第17話 逃げ出した夜

 写真を手にした父は驚いた顔で僕を見た。


「なんだこれは?」

「なんだはこっちのセリフだよ。どういうこと? 僕はこの間、結菜に構わないでほしいって言ったはずだよね。関わろうとするなら黙っていられないって」

「おまえ、まさかこんなもの本気にしているのか?」


 僕はカウンターを思いきりたたいた。


「本気もなにも、そこに写っているのが事実じゃないか!」

「馬鹿なことを……こんなこと、あるわけがないだろう。俺もおまえに言ったはずだ。彼女をどうこうするつもりはないと。第一、息子の恋人にこんなことをするはずがない……」

「でも父さんは僕が憎いんだよね? 母さんを死なせてしまった僕を。僕さえ産まれなければって思っているくせに。本当は僕が苦しめばいいと思ってるんじゃないの? 僕が不幸にでもなればいいって……」

「悠斗! やめなさい。そんなことを言うもんじゃない」


 爺さまは父さんの味方なのか。僕は席を立って上着と携帯、それから財布と車のキーを手にドアに向かった。

 父の手が僕の腕をつかんだ。


「ちょっと待ちなさい、まだ話しは済んでいないだろう」

「――今は無理。僕のことは放っておいて」


 力いっぱいその手を振りほどくと、ドアを開けて外に飛び出した。

 駐車場へと早足で向かう。後ろから誰かが追ってくる足音が聞こえた。


「ちょっと! ねえ、どこに行くつもり?」


 一瞬、父かと思った。振り返らなくてもわかる。あの子だ。


「別に。どこでもいいでしょ」

「いいわけないじゃない。ねえ、ちゃんとお父さんと話しをしなさいよ」

「うるさいな。キミには関係ないじゃないか」

「だって、こんなことあるわけがないって言ってたじゃない。彼女だって、違うって言ってたよね? 信じてあげないの?」

「わかってるよ! 結菜はそんな子じゃないってことくらい、わかってる! けど、じゃあ、あれはなんなんだよ! 今は考えたくないんだ。頭を冷やしたい。だから放っておいて」

「放ってなんかおけないわよ! とにかく、戻ってちゃんと話しを……」


 僕は車に乗り込むとエンジンをかけた。あの子はまだなにか訴えていたけれど、それを無視して車を走らせた。

 行く当てがあるわけじゃなかったから、とりあえず近隣の温泉街にあるネットカフェに入った。

 リクライニングシートを目いっぱい倒して横になると、目を閉じる。


 あのあと、みんなどうしただろうか。

 結菜はちゃんと帰れただろうか。今日はバイトだと言っていたけど、遅れずに事故にも合わずにいるだろうか。

 准は……笑子とどうなっただろう。和馬も慧一も、変なことに巻き込んでしまったな……。


 ため息をついては考え、また大きくため息をつく。そんなことを繰り返しているうちにウトウトしてしまったようだ。

 時間を見ようと携帯を開くと、画面にはびっくりする数の着信とメールがあった。良く見ると、マナーモードじゃなくサイレントモードになっている。これじゃあ着信にも気づかないはずだ。


 時間は朝五時を過ぎたところだ。着信の履歴をみると、ほとんどが店と和馬で、慧一からも数件入っている。

 メールの履歴も、そのほとんどが和馬と慧一だった。結菜からはメールも着信もない。それはもう終わりだってことだろうか。准からメールが一件だけ入っている。まずはそれを開いた。


≪昼間は悪かった。少しだけ頭を冷やす時間がほしい。落ち着いたらゆっくり話そう≫


 またため息がこぼれる。謝らなければならないのは僕のほうなのに。言わなければいけないことはたくさんあるはずなのに、なにも浮かばず一言だけ返した。


≪迷惑をかけてごめん≫


 送信ボタンを押した数秒後、和馬から着信が入った。

 少しだけ悩み、画面を見つめた。深呼吸をして通話ボタンを押す。


「もしもし」

「悠斗、おまえ今、どこだ?」

「どこ……って、なんで?」

「いいからどこか言え!」

「……温泉街の国道沿いにあるネットカフェ」

「すぐ行く。駐車場で待ってろ」


 いつになく真剣なのが気になったけれど、昨日のことを思えば当然だとも思える。

 二十分ほどでやってきた和馬の車には、慧一も乗っていた。


「悠斗、キー出せ」

「えっ?」

「早く出せって」


 有無を言わせない様子に黙ってキーを出すと、それを取り上げた和馬は慧一に投げて渡した。


「じゃあ、そっち頼む」

「わかった」

「なんだよ二人とも……車どうするの」

「乗れ、悠斗」


 和馬に助手席に押し込まれ、そのまま車が走り出した。僕の乗ってきた車は、慧一が乗っていってしまう。

 なにがなんだかわからないままで、僕は苛立って和馬に聞いた。


「なんなんだよ? どこに行くっていうんだよ?」

「なんで電話に出なかったんだよ。メールも」

「……頭を冷やそうと思って……携帯がサイレントになってるの気づかなくて、そのまま寝ちゃって……」

「昨日の夜、おやじさん事故にあった」

「えっ……」


 聞けば飲酒の上に居眠りをした車に突っ込まれたという。衝突したのはちょうど運転席側で、父は重症らしい。

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