第7話 転生手続きを特急で進める。僕は疲れる。

「はぁーーーーーーーーー」


 天使のため息、と言えば前世でそんなタイトルの歌が存在した。竹内まりやだったか、管理部の姐さん的存在が、忘年会のカラオケでしっとり歌い上げていたのを思い出す。

 しかし、目の前の天使はそんな思い出さえぶっ壊すほどの、どちらかと言えば、経費精算期日を超過して書類を提出した時の管理部のそれと同じ質量のでかいため息だった。


「じゃあ次はここに署名してください。」


 のべ、18枚目の手続き書面である。


 書類仕事は比較的得意だと自負していたが、想定を上回る書類の量に、僕も天使も辟易していた。


 □


「とりあえず、最短で来られる日に調整してくれ。こっちは人手不足が深刻でな。明日には来られるか?」


「え、えーっと?」


 僕の同意を得る間も無く、管理者としての道は開かれていたし、もはやそこへ足を突っ込もうとしている自分自身に戸惑う。


 —とはいえ、面白そうではある。


 まず条件だが、管理者になると、ほぼ不死の力が与えられ途中で不本意に死ぬことはない。さらに、他の異世界の管理者になることも可能なのだという。

 つまり転職だ。


 さらに、様々な経験を活かすという観点から、前世の記憶は消去されることはない。また、ある程度世界に介入するための能力も与えられる。


 普通に転生するよりはよっぽど条件が良いではないか。

 それになにより、出来立ての異世界創世記など、なかなか経験できるものではない。

 前世で培ったベンチャー経験も、これなら役に立つだろう。


「天使さん、僕、こちらで管理者として転生?したいです。」


 逡巡した結果、僕が選んだのは“管理者”としての役割を全うすることだ。


「僕もできれば最短で…。」


 そういうと、天使は遮るように口を挟む。


「ですが、管理者の任命となりますと、それなりに手続きがありますし、ご希望の日程に添えるかどうかは…」


 その天使の苦い顔が今でも忘れられない。


 それもそうだ、天使曰く、管理者として異世界に着任するためには、一切の記憶を消去して転生させるのとはわけがちがう。


 □


「まず同意書、それから誓約書と雇用契約書。全ての書面に目を通したら、管理者としての管理者研修動画を試聴していただいて、ミニテストを行います。

 便宜上ミニとしていますが、まあまあハードなので動画の途中で寝たりしたら絶対落ちますから、真面目に試聴してくださいね。」


 僕が書類に目を通し書面にサインするたび、天使はあっちこっちへ飛んでいき、書面を提出しているらしい。

 たまに戻ってきては書類不備があったものを再度署名させられたりもする。


 それが終わったら次は研修動画の視聴である。それが7時間ほど。ちなみに幾つか種類があり、所謂コンプライアンス的なモノであったり、異世界法的なモノであったり、地上介入手続き方法のレクチャーであったり、全てを見終わるまでには膨大な時間を要した。


 そしてトドメのテストだ。


 これがなかなか手強い。


 —嘘だろう…。


 目の前に積まれた大量の冊子、慣れない異世界についての問題。かろうじて自信があるのはコンプライアンスの設問だろうか。

 それでも前世とは勝手が違う内容に四苦八苦する有様だ。


 しいていうなら、制限時間が設けられていないことが唯一の救いかもしれない。


 必死に研修動画の内容を思い出しながら、たっぷりと時間をかけて問題用紙と睨めっこを続けた。


 □


「さ、全ての手続きが完了しましたよ。テストも合格しました。

 これであなたも晴れて“管理者”として、あの世界に配属されます。……あー、疲れた…。」


 げっそりした顔の天使がそういうと、手元に届いた上等な巻物を僕に差し出す。


 それを広げると、真ん中には『エオーラ 管理者 0015』と書かれていた。


「この番号って…、」


「ああ、あなたの前世でいう社員番号みたいなモノです。あなたはあの世界、エオーラで15人目の管理者、というわけですよ。」


 15人、それが多いのか少ないのかもわからない。だが、奇しくもそれは、僕が前世で勤めていたベンチャー企業で与えられた社員番号と同じだった。


 きっと、あの時のように、やることは山ほどあるのだろう。


 そう思うと、僕の心は不思議と軽くなっていった。


「あの、色々とありがとうございます。天使さんもお疲れ様でした…。」


 こいつとようやく離れられるという安堵感と、少しばかりの寂しさを感じながらそう伝える。


「あなたもついに管理者、僕が転生希望の魂をお連れした時は多少融通してくださいよ。」


 天使はニヤリと笑い、そして僕らは転生?先のエオーラへと向かう。


 この先、想像を絶するカオスが待っているとも知らずに。


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