イエローウッドリバー・エイトヒルズ・セカンドライフストーリーズ ~ヤベェDEKAリスペクトロールプレイしてたらすげぇ事になった件~

O-Sun

第1話 プロローグ 虹に乗ろうとして、上司に呼び出された男

 日本は娯楽の飽食時代を迎えていた。そしてそれは暴飲暴食が許されるレベルで、多くの娯楽が日々誕生している。


 その背景には、八十年代に発見された奇跡のエネルギー源、ジャパニウム鉱石が大きく関わっていた。


 特殊な振動を与える事で、莫大なエネルギーを発生する鉱石……それは日本という土地に落ちている全ての石が持つ特色である、と科学者が発見した時から、日本の時代は駆け足どころかワープする勢いで進みまくったのだ。


 日々、好景気。世は平穏無事で、平和そのもの……なのだが、その男は違った。


「……はあ……」


 重たい、非常に重たい溜め息を吐き出し、その眼光鋭い三白眼で見つめる(他人が見れば睨んでいるように見える)先には、ちょっと古びたSFちっくなポスターが張られている。そのポスターには、スペースインフィニティオーケストラへようこそ! 宇宙キター! の宣伝文句がデカデカと書かれており、男はそれを実に切なそうに見つめる。


「一年半ですぞ?」


 独り暮らしが長い男、権堂ごんどう 大介だいすけ(四十二)は誰に言うでもなく呟く。白髪が目立つようになった頭髪を茶色に染めた短髪に身長百八十を越えるタッパに、とある理由で鍛えまくっている細いがマッチョな体を丸めて、切なそうに溜め息を吐き出した。


「これはあれです? 俺がデビジョン・ファーストを、あのクソ会社のクソ上司に呼び出されて抜け出した事に対する嫌がらせですか神よ」


 言ってからハッと気づき、神と言っても天照様じゃねぇっすよ? と慌てて呟き、キョロキョロと周囲を見回してそっと安堵の息を吐き出す。


 天照正教あまてらすせいきょうという新しい神道を掲げるヒーロー集団が日本にはおり、彼ら彼女らは天照大神を敬愛している。いや、完全にアイドルに対する熱狂と言っても過言じゃないレベルで入れ込んでいる。まぁ、偶像とはアイドルと呼ぶのであながち的外れでは無いのがアレであるが……


 そしてデビジョン・ファーストとは、SIOの一年半前に行われたイベントの事で、これを区切りとして新しくSIOをアップデートします、と宣言してそれっきり音沙汰が無い状態が続いている。


「ああああああああっ! 思い出してもムカつく! あのクソ上司がよぉっ!」


 強面を更に凶悪に歪め、うがーっ! と叫ぶ大介。彼がデビジョン・ファーストをやりきれなかったのは、会社の上司からの呼び出しがあったからだ。しかも、呼び出しに応じて会社に行けば、ああ用事は済んだから、という単なる嫌がらせだったのも追加しておく。


 そんな会社の事は別として、実のところ世間では色々と噂があって、デビジョン・ファーストに参加したプレイヤー達は全員意識不明の重体で病院に担ぎ込まれたとか、いやいやアレはデスゲームでログインしていた全員が死亡した、だのとまるで都市伝説のような話が広まっているのも、大介的には不安を感じている要素であった。


 そこが心配でたまらない、何しろ――


「仲間とも連絡つかんし……日下部くさかべ君、大丈夫かなぁ……」


 SIO時代、最も仲が良かった仲間の事を思い出して溜め息を吐き出す。そうなのだ、デビジョン・ファースト以降、それまでそこそこの頻度で連絡を取り合っていたゲーム仲間とまるで連絡が繋がらず、ずっとやきもきして、本当に何となくゲームに気持ちが向かなかったのだが……向かなかったのだが……


 勝手に禁ゲームもそろそろ一年半、人生の楽しみはゲーム! と宣言するような男、権堂 大介の我慢は限界を迎えていた。


「しかしゴメンよ日下部君……もうそろそろ浮気しても良いと思いませんか? 思うよね!」


 イメージの友達に言い訳しながら、チラチラと部屋に鎮座する最高級VR専用チェアを見つつ、大介は両手をワキワキ動かしVRゲームを過不足無く楽しむ為だけに張り込んだ最高性能のPCを操作して色々なゲーム会社のホームページを表示してはニヤニヤと笑う。


「もうさすがに限界なんすよ、俺!」


 もう超頑張った! でもごめん皆! 俺は違うゲームに旅立つぜ! などと誰かに謝りながら、ぐへへへへと不気味に笑い検索を続け、とある会社のホームページで手を止めた。


「イエローウッドリバー・エイトヒルズ・セカンドライフストーリーズ?」


 ゲームの名前長っ! と呟きながらホームページを眺めると、大介は『おおっ』と声を出す。


「失われた八十年代、通り抜けちゃった九十年代を改めて追体験……当時のテレビドラマ製作会社のスタッフが全面協力、あの頃に憧れたあのドラマの主人公のように、懐かしい街を駆け抜けよう……これって」


 ゲームの謳い文句を読み上げながら、大介の目は一枚のゲーム内画像に釘付けとなる。


「ヤベェDEKAやん……」


 『超危険刑事 ~ハードボイルド~』通称ヤベェDEKA。今のガッチガチな刑事ドラマとは対極にある、ある意味ファンタジー刑事ドラマとでも言うべき大介がドハマりしていたドラマである。


 タフでおしゃれな二人組の男性刑事が、コミカルにスタイリッシュに、時にはシリアスでハードボイルドに事件を解決していく一時代を築き上げた刑事ドラマの金字塔。その登場人物そっくりなNPCを見て、大介はごくりと生唾を飲み込む。


「ええっと……うっそぉっ! え? 完全無料!? あ、ゲーム内アイテムの課金はある……え? でもこれって特に必要って訳じゃないアイテムじゃん……」


 興味が出て調べてみれば、何と基本無料ゲームである。ちなみにSIOは月額三千円近く必要であったが、当時はそれでも安いと思っていたくらいだったので、特に負担に感じていなかった。


 基本無料となれば、ちょっとと構えてしまう。なので開発会社のプロフィールを調べて、大介はニヤリと笑う。


「エターナルリンクスエンターテイメント社、メビウスクラウンズ社の提携会社!」


 メビウスクラウンズとはSIOを運営していた会社で、VRMMOというジャンルでは一強と言っても良い技術力を持つ会社だ。その会社と提携しているならば、問題はオールナッシング! と言っても良い。


「良いね良いよ……ええっと、選べる職業はDEKAと、ノービス……ああ、一般人ね、とYAKUZAと……ん? ヤクザ?!」


 凄い単語来た! と思って深堀して調べて見ると――


「これYAKUZAっちゅうか、ダンジョン探索者じゃぁ?」


 ゲームの中央にある巨大な駅にはアンダーグランド、文字通り地下へと広がる巨大な空間があって、YAKUZAプレイヤーはそこを攻略して巨大組織からの下克上を目指すシステムらしい。完全にダンジョン攻略を目的とした冒険者にしか見えないのが何とも……


「ま、まあ、うん、YAKUZAは良し、何か分からんがヨシ! ったらヨシ!」


 ちょっとそそられる気もしないでもないが、今はDEKAである。


「ほうほう……うん、これあれだ。ヤベェDEKAっちゅうか、あの当時にやってた刑事モノを完全再現した感じだ。九十年代のなんちゃって刑事モノも入ってるし……つまりは、この作品はフィクションであり実在する団体、組織とは関係ありません、って奴ですな」


 この段階で大介の気持ちは決定していた。


「ではでは……レッツ! ダウンロード!」


 クライアントデータをダウンロード出来るサイトへ直行し、大介は高らかに宣言しながらダウンロードボタンをクリックしたのであった。


「うひひひひひひひひっ! ひゃっほーい! 一年半振りのゲームだい! ええっと、ダウンロード完了まで……早い! 三分か! 急げ急げ急げ!」


 大介は慌てて立ち上がり、高級VR専用チェアへ近づくと、保護シートを退けて綺麗にたたみ、ケーブル類を引っ張り出してパソコンに接続する。


「うおー! 一年半振り! この感覚がタマランぜよっ!」


 禁ゲームが長すぎてちょっとおかしなテンションになりつつ、着々と準備を進める。


「Set up TUKUMON. Ready? 」

「ちょい待ち! ちょい待って!」


 ケーブルを接続するとVRシステムが起動し、チェアに積まれているAIが確認をしてくる。


「あちゃぁ、初期化してんじゃん。ええっと、日本語日本語……」


 ダウンロードの状況を確認しつつ、ニヤニヤ笑ってVRシステムの設定をいじる。


「つーかVRって海外だと使えないのに、何で英語とかがデフォルトになってんだかなぁ……他の言語とか入ってるし」


 VRシステムもジャパニウム鉱石の莫大なエンネルギーを背景にした設計になっているのだが、現状ジャパニウム鉱石を海外へと持ち出すと、その特性が二時間ちょいで消える為、日本以外ではVRシステムが使えない。なので一時期日本に移住してくる海外ゲーマーがいたりしたのだが、現在は少し落ち着きを見せている。


「これでヨシ! 全てヨシ!」


 設定の言語を日本語に設定し、うわはははははぁっ! と高らかに笑っていると、少し幼い感じがする女性のボイスがチェアから聞こえてくる。


「VRチェア正常に起動しました。システムチェック……最新版のアップデートデータを確認、アップデートしますか?」


 チェアからの確認事項に、大介はパチンと額を叩いてうめく。


「うわちゃぁ……そりゃぁ一年半も使わなかったらそうなるか……ツクモン、お願いね」

「了解しました。VRシステムアップデートを開始します。終了時間は三十分必要となります」


 うへぇ、三十分……大介がガックリと項垂れながら、PCディスクのイスに力無く座る。今すぐにでも始めようと思っていたのに、完全に肩透かしを食らったような気分だ。


「まぁ、たかだか三十分だ。少し落ち着いて備えようじゃないか!」


 気分を切り替えて、エターナルリンクスエンターテイメント社のホームページを舐めるように確認する。


「いやでも、この仮想空間の街、本当良く出来てるなぁ」


 フィールドの大きさは北海道の十倍程度の広さで、完全なるオープンワールド。基本的に街が遊ぶフィールドになるが、山あり海あり川ありと自然環境なども充実している。


「中央にあるダンジョン駅、セントラルステーションを起点として東西南北に街が区分されている感じね、ふむふむ」


 セントラルステーションの北部がエイトヒルズ区、いわゆる高級住宅や高級店舗などがある富裕層向けの区画。それと対比するように東側に位置しているイエローウッド区が庶民的な一般層向けの区画。南にベイサイド区、海関係の事が集中している観光地のような区画。そして西にリバーサイド区、倉庫街というか貨物集積所というか、ちょっと雑多な工業区のような場所、とそれぞれ特色によって分かれているようだ。


「これ観光とか余裕でやれるじゃん……ああ、観光目的のログイン歓迎なんだ、へぇ……うっは! これがあるから無料なんね……新しい発想だわ、こりゃ」


 ホームページを確認すると、基本料金無料の理由が見えてくる。どうやら有名な企業がヴァーチャルの店舗を出店しており、ゲーム内部で買い物が出来る仕組みになっているようだ。結構な有名ブランドの店舗がズラリと名前を連ねている。


「試着の時だけ実際の身体データを使用したり出来るねぇ。化粧とかもVRのスキャンを使えば状態が分かるとか、いやはや凄い時代になったもんだにぃ」


 ちょっとジジむさい事を呟きながら、夢中でホームページを睨んでいると、ポン、と涼やかな音が響いた。


「アップデート終了しました。ダウンロードしたVRゲームのインストールも完了しております」

「っ!? きちゃあぁっ!」


 よっしゃー! と叫んだ大介は、ほとんど某怪盗が美女のベットにダイブするような動きでチェアに飛び乗り、手早くVRヘッドギアを頭にセットした。


「行くぜ! 仮想現実の世界へ!」

「了解。VRゲーム、イエローウッドリバー・エイトヒルズ・セカンドストーリズを起動します。良いゲーム体験を」

「ありがとう!」


 大興奮でVRシステムを起動させると、すぐに意識がプツンと切れるように途切れた。


 大介は知らない。イエローウッドリバー・エイトヒルズ・セカンドストーリーズというゲームが、微妙に過疎っている事を。


 大介は知らない。DEKA、ノービス、YAKUZAの中で、DEKAが一番不遇で報われない職業である事を。


 こうして権堂 大介の新しいゲーム体験が始まろうとしていた。

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