「落とし物」

「テメエ!しゃべれば、しゃべるほど足場が減ってることに、なんで気づかないんだよ。バカじゃねえの!?」


 そう言ったのは自撮り棒を握りしめたドスちゃんで、見れば彼女を含め全員の足元はパソコン二台分の幅しかない状態となっていた。


「テメエのせいで、こんなことになったんだ…!」


 怒りに任せ、肩を振るわせるドスちゃんに「いや、待て。俺は」と医者は言葉を続けようとするも、彼女の振るう自撮り棒に顔面は強打され、歯ともアルミ板ともつかない破片が宙を舞う。


「くそっ、くそっ、助けなんて呼ぶんじゃなかった。場所を突き止めろなんて、言うんじゃなかった。でなきゃ…アタシが、ここまで、酷い目に!」


「――ああ確かに。これはヤバいな」


 アロハシャツの声に勇は上を見て絶句する。


『教会の情報はわからないけど、緊急だからドスちゃんの自宅にいく』


『俺氏、ドスちゃんと交際しているけど、彼氏と名乗る人物と話し中』


『速報・ドスちゃんの自宅捜索で三人の男性が鉢合わせ。別々に付き合っている男の可能性大』


『浮気?マジ、サイテー』


『俺、ドスちゃんのファンやめるわ』


『終わったな』


『速報・画面、ブレてるけど音声でドスちゃん暴力振るってる感じ、マジ警察』


『速報・ドスちゃん、傷害罪か?』


 ブレる画面に延々流れるコメント。大部分が現在の実況と彼女の家の出来事で埋め尽くされ、混在とした情報のもはやどこまでかが真実かもわからない。


「…これは、何かの間違い。何かのドッキリに決まってる」


 ぐらりと揺れる地面。

 じゃらりと揺れるドスちゃんの髪はすでに無数のネジへと変化していた。


「そうだ、作り物。作りごと。でなきゃ、こんなの現実じゃあない!」


 目も、鼻も、口元でさえも歪に積み上げられた金属の女性。

 彼女の大きく振る棒の先にいるのは、今や声もあげられない状態の医者の姿。


 ――いや。そこにいたのも、もはや人ではない。


 腕も、足も、白衣からのぞく全ての皮膚が光沢を帯びた金属へと置き変わり、かつては医者であったスクラップはなすがままに殴られていく。


「フィクション、フィクション…これは、フィクションよ…!」


 勢いよく振られた棒。

 医者の、頭部と思しき箇所がネジとコードを撒き散らしながら打ち砕かれる。


 ――もちろん、自撮り棒を持ったドスちゃんの腕も無事ではすまない。

 

 振った勢いによりボロリと崩れる機械の腕。


 アンバランスな接合の腕が崩れると、肩が、肘が、腰が、見る間にボロボロと崩れていき、相手の医者とほぼ同時に彼女もその形状を失って行く。


「現実じゃ…ない…」


 ガラガラと崩れていく彼と彼女の肉体と足元。


 その時、ほんのわずかに揺れがおさまり――


「…」


 最後に、勇はフードの女性が一瞬だけ何かつぶやくのを耳にした。



『――三名の方、お疲れ様でした』


 顔を上げると、目の前に広がるのは奥行きのある廊下とシスターの姿。

 近くには未だ怯えるフードの女性とアロハシャツの男の姿もある。


(…身体、戻っているな)


 フードの女性の顔を確認した勇に『それでは、本日のプログラムを終了させていただきます』とシスターの声がかぶる。


『では、またの機会に』


 ついで、深々と頭を下げるシスター。

 そして彼女が顔を上げる前に周囲の景色がぐにゃりと歪み…

 

「あれ、俺?」


 気がつけば、勇の立っている場所は駅のホーム。


(…気のせい、だったのかな?)


 そんなことを考えている間に次の電車が到着し、行き先も問題ないことを確認した勇はそれ以上は考えずに車両に乗り込むことにする。


(白昼夢?まあ、仕上げのために徹夜もしたし。多少疲れは出ていたかも)


 吊り革につかまりつつ、勇は手元の原稿用紙の入ったクリアケースを見る。


 ――そう。勇は今日、出版社に原稿を持ち込むために上京をしていた。


(ま、結果はボロボロ。話もよくあるものだし、絵も才能ないって…最後には、ため息と同時に原稿も裏返しにされたし。それだけのことがあれば幻覚の一つも見ようものさ)


 編集と話した当時のことを思い出し、急にナーバスになっていく勇。


(この先、どうするか。才能がないと言われた以上、あきらめて近くで就職先を見つけるか…実家に戻って、もう少し描く時間を作れるよう両親を説得するか)


 この先の不安でがんじがらめになっていると降りる駅の二つ前でドアが開く。


 ドア向こうから漂ってくる食べ物の匂い。声。そのどれもが、今の勇の興味を引くもののようには思えなかったが――急に、その腕が引っ張られる。


「え、うわ。何だよ!」


 勢いで、そのまま前へと、電車の外へと飛び出す勇。


「話は後だ、このままお前さんともう一人を保護しに行く」


「え、あ?あれ、アンタ…!」


 その姿は先ほど見たアロハシャツの男。


 彼は改札口で駅員に手帳のようなものを見せると勇とともに駅から出るなり、タクシーへと乗り込む。


「黒島心療内科クリニックまで」


 走り出すタクシー。流れでシートベルトまでしてしまった勇だが、ふいに我に帰り「おい、待てよ」と声を上げる。


「俺、アパートに帰んなきゃ行けないんだけど。おっさん何なの。誘拐犯?」


 それに「俺は川端龍司かわばたりゅうじ」と男は短く名前を告げると名刺を渡す。


「さっきも話したが政治部で記者をしている」


 そこには、彼の名前と職業が印刷されており、勇は「えっ…待てよ。じゃあ、さっき俺が見たものは本当に?」と思わず問いかける。


 それに「ああ、そうだ」と答える川端。


「お前さんが体験したことは紛れようもない事実。そして、あの場にいた以上、は政府の保護下に置かれることとなる」


「えっ…なんで?意味わかんないんだけど」


 だが、その質問に答える間もなくタクシーが停車し「行くぞ!」と、スマホで決済をした川端と勇はそのまま外へと飛び出し――


「あ!」


 上空を見て、勇は心臓が跳ね上がる。


 そこにいたのは一人の女性。

 先ほど見た、フードを被った女性と同じ人物。

 

 彼女の姿は次第に勇のすぐ側へと近づき…


 ぐしゃっ


 地上、三十階建てのビル下。

 勇から一メートルの範囲で彼女の体は砕け散った。

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