第9話 火と風

 唯一の仙術を使いこなす仙女の長、西王母の桃華を騙すなんて、とんでもない事だ。そこで何があったかを知れば、誰が裏で糸を引いているかとか、そんな事もおのずと明らかになるんじゃない?

 なのに、何を長牙は、隠しているのだろう。

 知っていることは、話して欲しい。


「長牙、貴様! 何か知っているのに、我々に隠しているのか!」

炎花が、長牙に詰め寄る。


「ちょっと、この乱暴な人の前でそんなことを桃華様が言うから……っと、こんなことをしている場合ではなさそうですよ?」


 長牙の毛が全身逆立つ。


「ああ……残念だ。貴様に話を聞くのは後になりそうだ」

炎花も、何かに気づいたようだ。


 机の上のお茶の水面が細かく波打ち始める。


「長牙! 桃華様を!」


 炎花に言われるまでもなく、長牙の背に私は乗る。

 もはや家全体が大きく揺れ始める。

 花を飾っていた花瓶も、部屋の隅に積みあがってた本も、床の上で散らばって無惨な様子になる。


「来るぞ! 飛べ! 長牙!」


 炎花の言葉と同時に、壁をぶち破って大きな干からびた細い手が伸びてくる。

 ガラガラと崩れ落ちる炎花の小さな住まい。


「くっそ!」


 炎花が火を放つが、火は蚩尤の腕を焼いて怯ませただけ。蚩尤が手で払っただけで簡単に消えてしまう。


「火の勢いが全然足りません!」

「うるさい! クソ猫! 分かっている!」


 炎花が悔しそうに、チッと舌打ちする。やはり、早春の門が閉じられてしまっているから、仙術を思うように発揮できないのだろう。


 長牙の背に乗って空へ駆け出せば、蚩尤が家を探っている。

 今回の蚩尤は、前回の黒い霧の中に隠れていた物よりもよりも姿がはっきりしている。家屋二階分の大きさ、細く長い手足。ずんぐりとした腹、そして無闇に長い鼻に、禍々しく赤い目がギョロギョロと様子をうかがっている。


 炎花は、再度攻撃を試みるが、うまくいかない。


「長牙! 炎花の火を貴方の風で強化できないの?」

私が聞けば、


「駄目です! こいつの焦点の合わない未熟な風では火は消えてしまいます!」

炎花が答える。


 なるほど、火を大きくするためには、きちんと方向を決めた風が必要ということか。


「失礼な! 私のせいにしないで下さい! そもそも、この洗練された私の風に、雑で乱暴な炎花様の火は、なかなか相性が悪くて!」


「ああ? ふざけるな! てめえの親父の代には、もっと共闘できていたんだ!」


 蚩尤の攻撃を避けながら、長牙と炎花はずっと口論している。

 風と火、本来ならば、風の力で火は勢いを増すのだろうに、どうもこの二人の相性は良くなさそうだ。


 だが、それならば、考えがある!


「長牙! 炎花! 私の指示に従ってくれる?」


私は、ある作戦を実行した。


 

 

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