第27話

「紫苑たしゅけてええええええええ!」


 幼馴染みの家に突撃。

 うわーん、俺の周りアホばかりだよぉーッ!!!

 俺が泣きつくと幼馴染みは言った。


「けんちゃん……けんちゃんの童貞は私のものだよ!」


 シャキーンじゃねえよ!!!

 ギャルゲーだったら一発ゲームオーバーだよ。その選択肢!


「うわーん! 紫苑まで壊れたあああああああああッ!!!」


「まさかのガチ泣き!? 追い込みすぎた? はい、けんちゃん。チョコレートあげるから泣き止んで!」


 チョコを「あーん」してもらう。

 チョコをもぐもぐして聞く。


「いじめない……?」


 ずぎゅーん!

 なんだ今の音?


「は、はわわわわわ……」


 はわわと言いながら、紫苑が服を脱ぎ出す。

 怖かったので軽くチョップ。


「んべ!」


「なぜ脱ぐ?」


「押せばなんとかなると思った!」


 こめかみグリグリ。


「たとえ我が倒れようとも第二第三の幼馴染みが……ぎゃああああああああ!」


 ここまで茶番。

 ツッコミを入れられて満足したのか紫苑がまともになる。


「おじさんも言ってたけど、これからが本番なんじゃないかな? ストーカーバトルの」


「精神がもたんわ!」


「けんちゃん気づいてる……? 自分がどんどん美しくなってるの」


「うっ……」


 気づいてない……わけがない!

 だがあのナルシズム……ニキビツラの運動部の連中が前髪にこだわるあの姿!!!

 あの痛々しい様と同じかと思うと、自分から顔のことは言い出しにくい。


「ヒゲが生えないのがつらい……」


 インド映画の人みたいな立派なヒゲが欲しい!!!

 そうすれば男らしさで評価してくれるはずだ。……と思いたい。


「現実見なよ……おじさんヒゲ剃ったことないじゃん! そもそも似合わないよ!!!」


「うわあああああああん!」


 わかってはいた。

 この顔にヒゲは似合わない。

 男らしくしてる親戚だって


「そもそもヒゲがないからモテてるんだし」


「わあああああああああん!!!」


 まだストーカーバトル序盤なのに心が折れそう。


「いいから行こう。歌のレッスンだって」


「ひーん!!!」


 紫苑と駅前のスタジオに。

 ここから二時間レッスンである。

 有名な先生らしい。


「え……嘘。本当に男の子?」


 もう何度も言われた質問である。

 講師は40歳代の女性。小川先生。

 元ロックシンガーで今はプロのボイスレッスンをしている人だ。

 紫苑の定期レッスンに参加させてもらう形だ。


「ねえねえ先生、けんちゃん歌がうまいんだよ! オペラとか出来ちゃうかなあ?」


「ビデオ見たけど、化け物みたいなモンスターエンジン積んでるけど、制御はできてないかな。特に声楽は専門性が高いから、ちゃんとした専門の先生の下で学ぶのが先だと思うよ」


「先生じゃできない?」


「無理だね。あれは伝統芸能で学問。いくつも大学があって学ぶのに何百万円もかかるのよ。それっぽいマネはできるけど、ちゃんと学んだ人にはバレちゃう」


 へー。そうだと思ってた。

 スターライトの近くにある音楽の予備校。

 音高受験(声楽)コースの月謝2万円くらいしてたもん。

 これ通常レッスン別だよね。

 そこにプラスして学習塾か……気が遠くなる……。

 しかも今からやってもほぼ無理。


「けんちゃん……うちが出す?」


「どうやってその結果に至った?」


「はいはい、おしまい。ロックやポップスもバカにしたもんじゃないのよ。レッスンはじめるよ~。まずは発声から」


 嘘だろ。

 寝そべって腹の上に砂袋乗せて発声とかマジかよ!!!

 紫苑が高校入って急にスタイルよくなったのはこれが原因か!!!


「まだ余裕ね。はい追加」


 腹筋が! 腹筋が!!!

 うおおおおおおおおおおお!


「うーん、けんちゃん肺の容量がおかしいわね~。プロの管楽器奏者より多いかも~。まるで呼吸器官が別にあるみたい。鍛えたらもっと声量出るわね~。はい追加」


 うおおおおおおおおおおお!!!


「けんちゃん! がんばれ!!!」


 と言いながら砂袋を乗せられる紫苑。

 う、歌えてる!!!

 さすが紫苑。

 それにしても……おかしい。

 やってることがハードすぎる。

 武術の練習と同じだ。

 これ全身筋肉痛になるやつ!!!


「はい、軽い準備運動終わり」


 軽い?

 これが軽い?


「次はコントロールね」


「走ったわけでもないのに息が切れてるであります! マム!!!」


「だいじょうぶだいじょうぶ。生かさず殺さずのライン見極めてるから。はい歌って」


「びみゃあああああああああ!!!」


 こうしてたった数週間で幼児体型の俺の腹筋は縦割れしたのであった。

 嘘だろ……。

 そりゃ紫苑、ナイスバディになるわ。


 で、別の日はダンスのレッスン。

 こっちはゴツイ男の先生。

 タンクトップマッチョなのに口調は少しオネエ。

 こっちは楽ちん。

 ふはははははははははー!


「け、けんちゃんが輝いてる!!! ボイスレッスンの時とは大違いだよ!!!」


「う、動きのキレが化け物すぎるわ!」


 先生も納得だ。

 紫苑もこっちの方が得意らしい。

 振り付けもすぐに憶えて二人で踊りまくる。

 ひゃっほー!!!

 最近息切れもしないしいくらでも踊れるぜー!!!


 ここまでやって8つに割れない俺の腹筋よ……。

 そしてレコーディングにいつもの配信に……その合間に受験勉強な。

 何度も言うがムキムキのひげ面になったら男の娘VTuberはできないだろう。

 そのときのために学歴は必要。

 俺は楽をするためなら手を抜かぬ!

 そんな忙しい日常を送っていると、レコーディングも終わりライブの日程が近づいてくる。

 その前にPVの収録もしてっと。

 で、また日常も並行する。

 学校は休まないのだ。

 ひそひそ声が聞こえてくる。


「ねえ、蘭童くん、またかわいくなってない?」


「うんうん、なんか体が締まったよね。幼児体型だったのに」


「ねえ襲っちゃう?」


「ばーか。そんなことしたら真田さんと清水さんに殺されちゃうって!」


「あの二人、怖いもんね。でもさ、二人ともキレイになってない?」


「それな! 恋がキレイにする!」


「じゃあ……蘭童くんも」


 二人と目が合った。

 違うっての。

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