できそこないキマイラ

吉田宙石

第1話 尻からヘビが生えている

「なんだよ、いけにえ部分しか残ってねえじゃん。素材はどこに消えちまったんだ?」

 静かだった室内に、誰かの不機嫌そうな声が響いた。見回すと少し離れたところに、さっき出会った黒いローブ姿の学生3人が並んで立っている。

「魔法書の通りにしたんだけどなあ? ツノとたてがみとウロコだけじゃ素材が足りなかったとか? そういやあのウロコ、なんの魔物のものだったんだろうな? あれだけ相当古い頑丈な箱に入れられてたし、名前のタグは変色してて読めなかったし……」

「でもよ、いけにえの髪が長くなってないか? 顔が女っぽいから女に見えるぞ。身なりを整えたら高く売れそうだ」

「髪だあ? どう見たって融合魔法の実験は失敗だ。せっかくおもしれえキマイラを作ろうと思ったのに、こんなできそこないじゃがっかりだぜ」

 いけにえってボクのこと? できそこない? 髪が伸びたって何?

 頭に手を伸ばすと、短かった髪が肩に届くほどの長さになっていた。視界のすみで、パサついた赤橙色の髪が揺れている。

 どういうこと? さっき融合魔法とかキマイラがどうとかって……?

「あの……すいません。何があったんですか?」

 とまどいながら聞いてみた。でも誰も答えてくれない。

 もう一度声をかけようとしたとき、うち1人がうすら笑いを浮かべて肩をすくめた。

「おい、どうするよこいつ。余計なこと話されると面倒だぞ」


「どっちにしろ実験後に処分するつもりだったし、やっちゃっていいんじゃね? ホームレスのガキがいなくなってもなんの問題もないだろ」

「いいねー! オレ一度でいいから人間に魔法攻撃してみたかったんだよな。やっぱ炎でしょ炎! オレら火炎魔法だけはほめられるもんな。他は全然だけど」

 楽しそうに言うと、学生たちは手をかざして呪文のようなものを唱えはじめた。それぞれの手の中に、青白く輝く白い模様が浮き上がり、その中心に赤い炎が渦巻く。

 ニヤニヤと笑いながら、ボクを取り囲むように近づいてくる3人。

 待って待って! ボクを焼き殺そうっていうの? なんで?

 身を守ろうにも、ボクにあるのは着古したボロボロの服と靴、あと、もらった数枚の硬貨だけ。

 恐怖で奥歯がガチガチと音を立てる。足がすくみ、冷たい床に座りこんだ。

 何も悪いことしてないのに、どうしてこんなひどいめにあわなきゃいけないんだ! 

 3年前に孤児になってから、ずっと一人ぼっちでつらいことばかり。いつも腹ペコだし、路地の石畳は固くて寒くてろくに眠れやしない。ゴミあさりも物乞いも、もううんざりだ。ボクには生きる意味が何もない。

 体から力が抜けていった。ため息をつき、目を閉じる。

「おらぁ逃げろよ! つまんねえな!」

「泣き叫べ!」

「骨まで炭にしてやんよ!」

 学生たちの歓声に続き、閉じたまぶたの向こうが赤く染まる。ボクは黙って死を待った。

 でも、その瞬間はなかなかこない。

 不思議に思っておそるおそる目を開けると、そこには顔を引きつらせた学生二人が立ちつくしていた。

 あれ? もう一人は?

 見回したボクが目にしたのは、得体のしれない巨大な黒い何かだった。正体を探ろうと、さらに目をこらす。

 へ……ヘビ! でっかいヘビだ!

 いつのまに現れたのか、ツヤのある黒色の巨大なヘビが、ボクの周りにぐるりととぐろを巻いていた。

「な……⁉」

 学生たち2人も言葉を失っている。ヘビの大きな口からは、もう1人の学生の足が飛び出していた。

 よく見ると、ヘビの尻尾の先はボクの腰あたりにつながっていた。まるでヘビがボクの尻尾のように。

 な……なにコレ……!? 尻からヘビが生えてるぅううう!!!!!!!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る