第5話 水の大仙女 睡蓮

 長牙は、老女と少女の前に降り立つ。


「大丈夫ですか? お怪我は?」

私が問えば、


「西王母様!! なんと勿体ない!!」

老女は慌ててひれ伏そうとする。


「あ、ああそういうのは良いから! それよりも怪我!」

慌てて抱き起して老女にもう一度問う。


「あのね。おばあちゃん、慌てて逃げようとして足を挫いてしまったの」

なかなか答えない老女の代わりに少女が答える。


 私は、仙術を老女の足に向ける。ポゥゥとほのかに光が灯り、老女の足を包んで怪我を癒していく。

 良かった。この程度の怪我の治療なら、私にも出来たようだ。

 今の私に、どのくらいの力をどう使えるのか。……朧げに浮かぶイメージ……たぶん、昔桃華だった時の記憶を頼りに仙術を使ってはいるけれども……難しい。

 一度、色々試してみた方が良いかもしれない。


「ありがとう。えっと……名前は?」

少女にそう尋ねれば、


「私は、わらび。おばあちゃんは、睡蓮すいれんっていうのよ。おばあちゃん、元はすごい仙女だったんだから!」


 頬を真っ赤にして少女はニコリ笑う。

 今の私の見た目とほとんど変わらない年齢の少女。とても賢そう。

 足を挫いた祖母を置いては逃げられずにいたのだろう。優しい良い子なのだろう。


「桃華様! ありがとうございます。昔は、あの程度の蚩尤ならば、この手で撃墜しましたものを! このように力弱り無様なところをお見せいたしました」

老女、睡蓮が頭を垂れる。


「睡蓮……すいれん……睡蓮……。ああ、睡蓮様ってあの、大瀑布だいばくふの睡蓮様?」


 長牙が何かを思い出す。

 大瀑布? ナイアガラの滝みたいなものか? それは……すごそうだ。


「桃華様、睡蓮様は大仙女です。水の仙術を得意とする仙女様で、岩山を押し流すほどの激流を仙術でお出しになるほどの方です」


「もはや昔の話です。今この老女に残っている力は、ほとんどありません」

睡蓮がため息をつく。


 ほとんどの仙女が崑崙山に逃げ堕ちた中、睡蓮は、妊娠中の娘を残しては行けず、このようにここで暮らしていた。

 産後の肥立ちが悪く娘は亡くなり、後には幼い孫娘、蕨が残されたのだという。


「蕨はね、おばあちゃんに仙術を習っているのよ! いつか戻ってきた桃華様のお役に立てるようにって!」


「蕨ちゃん……」


 責任重大だ。どうやら、西王母という者は、これほど皆の期待を一身に背負った存在だったのだろう。

 この幼い姿の私に、それを背負いきれるのかどうか……。


「蕨よ。この国に桃華様が戻って来られた今、もう蚩尤に好き勝手には荒らされることも無くなる。いずれ早春そうしゅんの門も開け放たれて、逃げた仙女たちも戻ってくる」

睡蓮が、そう言って蕨の頭を撫でる。


「早春の門?」


「なんと、桃華様は、この世界の記憶を完全には取り戻してはおられないのですか?」


「そうなんです。何がどうなっているのか分かりませんが、このように桃華様は、姿幼く、記憶も不完全なままお戻りになってしまわれたのです」

はぁ。と、長牙がため息をつく。


「……そうですか……。少し気になりますね。まあ、それはいずれ原因も分かる事でしょう。……そう、早春の門ですね。それは、蚩尤に奪われてしまった、仙女の力の源となる五行の気がこの国に流れてくるための場所です。天界に通じ、その天界の良い気がこの国に満ちるための場所でした。しかし、西王母様が崩御されて、その場所を蚩尤に奪われてしまったために、仙女は皆力を失ったのです」

睡蓮は説明してくれた。


「あら、でもそれなら私は、どうして仙術が使えるの? それに長牙だって」


「私は使い魔ですから。仙女様達とは違います。仙女様達は、皆、元は普通の人間です。それが、修行や資質で仙術を得るのです。使い魔の私は、元々幻獣ですから」


「じゃあ、私も幻獣ってこと?」


「違いますよ。どうしてそういう解釈になるんですか? 桃華様の力は、生死を司る物でしょ? 元々、五行……火・水・木・金・土とは離れた力なのです」


 ……なるほど。だから、五行の気が無くても戦える西王母が復活しないと、その早春の門も取り返せなかったのね。


 だんだん、この世界のしくみが分かってきた。


「桃華様の記憶の事、少し気になる事がございます。この睡蓮が調べてみますので、何か分かりましたらご報告いたします」


 大仙女睡蓮は、そう言った。

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