バレる元にもなる。ほんの少し軽くなった男を肩に担いで軽やかに歩いていく。地面にはさほど足跡もつかない。崖まで行って男の体を遠くに放り投げた。そのまま帰宅の途につく。
本当に久しぶりだ、吸い尽くすほどに飲んだのは。なつかしい余韻に酔いしれる。
戻った時にはもう夜明けが近かった。少し横になる。当分は飢餓状態にならないだろう。
「人間の血ってどんな味がするの? 鉄の味?」
ある日またもや雫の質問タイムが始まった。捕まるとすぐにセンターに連行されてしまうから、世間のヴァンパイアに対する知識なんか偏っている。
「甘いよ、そうだなぁ……月並みな例えだけど芳醇でフルーティーなワインって感じかな」
「へぇ、甘いんだ。小説とおんなじなのね。なんだっけ……『酔いしれる』?」
「そうそう」
「肉じゃがとはだいぶ違うね」
そう言って雫は笑った。今雫は肉じゃがを作っている。セナはこれに嵌っていた。ここ二週間、毎回肉じゃがだ。作っただけ食べてしまうから多めに用意しても意味が無い。だが、これはこれで雫の優越感をくすぐっている。
雫がお玉を持ったまま振り返った。
「どれくらいの間隔で飲みたくなるの?」
「んー、その時による」
「そういう時教えてね、近寄らないから」
「大丈夫だって。祐斗や雫たちは食事の対象にしてないよ」
「そういうこと出来るの?」
「出来るよ」
「ヴァンパイアってみんなそう?」
「さぁな、ヴァンパイアによるんじゃないかな。ヒロみたいな節操無しだっているし」
同情の余地はなかった。ヒロが捕まったのは、友人を襲ったからだ。しかも噛み痕を首筋にしっかり残し、友人は死にかけた。まるで小説に出て来る悪いヴァンパイアの見本みたいだ。
(中途半端に吸うんなら吸い切って死体を始末すりゃいいんだ。友人だから殺せなかったなんて論外だ)
この先ヒロは繋がれたまま、ずっと人間に血を採取され続けることだろう。その血は富裕層に流れていく。人間は勘違いしているのだ、ヴァンパイアの血を研究すればいつかは不老不死になれるのだと。その結果
疑似ヴァンパイアの末路は憐れだ。己を守る術も知らず、ひっきりなしに血を求め、理性さえも捨て去り研究材料にもならずに切り捨てられる。
「ね! ヴァンパイアに血を吸われたらヴァンパイアになっちゃうってホント?」
「それこそデタラメだ。実際分かってるじゃないか、ヴァンパイアの血を摂取し過ぎるとヴァンパイアになるって」
「そっかぁ……不老不死にはなれないってこと?」
「お前の頭の中の構造、見てみたいよ」
姉の栞に血をやったのは一回きりだ。だからヴァンパイア化していない。量の問題じゃない、回数なのだ。
セナにだって分からないことはある。
――人間とヴァンパイア……どっちが搾取される側なんだろうな
こればかりは分かる時は来ないに違いない。
ヒロから自分の居所を知られることは無いと知っている。それはヴァンパイアの血の結束だ。命が懸かっても仲間を売らない。人間とは違う、それは鉄の掟だ。それでもヒロと親交のあった者たちは一様に疑われ、センターに呼び出された。
その中でセナは早々に対象から外された。ピアスをしている。取り調べの時に調査員がわざとこぼした熱々のお茶で火傷をした。そして、一児の父親だ。
「帰っていいですよ」
「良かった! 息子を知り合いに預けて来たんです。助かります」
車に乗った時には火傷の痕は消えている。だが再現が必要ならいつでも容易に復活させられるだろう。
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