Lesson2. 僕は甘井ちゃんが好き。
放課後、足音をひそめながら保健室にちかづいた。
「あれ、おはよう、新立さん」
「おはよ、甘井ちゃん」
野暮ったく笑いかけて、ベッドの端っこにそっと腰をおちつける。こんなフランスパンのように堅いベッドで寝てるのかと、いきなりかわいそうになったりする。
甘井ちゃんのどこが好きなのか、福井さんに尋ねられたことがあった。高橋くんとか、野間には訊かれたことがない。福井さんらしい、空気のよめない発言で、福井さんは本当にそのことが分からないみたく、授業で当てられたときによくそうするみたく、ぼうぼうの鼻の穴をふくらませていた。「福井さんには分かんないよ」ともったいつけて答えなかったけれど、答えは明確にある。僕は甘井ちゃんの、かわいそうなところが好きだ。言っても福井さんに理解してもらえるとは思えないし、理解してほしくもないし、理解しないということもあってはならない。好きな理由、というのは、教えたら解けてしまう魔法みたいなもので、すべての「好き」がフラジャイルだとは思わないけれど、すくなくとも僕の甘井ちゃんにたいする「好き」はささやかな言霊だった。というのはかっこつけてるだけで、要は告白する勇気がないだけのヘタレである。
「大丈夫? 野間が心配してたよ」
下手なねぎらいを皮切りに、僕は「今日の野間」の定例報告をした。僕は甘井ちゃんに話せるような話題が他にないし、それに野間の話をしているとき、甘井ちゃんはいちばんおかしそうに肩をゆらす。それがうれしくて、僕は野間のあることないことの話を並べた。そうしているうちに、威圧的なスリッパの足音が近づいてきた。保健室の先生が戻ってきたらしい。保健室の常連をつれて散歩にでも出ていたのか、複数の笑い声が鈴みたいにひびきわたる。甘井ちゃんのベッドのそばにいたのがバレるとさすがに面倒なので、窓から逃げることにした。
「じゃあね、甘井ちゃん。またバスケしような!」
小声で言って、窓枠に足をかけると、甘井ちゃんはたおやかに微笑んだ。
「ありがとう。野間っちにも伝えといて。新立さんも、元気で」
僕の手のひらをグーでこつんとふれる。ノックアウト。なんてかわいいパンチだ。ぐえーやられたーとばかりに窓から飛び降りて、すぐに手の匂いをかぐ。お米をあらったあとみたいにきときとしてる。
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