第三話 異世界転生

「…あっあっ…」


その光景はまるで夢でも見ている様だった。


でも今、俺が感じている苦しみが夢を否定し、これが現実であることを肯定した。


俺は声にならない、かすれた苦しみの音を口から出すことしかできず、異様な現象に頭が追いつけないでいた。


分かるのはあの女の役人が何かしらの力を使って、俺の首を絞め、俺を持ち上げていることくらい。


この異常な光景に他の役人はまるで曇り空でも見上げている様な顔をして、この光景がこの世界での当たり前だということを示唆しているようだった。


「~~~」

「ぷはっ!」


もうすぐ意識が無くなりそうなくらい何かの力に吊るされた後、俺は空中でその何かから解き放たれた。


雑に解放された俺は椅子に強く背中をうち、背中に痛みが走るがそれよりも呼吸が出来るという喜びを感じていた。


 はあはあ。危ない危ない。死んで目が覚めて、またすぐに死ぬところだった。


ていうか今のは何だ?何か特別な機械が働いたようには見えないし、そしてあの女の役人の手の動きから察するに…あれは間違いなく女の役人の力だ。


女の役人によって操作された俺には見えない何かしらの力が働き、それが俺を空中へと首を締めながら持ち上げていた。


あの力は超能力かはたまた魔法でも使ったのか。


もしこれが科学の力ならばこんな千年前にタイムスリップしたようなこの古い地下のつくりはどう考えてもおかしい。


人間を簡単に首を締めながら宙へと浮かび上がらせる科学の力がここにあるのならば松明やランプといった風に光を火に頼るわけがない。


だとしたら認めたくはないし、簡単には理解できないがあれは恐らく超能力か魔法。


つまりはここは俺の元居た世界とは別世界ということになるのか。


俺のいた世界には超能力、ましてや魔法なんて存在しなかったからな。


どうりで言語が通じないはずだ。


じゃあ俺は…やっぱ…


 非現実的な現象が渦巻く現実に俺は目に映った現象全てを一つずつ羅列し、整理し、自分の身に起こってしまった事を否定する自分も居たがようやく事の顛末を理解し始めた。


「~~~~~!」

「「~~」」

「えっ?ちょっ!」


絞められていた首元が痛み、過呼吸を起こしている俺を男の役人二人が再度、俺の口に布を縛り付けて、俺は立ち上がらせられた。


「~~!」


女の役人が俺に何か言葉を吐くと男の役人二人は俺を尋問室から連れ出す。


 何だ?結局、話はどう帰着したんだ?


言葉が分からないから自分の身がこれからどうなるのかも分からない。


 部屋から連れ出された俺は男の役人に引っ張られて、更に地下へと下る階段を進む。


三段ほど下り、何処かに着くと、そこは尋問室よりも薄暗く、不気味な雰囲気を漂わせていた。


次に俺の目に入ってきたのは酷く理解し難い光景だった。


それはドラマや映画でしか見たことのない俺には無縁な存在と思っていた。


鉄で出来た頑丈な格子。格子の向こうにある暗くて石だけで出来た空間。


そしてその空間にはいかにも悪人面をした男たちがぎっしりと…


…間違いない。ここは…牢屋だ。


「~~~!!」

「~~~~!!」


悪人たちは俺ではなく、役人らに向けて何かを叫び、牢の格子を叩く。


それに対して役人たちは剣を突き刺したり、手から恐らく魔法で作ったであろう電気や炎を囚われ人に向けて放ち、咎めていた。


 やばい…本当にやばい。えっ?俺、この中に収監されるの?


こんな何をされるか分からない奴らと一緒に収監されるのか?


なんで?なんで俺がこんな目に?俺、何かやった?


「~~~~~~」

「~~~~~~~」

「~~~~~~」


今にも泣きそうな俺の両脇で男の役人二人が何やら相談し始める。


その姿はまるで何か悪だくみをしているかのようで俺からしたらこの役人たちも悪人の様に見えていた。


 男の役人二人は話を終えると再度、俺を引っ張り、奥へと進んでいく。


項垂れて、もうどこにも力が入らない俺は男の役人二人と共に今まで見た中でも抜けて大きく、重厚で鍵のかかった扉の前に着いた。


片方の男は俺を抑えたままもう片方の男がその扉の鍵を解除し、扉をゆっくりと開ける。


扉が開き、見えた部屋の中は松明が一本だけしか灯っておらず、暗く、ここからでは鮮明に内部は見えなかった。


分かるのはただだだっ広くて、奥に何かがいることくらい。


部屋の奥にいる正体不明の存在に俺が怯えていると俺を抑えていた役人が俺に巻かれていた両腕と口の布を解くと俺を思いっきり部屋に向けて蹴り飛ばした。


突然に蹴り飛ばされた俺は受け身を取ることが出来ず、硬い石の上に顔を打つ。


運よく、右頬だけで受けることが出来たが右頬は酷く悲鳴をあげていた。


”バン!!”


ジンジンと痛む右頬を俺が摩っていると男の役人達が扉を強く閉め、次に鍵を閉める音が聞こえてきた。


どうやら俺はこの部屋に収監されてしまったみたいだ。


しかも、先ほど俺が見た鉄の格子で出来た牢屋とは異なり、石と重厚な扉のみで構成された広い部屋。


そしてこの部屋の奥には4Mほどある天井にも関わらず頭が届きそうなほどに大きく、禍々しい威圧を放つ人間?が居た。


「えっ!?」


その人間を目で捉えると俺は本能的に身を守る様に背中が壁につくまで後退し、身を震わせていた。


 なっなんだこいつ?こんなに大きな人は初めて見た。


「…~~~~?」


かすれた弱々しい息を吐いた後にそいつは俺に何かを尋ねてきた。


言語が違う。だから何を聞かれても無駄だし、何を答えても無駄。


収監され、出ることもできず、こんな奴と暗い部屋で二人きり。


しかも、いつ出るのか、俺の身がこれからどうなるのかも分からない。


そんな完全に詰んでしまった状況を理解してしまうと俺はついに目から涙が一粒零れてしまった。


「~~~~~?」

「…なんでこんなことに」


いつも通りの日にいつも通りに学校へ行って、いつも通り本屋へ立ち寄って、いつも通り帰って勉強して、いつも通り気分転換にコンビニへ行った俺。


期せずして強姦されそうな女性を見つけ、決死の思いで助けたのに。


ただそれだけのなのに…


何故、俺は殺された挙句の果てにこんな噓みたいな世界で収監されてしまったんだよ。


母さん…父さん…俺…どうしたらいいんだよ…


帰りたいよ…家に…


 理解したくない現実から目を背けるために俺は目を瞑り、心の中で強く嘆き、そして号泣していた。


そんな時だった。


目を瞑っている俺の頭の上に何かが優しく乗っかった。


何が俺の頭の上に乗ったのか確認するために目を開けると俺の目の前には先程まで部屋の奥に居たはずの大きな人が俺の頭の上に右手の人差し指を乗っけていた。


「~~~」


何をしているのか分からなかったがとてもじゃないが悪事を働いているようには見えなかった。


そしてその大きな人は何かを呟く。


すると俺の頭の上が白い光を放ち、その光は部屋全体を包んでいた。


 魔法を使われた。それは理解できたが自分の身に特別な変化がなく、何の魔法を掛けられたのかは瞬時に理解できなかった。


「…おぬし。わしの言葉が分かるか?」

「えっ?」


しかし、次の瞬間に俺は何の魔法をかけられたのかを間はあったが理解できた。


 …分かる。さっきまで何一つ理解できなかった言葉が全て理解できる。


この大きな人が話している言葉が理解できる。


「どうやら、わしの言っている言葉が理解できているみたいだな」


この大きな人が俺に掛けた魔法はどうやら言語を理解する魔法。


言葉が通じていないと察知したこの人が俺に魔法を掛けてくれたみたいだ。


「わしはおぬしと同じの囚われの身。そしておぬし、人間の敵である魔族の長。

ムルド・ミスディア。通称魔王だ」


魔王。それは創作物の中だけの存在。ゲームやアニメで勇者や主人公が最後に倒す最強の敵。そしてその大きな人は自分を魔王と名乗った。


大きさや経緯から今までで一番信じ難いがもはや信じるしかない。


魔王が今、俺の目の前にいる。しかも、どうやらこれは夢ではないらしい。


「おぬし、名前は?」

「…浅野…一颯です」

「ほう。変わっとるが良い名前じゃの」


俺の名前を聞いて浮かべた魔王の表情はとても魔王とは思えない程に朗らかな表情をしていた。


 …やっぱりか。こんなこと二次元の中だけだと思っていた。


有り得ない事に有り得ない世界に有り得ない力。こんなもの一瞬で飲み込めるというほうがおかしい。


だが、もう認めるしかない。 


俺はどうやら…


とんでもない異世界に転生してしまったらしい。


…これが異世界転生か。




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